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墓地から逃げ来てた俺はふと立ち止まる。やる事を終えて、ようやく俺の初めての依頼が終わったのだという実感が湧いてくる。思えば長いものだった。最初は惰性、リューを見つけるために俺が名をあげるための踏み台として見ていた。しかし、依頼をこなしていくうちにそれがただの仕事として割り切れなくなってきた。言葉足らずではあるが、皆が生きていることを知った。学んだ事が多すぎた、いや今までたかだか20数年しか生きていなかっただけとも言うのか。
(俺がこんなに長考するなんて柄にもないな)
思わずそんなことを思ってしまうほどには、自分で自分が変わったということを自覚しているのだろう。だが、変わりはしてもまだ俺は道半ばなのだ。五十嵐刑事が言っていたではないか、人生とは歩みなのだと。死ぬまで歩み続ける、ただそれだけだと。つまりは心の整理がつかないのだ。そしてこんな状況で出会いたくない人が俺の目の前に現れた。
「あぁ、貴方は・・・確か八代さんでしたよね?犯人への精神鑑定に何も言わないでくれと言われた時の衝撃がすごくて、名前を覚えていますよ」
「・・・はい。その節はご迷惑をお掛けしました」
「いえ、私も考えるきっかけになりましたから。それにあの夜のあと幸田さんとも話しましてね、楽しいひと時でした」
あの夜から、幸田さんは気を張り詰めていたらしく憔悴していたが、平田さんはどこか纏う雰囲気が変わった気がする。裁判の間も、そして今でさえも俺には平田さんが何を考えているのかまるで分らない。平田さんはあのことを怒っていないのだろうかという疑問が湧くが、とても聞く気になれず、気まずい沈黙が流れる。静寂を破ったのは平田さんの方だった。
「感謝しています、事件を終わらせてくれて。実は私も随分と悩みましてね、でも私自身どうしようもない人間だという事を自覚しまして」
「・・・と、言いますと?」
「最初は犯人への怒りの感情しかなかったです。でも裁判所で死刑判決を言い渡された時の犯人の顔を見ると何とも言えない感情が湧きまして、心が揺れ動いてたんです。結局私は復讐なんて出来ない。でも佐恵子の仇だけはとってやりたい。自己矛盾も甚だしいですが、私は誰かにこう言ってもらいたかったんですよ。貴方は正しい、犯人は悪だ、とね」
「・・・」
「決められないし、そんな度胸もない私にはこれしか道は残されていなかったんです。でも私よりだいぶ年下の人になげかけられた言葉で、自分を見失っていたことに気付かされたんです。佐恵子を失って、心のよりどころまで失ってしまったような感覚に陥り、自分の人生をなげうとうとしていたいたんです」
「平田さん、こんな俺が言うのもなんですけど、事件が解決して犯人が死刑判決を言い渡されたというのに、平田さんの事を考えると胸がほっとしてしまったんです。結局どっちつかずなのは俺自身でした」
「いえ、私も人の死を見るのは嫌ですし、最後の犯人の顔もね鮮明に覚えているんですよ。これも貴方に出会ったおかげだと思います。余計な雑念抜きであの表情を読み取れたこと、今では嬉しく思っているんですよ前までの私なら絶望した犯人の顔でも見て悪魔の様な形相をしていたはずですから」
「平田さん・・・」
そこまで話して平田さんは俺の後ろの墓地に目をやる。どうやら引き留めてしまっていたようだ。平田さんは今から墓参りという事で、俺も折角なので一緒についていくことにした。さっきも墓参りはしたけど、きっとこっちの方が悔いが残らない。平田さんはアイビーを添えて暫し奥さんとの二人の会話を楽しんだようだった。
「・・・終わりましたね」
「えぇ、これで本当に終わりました。八代さん、本当にありがとうございました」
「いえ・・・感謝されるようなことを果たして出来たのだろうかと不安が残っています」
「いや、本当に感謝してもしきれないです。今の私がいるのは皆さんに支えられたおかげですから。でも、それでも妻の前に立って全てが終わったことを伝えると、いけませんね・・・感情が抑えきれない。人の死が確定したというのに、な、涙が・・・」
「・・・」
人目も憚らず泣きじゃくる平田さんに気付かれぬように、俺はそっと墓地を後にした。もう俺は必要なかったから。
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「佐恵子、終わったよ。そしてすまない。もう少しそっちに行くのに時間がかかりそうなんだ。きっとお前ならゆっくりでいいよって言ってくれるだろうけど、私はお前に会いたくて仕方がなかったんだ。でもその考えも変わった。残された私は生きなくちゃならないんだ。死んだ人の分まで生きなくちゃならなくなったんだ。だからすまない。無事子供が出来れば吸おうとお前が言っていた煙草、置いとくよ」




