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「・・・え?何を言ってるんだいリュー君。まさかもう魔王の命を取りに来たのか?参ったな、もう少し遅いと思っていたんだが」
「違います、魔王の命を奪いに来たんじゃないです。明確な殺意を以て討伐隊を組んで攻めてきたんです、王国兵総出で!恐らくもう王都を発って、今森の中を虱潰しに捜索していると思います」
「うそ・・・本当に人間が攻めてくるなんて。どうしよう、どうすればいいの!?」
案の定、魔族の住む洞窟内はパニック状態になる。だが、王都で暮らしていた僕は王都の人間の異常性や集団心理と言うのは把握していたつもりであり、もしかしたらこの事態が起きるかもとは思っていた。最もライザの事まで考えが及ばなかったのは僕のミスだし、ライザにプレゼントを渡してそれで満足していたのは疑いようもない。だが、今は嘆く時間などあるはずもない。僕は僕が出来ることをするのみだ、おじいちゃんに託されたブレスレットをなぞりながら、魔族の皆に指示を出す。
「ラティムさん、リフィーアさん、そして魔族の皆。よく聞いてください。王国兵がこの洞窟にやってくるのは時間の問題です。ですが、乗り切る方法はあります。僕の魔力を使って隠密の魔法をこの洞窟全体にかけ続けます。僕の魔力回復速度がはやいのは、前に鬼ごっこをした時に把握済みでしょう?」
「あ、あぁ。だが持つのかい?」
「持たせて見せます。目のいい魔族は外の見張りをして、王国兵が近づいてきたら僕に知らせてください。残りは全員洞窟内に避難してください」
「リューは凄いわね、こんな状況でも的確に指示が出せている。次期魔王の私よりよっぽどリーダーの素質があるんじゃない?」
「僕も心の中では怖いし、不安です。出来る限りのことはやったと自分に言い聞かせても、抜けと言うのは必ずありますし、ついさっきその抜けに気付いてしまって不安がまた大きくなってるんです。物怖じしないなんて嘘ですよ、戦場帰りでも恐怖だって覚えますから・・・」
実際、怖いのだ途方もなく、どうしようもなく、抗う術などもなく。だがそれでも、僕が動かなければ、本当に魔族の皆はここで命を落とすのだろう。ならば僕は我武者羅に手を伸ばすしか出来ない、例えそれでライザにまで手が届かないとしても、自分を傷つけることになったとしても。もう失いたくはないのだ、自分の目の前で大切なモノを死なせたくはないのだ。過去のトラウマが今の僕を突き動かす原動力になるのだ。
「王国兵が来たぞ!」
見張りの魔族が僕に知らせる。それを受けて僕は覚悟を決める。同時に見張りの魔族とリフィーア、ラティムさんを洞窟内に避難させる。そして深く深呼吸をする。今からはじまるのは王国兵との持久戦だ。もし僕が途中で気を緩めてもダメ、王国兵が僕の隠密の魔法を超えるような真実の魔法を使ってもダメ。分が悪いどころの話ではない、だがそれでも、いやだからこそ、逆境にいるからこそ僕の気は引き締まる。
「大丈夫だ、何のために密売人と仲良くなったり、王都の住民の心を突き動かそうとしてきたんだ。全ては魔族の未来のため、こんなところで躓くわけにはいかないんだ・・・やれるはずだ」
最後にとびきりの深呼吸をした後、目の前に広がる木々を睨み、覚悟を決める。対象は洞窟と僕自身、魔力の消費は激しいが、こんな時は僕に神の奇跡を与えたガダーディスでも何でも信じてやる。だから僕にこの逆境を乗り切る力を。
「隠密の魔法!」
僕は隠密の魔法を使う、そして暫くすると王国兵が現れた。はやく撤退してくれと願う僕を嘲笑う様に、王国兵たちは入念に辺りを捜索する。僕と王国兵の根競べが始まった。どれくらい隠密の魔法を使い続けたか分からない。そんなものを数えている余裕などはない。ただひたすらに魔力を練り続けて魔法を維持することに尽力していたから。
「ここには何もないみたいだな」
