81
「ダハウィか、戦うのは初めてだな。砂漠の王者、誇り高き孤高の王、か・・・。哀れなもんだな、正気はねぇのに帝国の駒にされてよぉ」
「同情はするなよ、気を抜けばそこに転がってるリューのようにやられるからな」
リクさんとパグさんが前に立ち、少し後ろにリグウェルさんが立っている。リグウェルさんに至ってはここにいる義理はないはずなのに、なんとも奇妙なものだ。しかしリクさんの魔力はもうないし、リグウェルさんも元々魔力を持っていない。僕が精神干渉の魔法を使ってリクさんの魔力を枯渇させてしまったせいだ。彼らは絶望的な状況に立たされている、そのはずだが彼らの背中が妙に大きく感じる。
「グルルル・・・」
ダハウィは突如現れた新たな敵を見定めている。先に仕掛けたのはパグさんとリクさんだった。
「・・・おらぁ!」
「はぁ!」
二人が同時に切りかかる。彼らも僕と同じ、型など全くない荒削りで剣技とも言えぬもの。しかし冒険者とはいいかえれば根無し草、風来坊。幾ばくの命を燃やすくらいが丁度いいのかもしれない。
「・・・!グルゥ・・・」
リクさんの大振りは避けられたが、追随するように突き出されたパグさんの剣がダハウィの腹に刺さる。痛みに顔をしかめるダハウィに、休む暇を与えない追撃をリグウェルさんが浴びせる。
「あ、当たってくれ・・・!」
リグウェルから出鱈目に繰り出された鋤が、偶然にもダハウィの皮膚の柔らかい所に当たったようだ。深く突き刺さった鋤を見て、農工具で必死に戦うリグウェルさんは戦場で浮いてるなぁと感じてしまう。しかし言い換えれば、みんな必死なのだ。見境なし、上等。前を向かずにどこを向くと言うのか。今日初めて共に戦うというのに、3人の連携力には目を瞠るものがある。1人が攻撃を仕掛けている間に他の2人が次の攻撃を準備する綺麗なローテーション。ダハウィは防戦一方になっている。しかしダハウィは戦闘向けの魔法は使えないようで、差は徐々に広がっていく。
その時だった、絶望は忘れたころにやってくる。
「着火の魔法・改。放てぇ!」
そんな声が何処からともなく聞こえた後、空から火の玉が流れ星のように落ちてくる。一面が真っ赤に染まった気がした。思考が一瞬停止する。何が起きたと状況確認に移る前に感じる熱さ。見れば周りに火の手が広がっていた。その火はダハウィを包み込み、パグさんさえも包み込んでいる。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「グルアァァァァァァ!」
絶叫が聞こえてくる。熱いはずなのに冷や汗が流れる。助けなければと無意識に歩き出そうとして、ダハウィとパグさんが孤立していることに気付く。火の回りが早すぎるのだ。
(あれ?火を消すにはどうすればいいんだっけ?)
立て続けにやってくる現実に脳がショートする。まともに思考が働かない。僕は無力じゃないはずだ、助けられるはずだ。でもさっきはダハウィを止められなかった。やっぱり無力なのか?今もただ立ち尽くしているだけだ。こんな僕は何を優先すればいい?状況確認?目の前の命?それとも・・・
______
体中が熱い。何が起きてるかは一切分からないが、命の危機に立っていることだけは確かだ。俺はここで死ぬのか?それだけは嫌だというこの感情はなぜ生まれた?短い人生で、明日あるく道に少し迷って立ち止まっただけ。いつも通りなるようになれと枝を倒そうとしたら、後ろから声をかけられた、それだけのはずだ。だが死にたくない。分かっているさ、周りに流されるように生きてきた。金さえあれば助けられると言われた医者の言葉を真に受けて、ただ愚直に生きてきた。死にたくない。呪いを解くことは無理かもしれない、ここで死ねば一足先にウルルカンクに行ける。死にたくない。死にたくない。笑顔でリャシャを迎えるのだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
「死にたくない!」
「よく言った、パグ!意識があるのなら再生の魔法を使え!死にたくないというオメェの意志を以て魔力を操れ!魔法ってのはオメェの意志の表れだ、生きてえなら明日を紡げぇ!」
