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「おっと、危ないなぁ」
「チッ、外したか・・・!」
渾身の一撃は躱されたが、まだ隊長との距離は離れてない。逃げられる前に、ここで確実に仕留める。少しでも早く殺す。
「逃げんな!」
「しつこいなぁ、おい君たち、私を守りたまえ。それとも反逆罪で死刑になりたいのか?」
「・・・」
隊長が戯言を宣うが、もうその言葉に従うものはいない。見れば隊長直々の魔法使い達もたじろいでいる。そりゃそうだよな、誰しもが自分の命を投げ出して赤の他人の命を助けるなんてことはしたくねぇ。親密になれば話は変わるが、この隊長は人望なんざねぇだろう。いや、赤の他人を助けるもの好きもいるにはいるが、簡単に大義名分に靡く様な腰抜けどもには絶対に真似できないことだ。
「うーん、やっぱり兵隊というのはここぞという時に使えないなぁ。大事なのは駒だよねぇ」
「・・・あ?」
「さぁ駒たちよ、私のために命を捧げろ」
隊長の持っている魔力の瓶から魔力が漏れ出す。隊長の声に導かれるように、兵士たちの挙動がおかしくなる。何度精神干渉の魔法を使えば気が済むんだ、どれほど他人の心を蔑ろにすれば気が晴れるんだ?操られた兵士たちを一瞥して、舌打ちを奏でる。
「・・・くそったれが!」
剣を強く握りしめる。くそがくそがくそが、と心の中で喚き散らす。しかし心はいたって冷静に、かえって冷めている。兵士たちが振り下ろす剣の軌道を見極めろ!ただ殺すためだけの剣ではない。何かを守るために強さを求めてきた、それは間違いない。だが俺は今まで自分の命が一番だと思っていた。それは確かに一つの強さだ。しかしこの世界にはいろんな強さがある。それならば自分の信じた傲慢の道を突き進め!
「くそっ、躱したり弾いたりばっかりってのは気疲れするな!」
だがこれは俺が自分で選んだ道だ。心が躍る、新しい世界が見えた気分だ。繊細な作業で、そのくせ自分のためには全くならない。ともすれば命綱なしで一本の道を歩く様な、すぐそばに死が転がっている恐怖。だがそれでも・・・
「おやぁ?駒を殺さないとは、随分と面白いことをするなぁ」
「当たり前だ、俺様は反吐が出るほど嫌いな奴の真似事なんざ御免なんだよ!命をゴミの様に扱うなんて真似したくもねぇ。そしてオメェはもう終わりだ」
「は?何を言って・・・、ぐはっ!」
俺から距離をとって安心しきっていた隊長にいきなり鋤が突き刺さる。回り込んでいたリグウェルが隊長の背後から奇襲を仕掛けたのだ。なんだアイツもやればできるじゃねぇか。頼りない頼りないと言ってきたが、そもそも本当に小心者なら戦場の熱気に中てられて、早々に人生からドロップアウトしている。大した奴だ、決める時に決めれる奴はそれだけで強い。覚悟を決めてるリグウェルはその時点で、人を盾としか見ていなかった隊長を上回ったのだ。
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荒い息遣いが聞こえる。何処から聞こえているのかと元を探ると、それは自分の口から漏れ出ていた。はじめての戦場で怖くなって逃げてきた筈だった。何故命をかけれるのかとバカバカしく思っていた。さっきまで、もう逃げだしたいという感情に押しつぶされていたのだ。しかし、流されるままにここまでやってきた私は、今明確に自分の意志で人を刺した。目の前で力を失い崩れ落ちていく隊長の姿。私だ、私がこの手で刺したのだ。
「うぐっ、こ、駒たちよ・・・。私を、だっ!だずげろ!」
隊長が最後の力を振り絞って助けを呼ぶが、それに応えるものはいない。兵士たちは最早人にあらず。命令には忠実に従うが、人間の理性には従わない生き物なのだ。
「うぅ、王国に、栄光あれ・・・」
その言葉と同時に隊長は動かなくなり、操られていた兵士たちもその機能を停止して崩れ落ちる。あっけない終わりだという感想と、いまだに手に残る感覚に何とも言えない気持ちになる。
「終わったか・・・。皮肉なもんだぜ。兵士じゃなくて駒を選んだ男が、命令を忠実に守る駒に見捨てられるなんてな。これが人間だったなら、弱っているオメェを助ける奴がいたかもしれねぇのにな・・・」