「あぁ、時々あるんだよな森の中にぽっかりと空間が開いてる事が。まぁよくあることだ、少し調べて何もなければそのまま行くぞ。こんなところで油を売ってる暇はない、すぐに森の捜索に戻らないとな」
「それもそうだ、国王陛下からの直々の命令だ。失敗は許されないからな。そもそもこんな見晴らしのいいところに魔物なんていもしないだろう。次行くぞ」
そうして王国兵たちは撤収する。念のために王国兵の気配が完全に消えてから隠密の魔法を解除する。それと同時に緊張の糸が切れたのか、僕はその場に崩れ落ちる。だが、地面には倒れこまなかった、僕の事を支える人たちが居たから。
「リュー君、乗り切ったんだね!いやぁ、良かった良かった」
「リュー、本当にありがとう。ゆっくり休んでいいからね」
彼らのその言葉を聞いて、僕は眠りに落ちた。
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「諸君、今回の遠征では多くの魔物を討伐した。残念ながら森をくまなく捜索しても魔族の存在は確認されなかったが、今回の遠征を見る限りはいざ大厄災が起きても我らは魔物度時に引けを取ることはないと考えられる」
「・・・ふっ、ふざっけんなよ!王国の預言者が死んで、俺らは不安なのに魔族はいないだって!?そんなので安心できるわけないだろ!」
私の演説を聞いて一人の若者が声を荒げる。仮にも国王に対しての言葉遣いとは思えない若者は、普通であれば不敬罪であろう。だが、私は若者を捕まえるために動き出そうとした兵士を諫める。
「そなたが不安に思うのも理解できる。だが、私はこの国の国王だ。無暗な戦争は民を疲弊させるだけだと私は考える。魔族を狩りつくすためにどれほどの兵力が必要か?どれほどの食料が必要か?それらを考えた時、必ずしも殲滅だけが解決策ではないと最近考え始めたのだ。これは王都の住民も気付いている事であろう?」
「恐れながら国王陛下様、発言をしてもよろしいでしょうか」
「そなたは?」
「ゴザ協会のシスターをやっております」
「うむ、許可する」
「感謝します、国王陛下様。先程国王陛下が仰られた様に、戦いだけが大厄災への対策ではありません。先程声を荒げた若者は、いざ戦うのは王国兵だという事を認識してらっしゃいますでしょうか?」
ゴザ協会のシスターが若者を咎めると、若者は口籠る。無理もない、前線では王国兵を戦わせて自分は王都でぬくぬくと暮らすものには、兵士たちの苦労というものも、魔族の怒りと言うのも理解できぬものだ。私は国のトップに立つものだから周りへの気遣いや目配せを出来るが、あの若者は見るからに若い。外見だけはなく心までも。若気の至りだなと感じると同時に、思いの丈を身軽に叫べる若者の事が少し羨ましくもある。
「自分は何もせず声だけ大きい・・・。そういう大きい口を叩くのは、せめて相手の苦労を知ってからにするべきです。違いますか?」
シスターが容赦なくとどめを刺し、今度こそ若者は押し黙る。思わぬ助け舟であったが、これで民衆の意識が変わることは嬉しいことだ。国王として、常に民衆の気持ちを汲み続けるというのは大変に気疲れするのである。せめて王都の民衆が私の行動を理解して、さらには支持してくれると良いのだがと心の中でため息をつく。
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ここはガルの村・・・であった。今やガルの村は見る影もない。周囲のバリケードは破壊され、木々はなぎ倒され小屋は破壊しつくされている。だが、壊滅状態でありながら当のガル達は無事である。いや、一部は無事と言った方が良いだろうか。見れば屈強なガル達が華奢なガル達の躯を抱えて泣いている。村の中央にはとびきり体格の良いガルが、散っていった仲間のために血の涙を流していた。血の涙を流しながら、その両の眼は王都を見据えている。
ふと雨雲が急に現れ、彼らに向けて雨を降らす。ザーザーと止む気配もなく雨は降り続ける。気付けば春の陽気は消え失せ、薄暗い陰りをガルの村に落としていた。