思わず叫んだその言葉に応えたのは、俺の一番嫌いな人種だった。戦場で出会った、明日には別れるはずの人間。自分勝手で、だがどこか自分と同じ匂いがして距離をとっていた。馬鹿にして蔑んだこともあった。しかし、思わず頬が緩まる。今を生きて、それで辛い思いをしたら全部コイツのせいにしてやろう。今だけは乗ってやる。
「意思を魔力に・・・。これが俺の意志だ、生きたいという俺の願い」
息を吸う。はじめての魔法だ、俺には才能がないと諦めたこともあった。いや、勝手に茨の道を歩いてきたと思い込んで、くそったれな世界のせいにしてきた。大丈夫だ、俺なら出来る筈だ。
「・・・再生の魔法」
______
「ひぃ、何なんだ一体!こんなこと聞いてないぞ!」
火の海に囲まれて思わず情けない声が漏れ出る。だが仕方ないだろう?そもそも私は自分の意志で戦争に参加したわけではなかったのだ。戦場で手柄を立てたところで、意味がない。私は自分勝手な帝国が大嫌いなんだ!思わず義理に駆られてダハウィと戦っていたらこんな訳の分からない状況に直面するなんて、やってられるか。どこかで悲鳴が聞こえるが、もう流石に限界だ。脳の処理が追い付かない、私は悲鳴の主を助けることが出来ない。そう割り切った時だった。
「・・・再生の魔法」
その言葉は何故か胸の奥にスッと入ってきた。叫び声でもないのに、この地獄の中で凛と透き通るような、何処までも突き抜けていくような。その瞬間世界が輝いて見えた、声を中心にして光が広がった気がした。心地よい風に胸がすいた。
______
「俺様の声は届いたのか?」
迫りくる火の手から逃げながらそんなことを考える。思えば自分らしくないことをしたものだ。それも声をかけた相手があのパグとは、過去の自分をぶん殴ってやりたいところだ。だがリューに中てられたのか、思わず声をかけてしまったのだ。
「チッ、ジジイに教わったことを俺様が口にするなんてな」
そんなどうでもいいことを考えていた時だった。パグの声が聞こえた気がする。しかしその言葉は俺の耳には届かなかった。見とれたのだ、綺麗な魔力の波長に。真実の魔法を使わずともわかる、あれはジジイの様に綺麗な魔力だ。確かにパグには魔力があったが、才能ってのは時に残酷なものだ。魔物が生まれながらに一つの魔法を使えるようなものだろうか、今まで隠れていたパグの才能が発揮されたのだ。
(俺様にもあんな才能があれば、或いは・・・)
いや、過去の話だ。過ぎ去った思い出だ。今はそんなことよりも大事なことがある。この地獄を生み出したやつへのお返しをしてやらないといけない。揺らぐ炎の向こうに、元凶を発見する。
「誰かと思えば精神干渉の魔法をかけた隊長殿じゃねぇか・・・」
「おやおや、随分な言われようだねぇ。でも君にそんなこと言われても痛くも痒くもないんだがね、何故なら君達はもう守るべき王国市民ではなくなったのだから」
「口調がおかしいぜ、こっちが素なのか?ってゆーか、俺様は王国市民だ。オメェがけしかけた王国の捨て駒さ、そうだろ?」
「・・・何を言ってるんだい?君は反逆者だ、ほら横にいるのは帝国の者だろ?まさか王国を裏切るとはねぇ、冒険者というのは寄る辺やよすががないからこんな酷いことをするんだ。まったく、悪人は裁かないとねぇ、それこそ聖なる炎で以てして」
隊長の声に呼応するように、クラーク砦の生き残りどもが俺たちを取り囲みだす。
「・・・これは私の素性もバレていますね」
リグウェルが観念したように独り言も漏らすが、俺はなるほど、そう来たかと妙に納得する。俺達を悪人に仕立て上げて、自分たちの大義名分にする。効果的だし、いかにもこの狡猾そうな隊長がやりそうなことだ。
「くそったれが・・・」
見れば先ほどまでダハウィを相手に怯え腰だった兵士たちも、数の利があるからか、はたまた自分たちを審判者か何かだと勘違いしたのか、とにかく目に闘志を宿している。だから嫌いなのだ、この世界が。ジジイの家を飛び出して、人の醜い部分を見てきて、そいつから逃げるように次の町を目指した。そんな生活を続けるうちにいつしかこの世界を見ることより、旅をすることが目的に変わった。確かに俺様は見たくねぇものに蓋をしてきて、新たな出会いを求めてきた。だがそれでも、こいつらみたいに心まで腐ってはいないはずだ。