「・・・そうですね、人間は多様性があるからこそ時に自主性が輝く。押し付けられた価値観は人を殺す。私も帝国に召集された身ですから、リクさんの言葉はよくわかりますよ」
結局この道が正しいのかもわからない。正しいや間違いの二面性だけを持ち合わせているわけではない人生だからこそ、悩むものもまた一興なのだ。しかし、確かに私はこの戦いで変われたはずだ。気付けば手の震えはもう収まっていた。
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「冒険者は器用なのです!」
「うん、僕の名前はリューだからね?これ何度目?」
「うっ・・・」
冒険者・・・リューは今、ミーシャの魔力ともう一人の冒険者の魔力を合わせて魔法を唱えています。本当に器用なことをしているでありますが、魔力が合わさって綺麗な色になっているです!さっきリューが言った真の英雄という意味は分からないですが、ミーシャも役に立っている様で、嬉しくなります。
「今日は聖剣の調子が悪かったであります!」
「・・・。うん、そうだね」
「なんで間が開いたでありますか?ところでぼっ・・・」
「リュー」
「・・・リュー!この魔物はリューの魔法をかければ大人しくなるでありますか?」
「うーん、冷静にはなるけど、大人しくなるかは分からないや。つまるところ魔物に変わりはないしね」
「それなら攻撃系の魔法を使って、魔物を倒した方がいいです!こうしてる間にも、クラーク砦がボロボロになっていくであります!」
見れば魔物が暴れるたびに、クラーク砦が傷ついていくであります。でもミーシャには聖剣があります。今日はちょっと不調だけど、問題ないです。しかし、ミーシャの問いかけにリューは少し悲しそうな顔をします。
「ミーシャちゃん、自分の意識の外で人間に操られるというのは、孤独で怖いものなんだよ。・・・ごめん、ある意味自己満足なんだ」
「俺は良いと思うぞ、お前が無鉄砲なのは知っているし。だが、無鉄砲でもぶれない心は強さになる。そこの嬢ちゃんもいずれ分かるさ」
「むぅ、ミーシャを子ども扱いするなです!」
そんなことを話しているうちに、どれほどの時間が経ったのか気が付くと魔物の動きが止まっているです。リューも魔法を唱えるのをやめて、真っすぐ魔物を見つめています。反射的に魔物に切りかかろうとしますが、すんでのところでさっきの台詞が脳裏をよぎります。
(真の、英雄・・・?)
魔物を倒すことだけが英雄の道ではないのですか?誰かのために戦って賞賛される事こそが・・・。誰かのためって、誰のためでありますか?混乱して脳の処理が追い付かないです。なんでもう一人の冒険者はリューに加勢しないのですか?いずれ分かるって、いつわかるのですか!?
「グルァ!」
「ひっ・・・!」
突然の魔物の咆哮に怯えた悲鳴をあげますが、魔物は一鳴きして明後日の方向に走り去っていきます。分からない事だらけです、実力も足りなかったです。ミーシャは本当に役に立てていたでありますか・・・?
「ミーシャは、子供です・・・弱い弱い存在です」
「・・・そんなことないよ」
ポツリと漏らした弱音はどうやらリューに聞かれていたようです。
「だってさ、ここに立っているだけで素晴らしいことだよ。ほとんどの人間がクラーク砦の危機に駆け付けられないよ」
「ミーシャは役に立てたでありますか?」
「うん、うん。心強かったよ。まだ分からないことはいっぱいあると思う。人の心や他人の気持ちなんて読めやしないと思う。でも、さ。僕は、ミーシャちゃんに助けられたな」
「あぁ、そうだな。精神面なんていくらでも変われる。俺も変われたぐらいだ。あのダハウィって魔物に帰るべき場所があるって事も、時が経てば分かるさ。」
「そうそう、全ての人に尊敬される様な真の英雄はまだ無理でも・・・今この瞬間。僕にとってはミーシャちゃんが英雄だったよ。希望を届けてくれて、本当にありがとう」
「・・・」
やっぱりまだよく分からない事だらけですが、リューからの感謝を受け取って、言葉に出来ない思いが込み上げてきます。こういうのも悪くないです。




