79
「精神干渉の魔法、だと?何言ってやがんだリュー、ダハウィの周囲には術者は一人もいない。精神干渉の魔法をかけ続けるなんて無理だ。それにほら、聞こえるだろ」
リクさんがそう言うと、僕にも少し聞こえてきた。精神干渉の魔法をかけられた冒険者たちの悲鳴が、今頃聞こえてきたのだ。いや、単に精神干渉の魔法の効果が切れただけなのだが、魔法というのは一度かけるとずーっと効果を発揮するわけではない。
「冒険者たちにかかっていた精神干渉の魔法が切れたか・・・。ダハウィに精神干渉の魔法がかかっていたとしても直に消えるな、どうという事はない」
「そ、そうですね・・・いらぬ心配というやつです。それよりはやく逃げた方がいいのでは?」
パグさんとリグウェルさんも楽観的だ。無理はない、だが目に見えている事だけが真実とは限らないのがこの世界だ。僕も、イスファ=リアと出会わなければ与太話と切り捨ていただろうから彼らの感情は分かる。しかしそれでも、あの先には大事な人たちがいるのだ。
「いいえ、ダハウィにかかった魔法は少なくともこの戦争の間は切れないでしょう。なぜなら紋様が刻まれているからです」
「は?紋様?」
「詳しいことを説明する時間はありません。僕はもう行きます。ダハウィを倒しに」
「あ?おいリュー!」
王国最後の砦のクラーク砦はその名の通り最後の門だ。くびきのドラゴンが現れた戦争でも帝国軍の猛攻を受けきって、ラスティ王国は滅亡を免れた。それほどまでにクラーク砦は堅牢で、そしてそこを抜けると何もないともいえる。ダハウィは砂漠気候で生きうるための体力を有しており、また強固な皮膚により並大抵の攻撃は通じない。籠城戦を強いて勝てる相手ではない。僕は急いでダハウィのあとを追う。
前にミーシャに、僕は英雄ではないと自嘲したことがあったか。自分と大切な人さえ生きれればそれでいい、多くは望まない。冒険者としてコソコソ生きていくという信念だったはずだ。だが、今のこの感情はなんだ。僕の心を突き動かすのは、本当にミーシャやパテンさんだけのためなのか?それとも魔物さえ道具の様に使う人間への怒りなのか?いや、答えはもう出ているはずだ。僕はさっきリグウェルさんを守ることが出来た。そうだ、僕はもうただの弱い冒険者、リューではない。クラーク砦は落とさせない。
______
「チッ、なんなんだよ、アイツはよ。さっきはリグウェルも守ったし、今度はクラーク砦を守ろうとしてやがる。大事なものが見えてねぇのかよ」
「そういいながら俺らと一緒にリューを追いかけてるじゃないか。命が惜しいなら逃げだしてもいいんだぞ?」
「うるせぇ守銭奴!それはリグウェルに言いやがれ。リグウェル、オメェなんで王国の民でもないのにクラーク砦を守ろうとしてんだよ」
「私は一度リューさんに助けられた身なので」
「無理すんじゃねぇぞ、変に恩を感じる必要はねぇ。リューは後先考えず周りを巻き込むタイプだからな。リグウェル、真に大事なものをはき違えるなよ?それにオメェはあまり戦力になら無さそうだしな」
そういいながらリクはリグウェルの首元にぶら下がっているペンダントを指さす。その動作を受けて、リグウェルは暫し呆けて、しかしその後ふっと笑う。
「大丈夫です、危なくなればまた逃げるので」
「この臆病者が!守銭奴に臆病者!そして当のリューは向こう見ず!こんなやつらで大丈夫かよ!」
「うるさいぞチンピラ」
「テメェ言いやがったな、俺様はただ闇雲に噛みついてるんじゃねぇんだよ」
3人は互いに憎まれ口をたたきながらも、しかし怯むことなくダハウィとの距離を詰める。ダハウィの目の先にはクラーク砦がもう目の前まで迫っており、砦から放たれる矢をものともせずに直進を続けている。しかし飛び道具は硬い皮膚のせいでダハウィに致命傷を与えるには至らない。クラーク砦の兵士たちが動揺しているのが分かる。冒険者たちを魔法にかけて戦場に送り出した以上、クラーク砦は戦場にならないと思っていたのだろう。また、難攻不落の砦という肩書が余計に王国軍の心に余裕を持たせた。そして現在、クラーク砦は少数の兵士が守る状況になっているが、迫りくるダハウィの恐怖に耐えかねて兵士たちは混乱、指揮官は逃げ出して砦内は混沌と化していた。
「おい、思ったよりやべぇじゃねぇか・・・」
「やれやれ、兵士たちは紋様で強化されているとリューは言っていたが、精神面はまるで成長していない、いやむしろ驕れる力に頼りすぎて弱体化しているんじゃないか?」
「まぁ気持ちは分かりますがね。でもラッキーです、王国軍がいなければ私も堂々と戦えますよ。でも基本的には前に立ちたくないので、前衛は任せました」
「ふざけんな!」
「ククッ、ここでダハウィを倒して手柄とすれば金が手に入るぞ」
なんだかんだ言ってグチグチと言いあいが続くが、心なしか3人の距離が先ほどよりも縮んだ気がするのは、果たして気のせいであろうか。人の心は移ろいやすく、それでも芯にあるものを生半可な気持ちで曲げることは出来ないのだ。
