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「おい八代、なんでお前が依頼人の事を知ってるんだ?」
「昔、俺が大学生の時にある事件に遭遇して・・・。この人はその時捕まった人です。出てきてたんですね」
「・・・は?それって前科者ってことか?」
依頼人の事は置いてきぼりで、源さんと俺の会話が続く。源さんは最初半信半疑と言った体だったが、次第に俺の話を真面目に聞いてくる。そして源さんがこの依頼人が前科者であることを知り、顔に冷や汗を浮かべながら依頼人に誰何する。
「えっと依頼人さん、貴方の話を詳しく聞かせてください。出来れば貴方が解決してほしい事件だけじゃなくて、貴方の人生全てを」
「わかりました・・・」
源さんのその言葉に包丁男、もとい依頼人は生気の宿っていない声で答える。その目は変わらず死んでいる。俺の不躾な態度にも、源さんの前科者と言う単語にも一切反応を示さなかった。まるでそれらの事はどうとでもいいという様な、些細な事とでも言いたげな感じであった。表情が死んでいて、何を考えているかが分からない、それがひどく不気味であった。次第に依頼人は囁く様なか細い声で語り始める。
「私の名前はどうでもいいでしょう・・・。そんなことよりもっと大事なことがある。私の事より息子の事だ。私の家庭は幸せだったんだ、妻に逃げられても息子がいたから。それなのにっ、息子が・・・!」
「ちょっと、依頼人さん。落ち着いてください、深呼吸をして!」
依頼人の動悸が激しくなり、過呼吸になる。何かトラウマがあるのだ、それこそが依頼人の人生を壊したものであり、この死んだ表情なのである。依頼人の話しぶりから、依頼人の息子と何か関わりがあるようだ。俺は危険ではあるが、この話に踏み込むことにした。多分源さんも依頼人を突き放すようなことはしたくないはずだ、先ほど詳しく事情を聴こうとしたのだから。ならば、汚れ役の一つでも買って出て、トラウマだとしても依頼人から大事な情報を聞き出すのは助手の役目だ。
「すいません、辛いかもしれませんがもっと詳しく話してください。息子さんの身に何かあったんですか?」
「何かあったってもんじゃない。不可解なことで、私の方が詳しく効きたいくらいだ・・・」
そこで依頼人は息を吸い込んで、言葉を発する。
「いきなり消えたんだ・・・。あれは、そう。まるで神隠しだ」
「!」
その言葉に俺は思わず反応する。抑えることが出来なかったのだ、リューの姿が思い起こされたから。まさかという動揺を何とか表に出さずに、努めて平坦にさらに質問を続ける。
「神隠し、ですか。それは貴方の目の前からいきなり消えたのですか?それとも失踪事件ではあるが、犯人は見つからなかったのですか?」
「息子は学校に行っていた、でも帰ってこなかったんだ。その後、警察による捜索が行われたが、結局犯人は見つからなかった・・・」
酷似している、リューが消えた時と。依頼人の話はずいぶん昔だと言っていたが、それでも警察は必死で捜索をしたはずだ。何より警察の捜索能力が最近あがったからと言って、昔は無能だったかと言われるとそういうわけでも無い。だが見つからなかったのだ、学校から家までの距離であるにもかかわらず、忽然と姿を消したのだ。それは正しく神隠しを想起させた。
「暫くは警察を信じていて、いずれ見つかるだろうと思っていた。呑気に待っていたが、それが駄目だった。気付いたら、道の真ん中で包丁を持っていて、幸せそうに笑う人たちにたいして思わず包丁を向けていた。何で私だけが不幸になるんだとこの世界を恨んでいた・・・」
「・・・辛いのは貴方だけではありません」
俺はこの人の話は分かる、分かるのだがそれでも否定をする。辛いのはこの依頼人だけではない。事件を解決できないという点でいえば警察や探偵も苦しんでいるのであり、何よりこの包丁男に傷つけられたあの時の女性に至っては突然わが身に不幸が降りかかってきた感覚である。息子を失う辛さが理解できないという話ではない、ただ理不尽と言うのは誰の身にも降りかかるものであり、いざその時になると人と言うのは精神が壊れる生き物なのだ。平田さんの様に誰かに慰めて欲しかったり、貴方は被害者であると認識して貰いたかったりする人もいれば、この依頼人の様に誰かを傷つけたり、不幸を平等に与えようとする人もいる。だから俺はきつい言い方をするのだ、平田さんにしてもこの依頼人にしても。すると依頼人は思うところがあるのか、少し項垂れる。
「反省はしています。罪を償うなんてことは出来ないし、彼女のトラウマを払拭することも出来ないけど、私自身は変われた、と思います」
「・・・」
気持ちの変化、それは誰でもできる癖に誰もが忌避するもの。何か事件を起こした犯人が警察に捕まって、それで過去のことが無かったことになるわけではない。それならば犯人の意識改革こそが、刑務所の在り方ではないか。過去を変えることは出来ないのだから。依頼人の目は相も変わらず死んではいるが、それが世界を呪う目ではなく、過去の事を悔やむ目であることを願うのだ。今の俺に出来ることはそれだけであり、ここからは探偵としての俺と源さんの仕事だ。
「捜査をするにあたり、貴方と息子さんのお名前をお聞かせください」
「私の名前は楠空で、息子の名前は楠陸・・・リクです」




