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木々のざわめきがない森の中にとあるガルの村がある。季節は冬の終わり、凍てつく風に揺られ揺られて、ざわめきがないのは当たり前である。そこにガルの英雄の帰還。しかし、森の中に隠れるように、密かに作られたガルの村は今日だけは違った。英雄を出迎えたのは前回とは違った感激の鳴き声。思わず英雄が声をすぼめるように講義の鳴き声をあげるが、それもどこ吹く風。それほどまでにそのガルの部落にとっては英雄の存在が必要だったのだ。いや、必要とされるように英雄自身も変わったし、ガル達も皆認めたのだ。
厳かな雰囲気の村は劇的に変わった。例えガル達が何を話しているか分からぬものでも、おそらく感じ取れるだろう。仲間の輪を、絆を。魔物とは人間の天敵であり、狩りの対象でもある。殺しもするし殺されもする。だから人間から見つからないように、このガル達はひっそりと慎ましく暮らしてきたのだ。質実剛健、それも良いだろう、一つの生き方だ。魔物として、効率よく機能的な生き方だ。元々は効率よく狩りをするために作られた部落、それが今はどうだろうか。リュミでもここに連れてくれば驚愕のあまり卒倒するのではなかろうか。それほどまでに、この場は暖かかった。
寒い冬がもうすぐ終わる。つらい日々を乗り越え生き延びた種たちが芽吹く季節が始まる。新緑の風に春の木漏れ日が誘われて、ガルの村にあたたかな春の訪れを告げる。
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「ただいま。・・・?」
地獄の様な戦場を生き延びて村に帰ってきた私に、労いの言葉をかけるものは誰一人いない。村の皆は私と顔を合わせようとしない。疑問に思ったが特に気にもせず、我が家に帰る。
「・・・え?」
思わず素っ頓狂な声を漏らす。我が家がないのだ。私と妻の思い出の家が建っていた場所は更地になっていた。嫌な予感がして、胸のペンダントをギュッと握りしめる。動悸が速くなる、隊長を刺した時と同じくらい冷や汗が流れる。状況を確認するために急いで村長の家を目指す。
「村長、ただいま帰りました」
「なんだ逃走者か、今更何の用だ?」
「・・・は?」
「王国との戦いに負けたせいで、帝国は王国に賠償金を払わなくてはならない。そのせいでわが村も徴収が厳しくなった。それで負け犬、なんで生きて帰ってきたんだ。もうこの村にお前を養うほどの蓄えはない。そのまま戦場で野垂れ死ねば良かったのに」
「・・・何言ってるんですか?私は戦場で死を覚悟したんですよ!」
「五月蝿い煩い、叫ぶなって面倒くさい。とっととどっかに行け、もうお前の家もないし、お前の女も軍に売り払ったから。じゃあな、帰ってくるなよ」
「・・・!」
そして放心状態の私は村長の次男に押し出され、そのまま村の外に追い出された。村長の次男は、賄賂でも渡したのだろうか、思えば戦場で見たことはなかった。長男以外は徴兵されはたずなのにのほほんと生きていて、体つきもしっかりしている。本当に切羽詰まっているのだろうか、村から追い出される時に見た村人たちは確かにやせ細っていた。しかし戦場帰りの私の事をまるで悪魔でも見るかのような目つきで睨んでいた。そしてニヤニヤと笑う村長の次男に村の入り口まで追いやられ、思わず村を振り返ると、鬼のような形相の村人たちが私の事を見ていた。
「戦争で負けたくせにおめおめと逃げ延びやがって」
「アンタがしっかり戦って死ねば良かったのに、生きてるってことはまともに戦わなかってことじゃない」
「この戦犯が!」
何だこれは、確かに私は一度は逃げた。しかしリューのために戦ったのは間違っていないと思ってるし、何より戦場で躊躇わず、自分の正義を疑わず人を殺せる人間などどれほどいると言うのか。もし私が戦犯だというのなら、その戦犯を顔色一つ変えずに言葉の刃で以て殺そうとしているお前らは勇者か何かか?自らの正義を疑いもせず、私の事を悪と決めつけて満足か?それに何より許せないのは、妻は売り払われ家は取り壊され、思い出をすべて失った私を責め立てるこのいかれ具合だ。これが本当に戦場から生き延びた私になげかける言葉か?
「・・・自らの手を汚さずに私の心を壊すなんて悪魔はどっちですかね」
「は?悪魔はお前・・・うおっ」
辛うじてひねり出した言葉に尚も村人どもが噛みついてくるが、私の形相を見て思わずのけぞる。心の弱さがそのままに表れているのだ、村人たちは弱いから群れたがる。ふざけるなと言ってやりたい。冷静になった今では、本当にこの村に腹が立つ。鋤を我武者羅に振り回して村人たちを殺してやりたい。人を殺すというのに躊躇はない、恐怖心は戦場に置いてきた。だが凄んだ私に怯える村人たちを見つめて、どこか冷める。もうこの村には思いではない。それならば用もない。そんなことより今は軍に売り払われた妻を探さなければいけない。怯える村人たちを尻目に、私は村を離れた。