______
皆を置いてきて、一人で突っ走ってしまったけど、後悔はしていない。あの砦の向こうにはもうラスティ王国の首都が目と鼻の先にあるのだから。砦を突破させてはいけない、やらせるものか。
「突風の魔法!」
自分の体の後ろに突風を発動させて推進力とする。そしてついに突き進むダハウィを捉えた。思わず剣を握りしめる手に冷や汗が滲む。はじめて魔物を切った感触が蘇る。あの時のガル達は食料が無くやせ細っていた。言ってしまえばこの理不尽な世界の被害者だ。そして目の前のダハウィもまた、自分の意志でもないのに帝国の駒にされている。その姿がどうしても王国に弄ばれたイスファ=リアのそれとダブる。思わず奥歯を噛みしめる。しかしやらねばならない、今の僕なら自分のためではなく何かのために剣をふるえる筈だ。
「うおぉぉぉ!」
雄たけびを上げて、恐怖とか罪悪感とか孤独とかを振り払う。ライザに教わった剣術を思い出せ。血のにじむような努力の日々は僕を裏切らないはずだ。綺麗さのかけらもない剣捌きで、ただ目の前の生き物の命を絶つ覚悟で剣をふるえ。誰かを守るという事は、別の誰かを蹴落とすという事だ。割り切れ、ここは戦場だ。
しかし全力で突き刺した剣は丈夫な皮膚に阻まれて深くまで突き刺さらない。当然ダハウィの足を止めることも出来ず、そのままダハウィはついにクラーク砦の壁に激突する。衝撃で砦が揺らぎ、思わず僕も揺れる地面に気を取られる。
「うわぁ、逃げろ逃げろ!」
「丁度いい、紋様の力、試してやるぜ!」
「おい上官はどこに行った!?逃げたのか?」
砦内は阿鼻叫喚、罵詈雑言が飛び交っている。ダハウィが突っ込んできていることを知りながら、無敵のクラーク砦という幻想と紋様の魔力に魅入られて、まるで兵士たちが魔物を相手にするような態度をとっていない。魔物とあまり戦っていない僕でさえ出来ることだ。ワイバーンやガル、ベクトルは違えど最も大事なのは覚悟だ。しかし砦の兵士たちは多対一という構図に溺れて、まるで勝ち戦と思い込んでいる。無理もない、常に少人数もしくは一人で魔物と対峙する冒険者と違い、兵士は数の暴力で魔物を相手取る。騎士団の遠征も大人数で遠征をしたし、大厄災で魔物が攻めてきても基本的に大人数で対処してきたのだ。しかし、今回はソレではダメなのだ。
「ガアァァァァ!グルァァァァ!」
ダハウィが吠える。ただただ大きい声で相手を威嚇する。僕はワイバーンの咆哮を受けた事があるので耐性がついていたけど、兵士たちはそういうわけにもいかない。熟練の兵士なら大丈夫でも、兵士というのは玉石混合で、最近兵士になりたての若い者は恐怖に呑まれてしまう。そして一人がパニックになれば、統率は崩壊するのだ。兵士たちの最大の武器は数の暴力を活かせる白兵戦であり、強大な敵を前にしての戦いというのは専門外なのだ。
「・・・くっ、へ、へへ。俺には肉体強化の紋様が刻まれてんだ、こんな魔物に負けるわけがねぇ!オラァ!・・・あ、あれ?」
気持ちで負けてしまえば全力を出すことなど出来る筈がない。周りの兵士が逃げる中、紋様を過信して単身突っ込んだ名もなき兵士は冷静さを欠いており、よりにもよってダハウィの皮膚の固いところを攻撃してしまう。普通なら柔らかいところを狙うものだし、そのためにリュミのモンスター図鑑があるのだ。魔物との地力の差を少しでも埋めるために知識や経験はたまた歴史に頼るのだが、哀れにも兵士はそのどれもを怠ったようだ。紋様に頼り先人たちの知恵を蔑ろにした兵士はダハウィに睨まれて、まるで蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動かなくなってしまった。
「グルルルル・・・」
「ひっ」
そんな声とも言えぬような情けない悲鳴をあげるのみとなるが、ふとその兵士が何かに縋るような目で僕の事を見た気がする。分かっている、この場で彼に手を差し伸べることが出来る人間は僕しかいない、そのために僕は皆を置いてきてここまで来たのだから。兵士を庇う様にダハウィの前に躍り出て覚悟を決める。
「この人の事は全く知らないし、ダハウィ、君にも何も恨みなどないんだけど・・・。それでもこれが僕の出したこたえだから」
先程剣を突き刺すために握った右手がまだ震えている。ガル達との戦いがフラッシュバックする。正義は我にありと声高に叫べればどれほど楽か。そしてそれが出来ない程僕は成長してしまったのだ。魔力は先ほどリクさんとパグさんにかけた精神干渉の魔法のせいで心もとない。肉弾戦を仕掛けるしかないのだ、命をかけて。しかし右手の震えは単なる恐怖から来るものではない。相も変わらず僕はイスファ=リアの牙が取り付けられている籠手をなぞる。
(ワイバーンに比べればダハウィは厄介な魔法は使ってこない。使う魔法は真実の魔法、それで砂漠の砂の中に潜む餌を捕食する。だが戦闘向きではない、あの巨躯にさえ気をつければ、そして手加減さえしなければ倒せる・・・)




