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fallen  作者: 流転
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「平田さん、本当にいいんですね?」

「ええ、大丈夫です」


俺が平田さんに頼み込んだ次の日、平田さんは探偵事務所にやってきて犯人への怒りはそのままだが、理解も深めたいと言ってきた。曰く、許すことはないが赤の他人でもいられない、とのことだ。何かつきものが落ちたような、悪く言えば吹っ切れたような顔をしていたのが印象的だった。源さんは疲れ切っていたが、まだ俺らの仕事は終わっていない。平田さんからの犯人捜査の仕事は終わったが、それでこの事件から完全に手を引く様なことは俺も源さんも出来なかったのだ。


冬の寒さが肌身に染みる。今から裁判が始まるのだ。二人の人間を殺した連続強盗殺人事件、その犯人を裁くために。考えてみれば奇妙なものだ。被害者と加害者はよしとして、それらと全く親しくない、おそらく仕事でなければ関わることもない警察、裁判官、探偵などが我が物顔で口を出すのだ。全ては人間が勝手に作った秩序を守るために。被害者の気持ちなど知りもせずに。いや、それは前の自分だ。俺は平田さんの事を理解するために出来る限りの事をしてきたはずだ。


「あ、刑事さん」

「あぁ、平田さん。犯人が捕まって本当に良かったです」


裁判所で懐かしい顔を見かける。五十嵐刑事は心底ほっとした顔で平田さんと会話をする。途中で俺にも気付いて、ニコリと笑顔。


(・・・本当は平田さんと入れ替わりたいのかもしれない)


月並みな励ましの言葉を、不安を紛らわせる笑顔を、それらの形容詞を取り去って最高の結果を待ち望んでいたのは平田さんだけではない。他でもない俺自身がリューが見つかることを望んでいる。そのために探偵の道を選んだのだ。神隠しなど認められるはずもなく、必死に探してきたのだ。心のどこかで諦めの気持ちが表れているのは分かってはいるのだが、体が受け付けない。だが、今は俺の出る幕ではない。それに、最高の結果だけがいつでも人を幸せにするとは俺には思えなくなったのだ。嬉しそうに話す平田さんと五十嵐刑事を見て、俺の隣で源さんが微笑んでいたのが何よりも嬉しかった。


実際の裁判というのはテレビや映画で見るほどの迫力や大逆転劇は存在しない。ただ被害者と加害者以外の赤の他人が勝手に定めたルールに従って、裁判官が感情を殺してただ結果を示すだけの、実に空疎な演劇だ。被害者に肩入れしすぎたら法の秩序が壊れるというのなら、それは裁判官が法に縛られているだけに過ぎない。他人の事に無関心でただ決められた考えをそのまま口に出す機械、そう思ってしまうのは俺が肩入れしてしまっているせいだろうか。


あの時自分は正常ではなかったと宣う容疑者は傍から見れば反省している風に見えるが、その実金目当てで人を殺した人間だという事を忘れてはならない。容疑者を捉えどころのない目で見つめていた平田さんが今何を考えているかさえ分からない俺には、裁判官の凄さと怖さを改めて実感したのだった。いくら取り繕ったところで俺には感情的な生き方が性に合っているという事なのだろう。


(俺はこっちの道で良かったな)


裁判はつつがなく終わり、判決は容疑者の死刑だった。二人殺したのだ、妥当な判決だと思うと同時に判決を言い渡された時の容疑者の絶望的な顔がフラッシュバックする。嫌だ、死にたくないという言葉が聞こえてきそうな表情を目にして、思わず平田さんの方を見てしまった。だが、俺には平田さんの感情が読み取れなかったのだ。結局俺はあの絶望する顔を見たくなかっただけなのかもしれない。


「ようやく終わったな。八代、よく頑張った」

「源さん・・・まだ日が明るいうちから酒ですか」

「いいだろ別に、もう裁判は終わったんだし、それに依頼人にとっても新たな人生の始まりになるからな。門出を祝うってやつだ」

「源さんが飲みたいだけでしょ・・・」

「まぁまぁ、どうせこの後飲むんだしよ。その前に一杯ひっかけるのもやぶさかではないはずだ。本当にお疲れさまだ」

「あ、でも俺このあと少し用事があるので0次会には参加できません。夜までには帰ってきますから」


源さんに断りを入れてから最初の目的地である花屋に向かう。前に平田さんの墓参りに来た時にアイビーを買った花屋だ。店員は俺の事を覚えていたけど、大したことは話さなかった。いや、おそらく店員が俺の表情から本心を読み取ったからだろう。そしてそのまま最終目的地である墓地に行く。平田佐恵子、目当ての墓の前に前回と同じく先客がいた。


「おや、また君ですか。どうしたんですか八代君、また前みたいにやつれてますよ。心機一転して犯人を見つけることが出来て、嬉しいんじゃないですか?」

「五十嵐刑事・・・。前に俺にいましたよね?無から正義は生まれない、って。実はそれを受けて俺、平田さんに犯人についての理解も深めた方がいいって言ってしまったんですよ」

「・・・」

「結局俺は平田さんの苦悩を知らないし、平田さんも犯人の感情なんて知る由もない。本当に俺のしたことは正しかったのか疑問が残ってるんです。そして、結局犯人は死刑になった。俺が何をしたかったのかも分からなくなってるんです」

「ふむ・・・。いいんじゃないですか。人には人の生き方がある。平田さんが君の言葉に心を動かしたのなら、君は信頼されているという事です。責任感も感じる必要はないと思いますよ」

「そうでしょうか」

「えぇ、人生短いものですし、とどのつまり歩みを止めることはないのです。悩んでいるその時間も君の人生の一部なのですし、過去の過ちも、悩んだ末に選んだ未来も同じです。胸を張っていいと思いますよ、君は一人の人生に光をもたらして、泥沼からすくい上げたのだから」


五十嵐刑事にはそういわれたが、俺にはどうにも平田さんに取っていた最初の態度が思い起こされて、源さんや五十嵐刑事の方が平田さんに感謝されているだろうと感じた。そう思うとなんとも居た堪れなくなって、アイビーを添えて事件が終わったことを心の中で伝えながら、そそくさと墓地から離れたのだった。

______

「行きましたか・・・」


遠ざかっていく八代君の後姿を見ながら自分の情けなさに辟易する。特に最後の言葉、彼は平田さんの心の支えになっていたはずだ。光をもたらしたという言葉に嘘偽りはない。だが、自分はどうだ?私は彼を安心させてやれただろうか?彼はまだ友の失踪を引きずっていて、心のどこかに引っ掛かっている部分があるのではないだろうか?


「あぁ、何と情けない。私は小心者ですね」


手元のアイビーの花束を見て思う。これは罪滅ぼしなのではないか。平田さんの妻を殺した犯人が捕まった事は良い事なのだが、毎度毎度事件が解決するわけもない。事件が起きてから捜査を開始する警察は、言ってしまえばこの様でしか誠意を示せない。全力を挙げて捜査をするという言葉も言い続けていくうちに空虚なものになっていく。


「本当にままならないものですねぇ・・・・」

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