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「ソイツが戦から本当に逃げてきただけの徴兵された元農民ってことは、まぁわかった。それならこの場所が帝国軍に知らされることもねぇ。だがな、それは結果論なんだよ、テメェわかってんのか?あぁ?」
「別に俺はそこについてはいいのだが、帝国は農民まで徴兵して戦争を始めたのか・・・・。いやまぁ王国も冒険者を徴兵したから似たり寄ったりだが、気になったことは置いとけないタイプでな」
「・・・はい、村の成人男性は長男以外全員徴兵されました。抗った者たちは裏切り者という烙印を押されて見せしめに・・・」
あの後僕は敗残兵・・・もといリグウェルさんを落ち着かせてから身の丈を語ってもらった。そしてある程度把握した所で、二人にかけた精神干渉の魔法を解除して事情やリグウェルさんが置かれた状況を説明した。二人とも最初のうちは僕が禁術を使ったことに怒っていて、特にリクさんが言う結果論は正しくその通りだと思う。結果的にリグウェルさんは僕らの脅威になりえない、むしろ理不尽な状況を押し付けられている側だと知ったけど、もしリグウェルさんが帝国軍の偵察兵なら僕らは逃げ回っていたところだ。その点については反省しているけど・・・
「でも、結果的に良かったじゃないですか」
「・・・だからそれは結果論だっつってんだろーが!」
「結果なんて時間が経たないと分からないじゃないですか。リクさんは何かをやる前から無理だと決めつけてるんですか?今回も戦場という非日常を免罪符に思考停止して、安易な解決策に走ったんですか?」
「・・・!リュー、オメェ言ってくれるじゃねぇか。確かにやる前から自分で選択肢を削ったのは事実だがな、命は一つしかねぇんだよ。死んじまったら終わりなんだよ。それともなんだ、5代皇帝みたいに沢山の命と引き換えに復活の魔法でも使ってみるか?」
「リク、そこまでにしておけ。お前は慎重ではあるが、同時に押し付けたがり屋だ。高圧的なお前に一人で突っ走ったリューの事を責める資格はない」
「パグ、テメェどっちの味方だ。さっきまで一緒にリグウェルを殺そうとしてたじゃねぇか。今更いい子ぶるなよ?お前も結局は金のために動いただけだろ」
「勘違いするなよ、確かに俺たちは戦場にいて命の危険に晒されている。だがな、一番命の危険に晒されているのは他でもないリグウェルだ。それはもう先ほどの会話で分かっているだろう?よもや他人の痛みが分からないとは言うまい」
「チッ・・・」
結局一悶着はあったが、リクさんも渋々ながらも納得してくれたようだ。人の心など移ろいやすいもので、いや、人の本心など分からないと言った方がいいのだろうか。有体に言えばチームというよりは個人の思惑が尊重される、それが心地よくもあるのだが少しの半藤で崩壊しそうな危うさを孕んでいて、何とも一体感というのは一朝一夕では生まれないのだなと実感する。だがそれでも過去を変えることなど出来るわけもなく、僕らは前を向いて歩かなければならないのである。
「いいかオメェら、3人が4人になったところでやることは変わらねぇ。周囲の警戒と隠密の魔法をかけてのやり過ごしだ。リグウェルは魔力もなければ魔法も使えねぇ、と。ならパグと一緒に周囲の警戒だ、顔見知りがいても助けに行くなよ?リューに続いてテメェまでそんなことしたら今度はキレるからな」
「リクはさっきもキレてただろ、なんだもうさっきの事を忘れたのか?」
「あぁ!?」
時々パグさんとリクさんが羨ましくなる時がある。今も、さっきのごたごたなぞまるで無かったかのように、パグさんがリクさんにちょっかいをかける。割り切っているのだ、先ほどまでの過去とこれからの未来を天秤にかけて大事な方を即座に選んでいるのだ。うじうじ悩む僕には出来ない芸当だけど、割り切れないからこそ僕は大事なものを失わないように必死になれるとも言える。
「なんといいますか、その・・・。パグさんとリクさんは仲良しですね」
「仲良くねーよ、リグウェル、オメェ節穴かよ!」
「こんな奴と同類にしないでもらいたいな」
そしてパグさんとリグウェルさんは周囲の警戒をしに行った。リクさんは僕と二人きりになると、僕の方をじろりと睨んで、でもそれだけでもう何も言われなかった。戦況は王国軍優勢、このままいけば何事もなく終わりそうだった。張り詰めた緊張の糸が途切れて、ようやく心を落ち着かせることが出来る。
(でも少し意外だったな、帝国は勝算があるから攻めてきたと思ったのに、このままいけば王国が勝つし杞憂だったかな?)
