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「魔族のやつらに渡す分の物資だ。安くしといてやる」
「えぇ、ありがとうございます」
鬱蒼と茂る森の中で、僕と密売人、もとい兵士は密会を開く。他の人に悟られることなく、隠れて必要な物資を安く買い取る。僕は安く物資を変えて、それが魔族の皆のためになると思えば笑顔の一つでも生まれるものだが、兵士の方は文句を垂れている。いや、最初こそ嫌そうな顔をしてはいたが、今は憎まれ口をたたきはするが嫌なそぶりを微塵も見せていない。
「あぁそうだ。アンタに伝えとかないといけないことがある。帝国との戦争も王国の勝利で終わって、暫くは戦争は起きないだろう。だから再度王国兵たちが魔物の討伐のために遠征する。もしかしたらこの森も捜索するかも知れねぇ」
「ついに来ましたね。大厄災がいつ来るか分からないから王国もはやめに対処したいんでしょうか」
「だろうな。先の戦争で王国兵の強さは折り紙付き、それに今は戦勝モードで王国市民も浮足立ってやがる。この流れに乗って後顧の憂いを断ち切ってしまおう、って算段だろうな」
「・・・僕の魔力で隠密の魔法を使い続けるしかないですね」
「俺も出来る限り森を捜索しないように進言してみる。だが俺に出来ることなんて限られてるだろう。アンタも無茶はするなよ」
「密売人さんのそういう優しいところ好きですよ」
「おい茶化すなよ。そんなこと言っても俺は身の丈に合ったことしかしないぞ。アンタは毒舌を言ってる方が似合ってるぜ」
「ちぇ、無理か」
密売人との会話は楽しい。魔族の皆やパテンさん達と違い、命をかけてまで守りたいとは思っていないのに、それでも大事に思うのだ。何事も全力でやる、それも良いだろう。だが生き方と言うのは一つだけではない。腐れ縁の中に相手を思う心があればなおのことである。前回の意趣返しとばかりに僕は密売人をおだてるが、軽く受け流される。それが新鮮であった。
「じゃあまた次回」
「えぇ、次もよろしくお願いします」
そう言って別れた後、僕は魔族の皆に物資を届けて、そのまま少し話した後ラスティ王国の首都に帰る。首都に帰ると、早速見慣れた人を発見した。
「パグさん、お久しぶりです」
「ん?あぁリューか。久しぶりって程でもないが、まぁ久しぶり」
「今のパグさんに会うのは初めてだから、いいじゃないですか。冒険者をやめて癒し手になったんですよね?」
「そうだな、癒し手としてはひよっこだが」
「そうなんですか?パグさんには再生の魔法の才能があるじゃないですか」
「世の中才能だけじゃないってことだ」
パグさんは何か意味深な事を言っていた。パグさん程の再生の魔法の才能があればどんな傷でも癒せると思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
「癒し手になってようやく医者の苦労が分かったよ。例えば今の再生の魔法じゃあ外傷だけしか癒せない。だが実際には傷だけじゃなくて病気や呪いと言った類のものもあるし、当然心の傷も存在する」
「病気や呪いに心の傷、ですか。そういえばパグさんの大切な人は呪いにかかってたんですよね?再生の魔法を使って呪いを解呪することって無理なんですか?」
「事はそう簡単じゃないし、既存の魔法も万能じゃない。だからこそ戦争では王国兵どもは着火の魔法を改良して使ってたんだがな。とにかくまだ課題は山積みだ」
「大変そうですね」
悔しそうに唇を噛み締めるパグさんに対して僕はそんな月並みな慰めの言葉しか言えなかった。それでも一人で歩み続けるパグさんにとっては掛け替えのない言葉となったはずだ、孤独というのは他人からは分からに程辛いものだから。最後にパグさんを励まして、それで僕はパグさんと別れる。暫く歩いていると、また見知った顔と出くわした。どうやら今日は知り合いとよく出会う。
「むっ、ぼ・・・リュー!この前はよくも無視してくれたであります!」
「あー、ごめんごめん。あの時はちょっと忙しくて」
「もういいです、気にしてないです!ミーシャも最近は忙しいでありますから!」
「もしかしてまたポーション作り?」
「違うであります!その・・・シスターやシスティア、そしておばちゃん達との会話が忙しいのであります。皆、ミーシャの事を大事にしてくれていますから・・・」
ミーシャは少し照れながらそう話す。その言葉を聞いて僕は嬉しい気持ちになる。このガダードの世界は地球とは違う、当然倫理観も全く異なる。この世界では奴隷もいれば孤児もいる。だが、命は資源ではない。命に価値なんて付けられない。理不尽と言うのはいつその身に降りかかるか分からないし、僕だって理不尽から少しでも多くの人を助けてやりたいとは願うが、このちっぽけな両手はいつも助けを求める誰かの手を掴み損ねる。だがそんなのは僕だけじゃない、かの英雄ルークだって万能ではないのだから。そして、他人を助けてやれるのは何も、いざ理不尽が降りかかってきた時にそれを払い除けるだけではない。
(癒し手、人の輪、生き物の感情と小さなプレゼント。方法は何も一つではないのだから)
思い起こされるのは僕がガダードで暮らして感じた、人々の生き方。ある人は才能を使って誰かを癒し、ある人は僕と家族同然に接して、自分たちのコミュニティに招き入れてくれる。ある人は土壇場の状況でも相手を傷つける事無く対話の道を探し、またある人は僕に青いブレスレットを買ってくれた。
「ミーシャ、少し大人びたかな?」
「って、またそうやってリューはミーシャの事を子ども扱いして・・・!あれ?ちゃん付けはやめたでありますか?」
「うん、もう前までのミーシャじゃないし、いつまでも子ども扱いするのは失礼かな、って」
「うぇ!?急にそういう事を言われると恥ずかしいであります。でもミーシャは変われた、でありますか?」
「うん、変われたよ。と言うかこんな僕自身が他人にとやかく言える立場じゃないって気付けたのもあるかな・・・」
心の変化とは、何もいい事ばかりではないのだ。悩み悩んで、歯止めが利かなくなることもあるのだ。実際、ミーシャの成長は誰かの不安に変わる。ミーシャが強さを求めれば過保護な誰かは心配になるだろう。人の気持ちと言うやつはそう簡単に推し量れるものでもないし、一筋縄ではいかないのだ。今はミーシャは自分が大切にされていると感じているが、それが使命感に変わり、周りの皆を守るために自ら危機に飛び込むかもしれない。そうなれば傷つく人は必ずいる、だがそれでも変化と言うのは周りが何か綺麗事を並び立てて止めてやることなど、あってはならないのだ。
(生き物は光、か・・・)
強ち間違いではないと思う。誰かが強く輝けば、別の誰かに影が差す。それは世界の理だが、それを意識していることが大事だと思う。バステルを買おうとしていた僕はその意識がなかったが、今のミーシャは自分の周りにしっかりと目をやれている。ミーシャが英雄の血を引き継いでいるという話は眉唾だが、それでも英雄と言うのはいつの時代も、彼女みたいな人の事を言うのかもしれない。




