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僕は慣れた足取りで魔族の暮らす洞窟を目指す。もう通い慣れたもので、広大な森の中を自分の庭かの様に進んでいくと、すぐに目的地が見えた。見張りと軽く挨拶を交わして中に入る。
「ラティムさん、リフィーアさん、それに魔族の皆。久しぶりです」
「やぁやぁリュー君、久しぶり」
「そんなに久しぶりだったかしら?」
「リフィーアさん、細かいことは良いじゃないですか。そんなことより、王都の人間性が分かってきましたよ。まだ僕は人間の意識改革を諦めてませんので」
「おぉー、リュー君は頼もしいねぇ」
その後僕は王都で見てきた人間についての説明を行った。国王の演説に多くの人が集まること、白ローブの集団を筆頭として王国兵たちは国に依存していること、そんな王国兵の存在感が帝国との戦争をきっかけにさらに強まったこと、人々は大厄災や帝国の脅威に怯えていて、王国兵や国への信頼感が大きいこと。そして国が躊躇なく冒険者を捨て駒にしたことと、冒険者の不信感が増幅していること。それらを簡潔に伝えた。
「うわぁ・・・、ドロドロだねぇ」
「王都の人間関係が壮絶すぎるでしょ。魔族を追い出して、今度は人間同士で内輪もめなんて馬鹿みたい」
「まぁ、魔族の皆に関係があることと言えば王国兵の増強に伴い、大厄災への警戒心が薄らいでる事でしょうか?少なくとも王国民は今のところ王国兵達を信頼していますし、当分の間は帝国の動きに慎重になるでしょう。ただ預言者が死んでいるので、いつ大厄災が来るか分からないという恐怖は相変わらずです」
「うーん、困ったねぇ。王国民が国王の声に扇動されるとしたら、国王の気分次第でもあるのか。パニックを起こした人間は収拾がつかなくなるし、怖いねぇ」
「人間が驕り高ぶって、勢いそのままに魔族を皆殺しにしてくるかもしれないわね」
「それが最悪のケースですね。国の動きに束縛されない冒険者たちも今回の戦で数を減らしましたし、何より王国は禁術を何の躊躇もなく使うことが出来る。それこそこの国の未来のためという免罪符を用いて」
戦場で知り合ったリクさんとパグさんはそれぞれ生きたいように生きると決めたし、リグウェルさんは帝国の人間だ。彼は急いで村に帰ったし、大切な人がいるのだろう。ミーシャちゃんはまだまだ子供だし、ライザにも同胞がいる。結局魔族を助けることが出来る人間は僕だけだ。王国と魔族の全面戦争になった場合、勝ち目はない。だが僕は見殺しにするなんてことはしたくないし、やれることはやるつもりだ。
「あ、そうだ。リュー君は人間だし、折角だから必要品の買い出しをお願いしたいんだけど。ほら、僕たち魔族は角があるから王都に入れないんだよね。密売人から物々交換するにしても足元を見てきて・・・。買い出しのついでに密売人にはもう頼ることはないって言ってきてくれるかな」
僕が考え込んでると、ラティムさんがそんなことを言ってきた。今の僕にはこんな事しか出来ないのかと嘆きたくなるが、これも魔族のためだと二つ返事で承諾する。いつかおじいちゃんが言っていたが、魔族に寄り添う事も大事だという訳だ。僕は魔族の皆の心の拠り所になれているのだろうか。
「えーっと、量が多いなぁ。まぁ魔力はすぐに回復するし、突風の魔法の威力を弱めながら使って、荷物を浮遊させようかな?」
ラティムさんから預かったメモを見て少しでも楽をしようと画策する。これはパシリではない、と思う。いついなくなるか分からない人達と、少しでも仲良くなり思い出を作っているのだ。そんなことを考えているとおじいちゃんの気持ちが分かってくる。おじいちゃんもおそらくこんな気持ちを抱きながらラティムさんと杯を交わしたのだろう。
「あれ?あそこにいるのは密売人かな?すいませーん!」
「・・・?お前いつもの魔族じゃねぇな。というかそもそも魔族ですらない。って、お前、いやアンタはあの時の・・・」
「え?クラーク砦にいた兵士さん?」
「アンタが俺を助けてくれたんだよな?あの時はありがとう。ダハウィとは初めて戦うもんで、自分の力を過信してたんだ。ちゃんとお礼も言えずに申し訳なかった」
その密売人、もとい兵士は僕にお礼を言ってきた。戦場で自分の手が届くからと助けた人から直にお礼を言われて、何だか嬉しくなった。思えば逃げ帰った兵士たちの中で、最後に僕たちに頭を下げたのも彼だった。
「なんで密売人をやっているんですか?」
「そりゃあ兵士の稼ぎなんて少ないからな。金のため、それだけだ。というかアンタ、その口ぶりからしたらもしかして魔族と仲良くなったのか?」
「はい。僕が買い出しに行くので、密売人に頼るのはもうやめるって言ってました。足元見てるみたいですし」
「うぐっ・・・。金を稼ぐためだから仕方ねぇだろ。というかアンタ、色んなことに足を突っ込んでるんだな。危ない橋を渡るには些か若すぎるんじゃないか?」
「貴方だって若いじゃないですか、主に心が。折角拾った命で密売人をやるなんて。それも相手に合わせて上手いことやってるみたいですし」
「うぅ、わ、わかった。分かったよ。アンタには助けてもらった身だ、もう足元を見ることはしねぇ。だからこれからも密売人を続けさせてくれ、大事な稼ぎなんだ」
「それだけですか?王国兵ならこの国の情報もありますよね?魔族にとって何が大事か分かるでしょう?」
「わかった、この国の情報もやる。もし兵士に動きがあればすぐに知らせる。ただし情報量は払ってもらうぞ、危ない橋を渡るんだからな」
「えぇ、それでいいです。交渉成立ですね」
ばつの悪そうな顔をする兵士に対して、僕はにんまりと笑顔を向ける。さらに兵士の顔が引きつった気がする。危ない橋を渡っているときこそ、時に大胆に動いたほうがいいときもある。魔族の皆のためならこれくらいの汚れ役、何という事はない。それにこの交渉は非常に大きな意味を持つ。預言者がいない今、王国兵の動きをいち早く察知することは重要であろう。恨めしそうな顔をしている兵士から格安で物資を確保し、そのまま洞窟に引き返す。
「リュー君、戦場から帰ってきて随分と強かになったのかな?」
「密売人に同情するわ」
ラティムさんとリフィーアさんからそんなことを言われた。確かに兵士の弱点を突いて交渉のペースを握った僕は、随分と強かだなと思う。少し引いてる魔族の皆と対照的に、僕は少し誇らしくなる。どのみち、はみ出し者の魔族が生き残るためには手段など選んでいられないのだから。