「おい、隊長殿よぉ。さっき寄る辺やよすががねぇって言ったよなぁ?残念だったな、俺様も、横にいるコイツも、後ろで才能を発揮してるやつもさっきまで死にかけだったやつも、揃いも揃って心にちゃんとした芯をもってんだよ。テメェの薄っぺらい大義名分と一緒にすんじゃねぇぞ」
「へぇ・・・」
不敵に笑う隊長と、下衆びた笑みを浮かべる兵士たちを一瞥する。俺の横に立っているやつの表情までは見えないが、きっと同じ表情をしているのであろう。多対一、もとより勝ち目はないが、後ろのやつらは正直悔しいが俺より強いやつらだ。だからせめてもの時間稼ぎをするのみだ。
「リグウェル、逃げてもいいんだぞ」
「まさか、選択肢なんてありませんよ。いえ、たった今、自分から選択肢を削りました」
「はっ、言うようになったなぁ!」
俺に何か才能があればまた見える世界は変わったのかもしれない。だが、世の中才能が全てじゃない。泥臭く生き延びて、そしてその果てにアイツらにバトンを渡すのだ。
______
まばゆい光が頭の中のモヤモヤを吹き飛ばす。光が収束した場所を見やると無傷のパグさんとダハウィの姿。あの光の波動が近くにいるダハウィさえも癒したのだ。見ればダハウィの傷もすべて治っている。これは不味いと思うと同時に、今度は体が動いた。僕は僕に出来ることをするだけだ。
「打消しの魔法!」
ダハウィに向けてありったけの魔力を注ぎ込んで打ち消しの魔法を唱える。僕の魔力はどういうわけか回復速度が異常に速い。完全回復したダハウィを相手にするには分が悪いし、今は邪魔もある。リクさんとリグウェルさんのためにもあまり時間はかけられない。帝国の駒でいるには過ぎた器だ、帰って来いという想いを込めてひたすらに魔法を紡ぐ。ダハウィは徐々に正気を取り戻しているようだ、しかしまだ最後の抵抗とばかりに暴れまわってクラーク砦を傷つけていく。
「リュー、俺の魔力も使え」
「パグさん、ありがとうございます。ここが正念場です、一刻も早くこの戦いを終わらせましょう」
パグさんの魔力の波長は凄かったが、こと魔力を扱う事にかけては僕の方が上だ。今までの僕の人生は無駄ではなかった。おじいちゃんに教わった血を操る精度の重要さがここで生きてくる。今度は失わないために、必死でただひたすらに魔法を紡ぐ。しかしダハウィにかけられた紋様を完全に打ち消すまでは至らない。
(不味い、時間さえかければダハウィにかけられた魔法を完全に打ち消すことが出来る。でも今は時間がない・・・)
焦りが出て、先ほどまで抱えてた不安がまた外に出てこようと藻掻いている。しかし、今度は希望がやってくる。いや、僕が歩んだ道ならそれは即ち僕が作った歴史ともいえる。ならばこれは過去の僕の行動の末の結果なのだろうか。
「この町は英雄ルークの血を受け継いだミーシャが守るです!」
聞き慣れ声と共に現れたその小さな影は、おそらく全力でダハウィを斬りつけた。しかし、ダハウィにかすり傷一つつけることが出来ず、その反動で小さな影は後ろに倒れる。その一部始終を見て、切羽詰まった状況にもかかわらず何故か嬉しくなる。ホッとするのだ、心が穏やかになる。思わずにんまりと笑う僕を見て、ミーシャがまた嫌そうな顔をする。
「げっ、冒険者。またいるでありますか。でももう心配はいらないであります、この魔物はミーシャが倒すからです。この英雄ルークの形見の聖剣で切れぬものはないです」
「うーん、多分君じゃ無理だよ、その剣なまくらだし。とてもじゃないけど聖剣じゃないね。まぁ子供が真剣を持つと危ないし、それくらいが丁度いいと思うよ。でもいいところに来てくれた、ベストタイミングだよ」
「な、何でありますか?いきなり馴れ馴れしくなって・・・」
「ミーシャちゃん、真の英雄になりたくないかい?」
ミーシャの魔力も合わせるとその分ダハウィにかけられている精神干渉の魔法を早く解くことが出来る。それにミーシャ以外にも強力な助っ人が来てくれた。人は自分の力で全ての問題を解決できるわけではない。時には支えてくれる人達が必要になる場面に遭遇する。僕の場合は大した力もないから問題に直面してばかりだけど、支えてくれる人たちがいることに嬉しさを感じる。真実の魔法により、リグウェルさんとリクさんの近くに綺麗な緑色の魔力が見える。もう向こうは大丈夫だ、彼は強いから。