その時世界が揺れた気がした。何か世界の流れが変化したとか、新たな時代のうねりとかそういう類のものではなく、それはこう物理的な、まるで地響きのような・・・。それと同時に得も言われぬ不安感に襲われる。何か嫌な予感がする、上手くは表現できないけど僕の本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。
「散らばって!」
思わず大声で皆に呼びかける。なりふり構っていられなかったが、それが功を制した。皆が疑う事もなく散らばった後、僕らが隠れていた森の中に巨大な獣が突っ込んできたのだ。虎のようだが足が6本あって、顎が異常に発達している。何より周囲の木々を押し倒しながら尚も進み続ける虎など聞いたことがない。あれはリュミのモンスター図鑑で見たことがある。
「ダハウィ・・・何でこんなとこに居やがるんだ?」
横で訝しげな目つきをしながら、リクさんが疑問をポツリと漏らす。そうだ、リクさんが言う通りあの魔物は本来砂漠気候に生息する魔物のはずだ。地底都市やそこら辺、王国や帝国には生息していないはずだ。不吉な予感がする、何かを見落としている気がする。
(待てよ。魔物である以上、ライザやイスファ=リアの様な知性がある魔物でもない限り魔力を欲するはずだ。でもあのダハウィは暴走してたし、知性があるようには見えない。でもあいつは今僕たちを見ていない)
ここには僕を含めて3人の魔力持ちがいるという素晴らしい条件のはずなのに、ダハウィは僕らに目もくれず前進を続ける。一体なぜとダハウィが向かう先を見ると、そこには王国最後の砦のクラーク砦があった。まさか・・・と思わずにはいられなかった。僕らには見向きもせず砦を攻め落とそうとするとは、まるでダハウィが戦略という物を理解しているかの様ではないか。いや、まさか・・・
「どういうことだ、魔物が魔力持ちを放置するなんてよ。まぁ運がいい。おいリュー今のうちに逃げるぞ。パグとリグウェルは無事か?」
「残念ながら無事だ」
「し、死ぬかと思いました・・・」
「おいリュー、ボーっとしてんな。さっきので木々がなぎ倒されてしまったから新しい隠れ場所を見つけるぞ。安心しろ、もう戦局は終盤だろうからな」
リクさんが僕の腕を引っ張るけど、僕は必死に考えて、不可解な現実を不可解のままで終わらせないように答えを導こうとする。研究というのは日々進化する。無機質なものにしか施せない紋様を生あるものに施す技術。王国だけではなく帝国も同じように研究を進めていたとしたら?まるで操られているようなダハウィ。大厄災も魔物が攻めてくると言っていたが、人間の魔法は神の奇跡を真似たもの。原理は同じ?このタイミングで攻めてきたのは、新兵器の性能を確かめるため?それとも失っても補充する手段がある?
そこまで考えたところで最悪のシナリオを思い描いてしまった。血の気が引く感覚、もし僕の考え通りだとしたらこの世界は本当に狂っている。だが聞かずにはいられず、震え声でリクさんに尋ねる。
「リクさん・・・。この国の王女は魔物に殺されたんですよね?」
「あぁ、そうだが・・・いきなりどうした?今はそんなこと関係ねぇだろ」
「どこで襲われたかって知ってますか?」
「あ?それまでは知らねぇな。って、おいおいリューオメェいい加減に・・・」
「それなら私知っていますよ、当時話題になりましたから。私が住んでいる村の近くで襲われたと聞きました。王国の王女様が魔物に襲われたと聞いて、冷や冷やしましたね」
それを聞いて僕が思い描いた最悪の予想が当たっていることを確信する。僕は覚悟を決めて皆に僕が出した結論を伝える。
「皆さん、あのダハウィは帝国の精神干渉の魔法によって操られています」




