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僕は今魔族の皆と食事をとっている。無抵抗の命を殺すのは違うだろうというラティムさんの意見を尊重して、バステルを殺すのは取りやめとなった。もとより魔族と言うイメージだけが先行した、蓋を開けてみれば穏便な種族なのだ。それを僕が強引に塗り替えようとした、そして断られた。それだけだ。
(僕はいっつも暴走するな・・・)
熱くなるのは真剣だから。でも、周りを巻き込んでそれが免罪符になれば世話ない戦場でも突っ走った僕を助けてくれたのは、僕の暴走につき合わせてしまった人たちだった。なぜ彼らは僕の事を嫌わないのだろうか、一緒に食事をしてくれるのだろうか。まるで何事も無かったかのように卓を囲んで楽しそうに食事を共にするのだろうか。考えたところで答えは出ず、バステル焼きの美味しさだけが記憶に残る。
(勝っちゃん、元気にしてるかな。傍にいて欲しいな)
僕はいつもこうだ、分からないことがあれば何故だ何故だと考えて、そのうち深みにはまっていく。自分の意識がどんどんと深海の底に沈んでいくのだ。足場が崩れて何処までも落ちていく感覚に陥るのだ。地球では勝っちゃんが僕の理解者だった。この世界ではおじいちゃんとイスファ=リアが理解者だったけど、2人とも消えて、理解者を作るのが怖くなったのだ。だからパテンさんに心配されてもどこか他人事だった。魔族の皆ともある種真剣ではあるが、まだ完全な理解者にはなれていない。ライザとはようやく友になれた。ミーシャちゃんは理解者とまではいかない。
(仲良くなればなるほど、失う時はつらいから)
逃げていたのだ、この世界では死が軽いから、他人と距離を置いていたのだ。戦場ではパグさんもリクさんもリグウェルさんも一度は突き放した。必ず帰ってくると言ったのにパテンさんの宿に帰ったのは遅くなったし、ミーシャちゃんには先輩風を吹かせてそれまでだ。ライザも利用する気満々で接したし、あまつさえ魔族の皆では、自分だけが魔族の理解者と自惚れて、魔族と人間の融和に本気で取り組まなかった。はたして僕は一体何をやれたのだろうか?
「魔族の皆に改めて謝罪しないといけません。本当にごめんなさい」
「別に私たちはもう何とも思ってないから」
「うんうん、もう過ぎたことだよ」
魔族の皆は過ぎたことと言うが、当の僕は引きずってばかりだ。楽観的ではない、ただ受け止め方の違い。ならば僕も悲観的ばかりではいられない、郷に入るなら郷に従えともいう。それは世渡り的な処世術。僕だけがピリピリして、浮いてしまっていたことにさえ気付いていなかったのだ。
「どうせ預言者が死んだ今、来る大厄災について考えても仕方ないですしね。王国兵も強くなりましたし、大厄災くらい軽く撥ね退けるでしょ。いや、むしろ撥ね退けて貰わないと困りますね」
「父さん、いつまでには大厄災が来るんだったかしら?」
「うーん、あと3年くらいだったかな?」
「3年もあるなら、大丈夫ですよ。それまでには人間ももっと強くなりますし、人間の考え方も変わる・・・僕が変えて見せますから。すいません、現実的な対抗策の一つもなくて。でも、僕は皆ともっと仲良くなりたい、皆の事をもっと知りたくなっちゃいました」
僕の言葉に魔族の皆が待ってましたとばかりに大きく賛同する。はじめから、おじいちゃんは僕に魔族の命運を託したわけでも何でもなかったのだ。魔族の皆と仲良くなって、少しばかり支えて欲しいというおじいちゃんの気持ちを、僕が勝手に履き違えて、一人で苦労した気になっていたのだ。魔族の皆も僕が苦労する姿なんて見たくなかったのに。本当は少しでもいいから自分たちの事を理解してほしかっただけだったのに。理解者とは、一方的では価値がない。互いに理解しあって、支えあうのだ。
「うんうん、リュー君の気持ちは嬉しいよ。そうと決まれば・・・鬼ごっこだ!」
「父さん、鬼ごっこって子供じゃないんだから」
「そうですか?僕は良いと思いますよ、鬼ごっこ。楽しいですし」
ラティムさんの鶴の一声で、急遽僕らは魔族の洞窟内で鬼ごっこをする。リフィーアは子供っぽいと言っていたが、それでも楽しいものは楽しいのだ。かけがえのない時間というやつは、他人にとやかく言われるものではない。ましてやこの洞窟内には僕と魔族の皆以外に人はいない、それならばバカ騒ぎをバカにする人もいないのである。
「まてまてーリュー君!」
「父さん、リューを挟み撃ちにするわよ」
「くそっ、こうなれば奥の手・・・隠密の魔法!」
「えっ」
「ちょっとリュー!卑怯よ!」
鬼ごっこ一つでも僕は本気になって隠密の魔法を使う。僕の魔力回復速度を以てすれば、魔族の皆に勝ち目はない。視界の端で魔族の皆が魔法所を開いて真実の魔法を習得しようとしている。だが、魔法の習得は一朝一夕で出来るものではない。
(この勝負、貰った・・・!)
結局鬼ごっこは僕が一度も鬼になることなく終了したが、終わった後に魔族の皆から卑怯者呼ばわりされた。それに対して、悔しかったら魔法を習得してみろと僕が言い返して、それで魔族の皆は一瞬固まったのだ。まさか僕がそんなことを言うとは露程も思わなかったのだろう。しばし呆けていたが、売り言葉に買い言葉、そこからは醜い言葉の押収だった。だが、本質はそこではない。外面こそ醜い言葉だが、中身では相手との距離が縮まっている事を実感させる言葉の応酬だった。
「楽しかったです、また来ます」
「うんうん、僕たちも楽しかったよ。またおいで」
「またねリュー!」
最後にはそんな気持ちのいい別れの言葉を告げて僕は洞窟を後にする。くだらない遊びの中に、僕と魔族との距離は縮まったのだ。肩の荷が下りたような感覚だ。帰り際に帝国兵と王国兵が戦った戦場を横切る。戦争の名残はもう何もなく、死体たちは焼かれて灰になっていた。その灰が広くだだっ広い戦場の上を舞い散り、それが幻想的だった。