______
隊長と兵士たちが二人の人間を葬り去ろとし始めた時だった。彼らの背後に一匹の魔物が現れた。それはガルという弱い魔物、しかし思わず彼らは後ろを振り返った。
「・・・!なんだぁ、・・・ガル?」
「タダのガルとオモウナよ」
「ほぉ、喋る魔物とは珍しい・・・。それにラッキーなことに魔力持ちだぁ、ストックが捗る捗る」
「・・・ニンゲンとはゴウマンだな。シカシ、キサマはタダゴウマンなダケだな」
その言葉が終わると同時に、ガルは単身で王国軍に突っ込む。迎え撃つ兵士たちを豪快な乱舞で、しかし綺麗に殺すのだ。その圧倒的な実力に思わず場が静まる。誰かが唾を飲み込む音が大きく聞こえる。沈黙を破ったのは隊長だった。
「なかなかやるなぁ、だが魔法はどうだ?」
その言葉と同時に体調を取り囲む魔法使いらしき男たちが一斉に魔法を詠唱した。流れ星のごとく空から火の玉が降り注ぐが、ガルは舞う様にそのすべてを躱す。そして驚きの顔をはりつけた魔法使いたちを次々に殺していく。一方的すぎではあるが、そのガルが強すぎるのだ。いや、前までならいくらガルでも無理であっただろうが、最近ガルは魔法を学び、魔法の軌道を、魔力の流れをその目で捉えることが出来たからこそのこの結末だ。
「リューの・・・、ワがトモのテキは、ゼンインコロス」
「なんだぁ、出鱈目だなぁこの化け物が・・・。いや、まさか、あの実験の?まぁいい、遊びは終わりだ、私たちの本気を見せてあげよう」
隊長が不敵に笑うと、魔法使いたちはまた魔力を練りだす。それに対してガルは芸がないなとあきれ顔をしたが、次の展開にその目を大きく見開く。
「着火の魔法・改!」
唱えられた魔法は同じ魔法であったが威力がまるで違う。今度は空一面に火の玉が出現し、まるで隕石の落下を彷彿とさせる。避けるスペースもなく、ガルの周囲一帯は焼け野原と化す。しかし、当のガルは驚きながらもしっかりと対応していた。
「ボウギョのマホウがナケればシンでイタな・・・」
「おいおい魔法まで使えるとか反則じゃないかぁ。まぁ、反則はこっちもなんだけどね。第二波、発射」
その言葉に、ガルは今度こそ驚愕する。いや、ガルだけではなく、隊長に殺されそうだった2人の人間は勿論の事、クラーク砦にいた兵士たちまでもが驚きを隠せないでいる。そして刹那・・・
「グガアァァァ!」
ガルは火達磨になり、草原に転がり痛みに跳ね回る。勝負あり、誰もがそう思ったときだった。誰かが叫んだ気がした。
______
「くそがあぁぁぁぁ!」
俺はなぜ隊長に向かって走っているんだ?隊長がガルに気を取られている隙に逃げだせばよかったんじゃないか?そもそも魔物を助けるなんてそんな頭の悪い事、前の俺ならしていたか?考える前に体が動くなんてまるでアイツみたいで、反吐が出る。だがその反吐が出るソイツの事を友と言い放った目の前のガルは神経を疑うし、そんなガルを助けようとしている俺自身にも腹が立つ。
「どけやゴラァ!」
「ひっ!」
出鱈目に剣を振り回し、クラーク砦の雑兵たちを退ける。今はとにかく時間がない。雑魚にかまっている暇はねぇ!あの隊長をぶっ殺して、隊長が持ってる魔力の瓶の中身を使いガルを助ける。だがまた兵士たちが行く手を阻もうとしてくる。単なる威嚇が効かないのなら、脅せばいい。
「どけぇ!それともあの魔法使いどもが使う着火の魔法の巻き添えになりてぇのか!」
「うっ、・・・。俺は逃げるぞ、命は惜しい!」
人の欲望ってのは理解しているつもりだ。つい最近まではその欲望に忠実に従う人生を送ってきたから。人間は理由が目の前に転がってると、それに縋りつく生き物だ。故に脆いし弱いし傲慢だ。そしてそれに外れるリューとか、目の前のガルとかは大っ嫌いだ。最近そっち側に行こうとしているパグやリグウェルも同じく嫌いだ。俺はあくまでも冒険者だ。冒険者は冒険者らしくずる賢く生きる?違う!生きたいように生きるのさ!
そしてついに目の前に憎ましい魔法使いと隊長たちの姿を捉える。俺は嫌いな奴らは山ほどいるが、コイツらは嫌いを通り越して許せない存在だ。そしてそんな許せない存在に対して、陰口しか吐いてこなかったテメェ自身にもほとほと呆れ返る!これが俺だ、傲慢も押し通せば一つの道となる。
「その首、貰ったぁ!」




