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戦争の熱気が僕たちを包み込む。人々の怒号、打ち鳴らされる太鼓の音、首級を取りたい者どもの欲望、血への渇き、そしてひやりと冷たく肌身に染みるペンダントと指輪。ちらりと後ろを見やると王国最後の希望クラーク砦とラスティ王国の首都が見える。帝国兵をあそこまで到達させてはいけない、皆を守るのだ。そうはいっても死ぬのは怖いし、人を切るのはもっと怖い。
「いいかオメェら、戦場で生き残るコツを教えてやる。戦場ではな、自分の心を殺したやつが生き残る。倫理観なんざ捨てちまえ、道徳なんて使い物にならねぇ。そしてオメェらは精神干渉の魔法にかかりづらかったってことは見込みありってことだ。要するに獣になって戦場を生き残るんじゃなくて、命がけで逃げ回れってことだ」
「・・・最悪、死んでしまっても構わない」
「パグ、オメェよぉ、いい加減そのうがった思考をやめろ。自分自身で気付いてんだろ?死んじまったらもうオメェの大事な人の呪いを解く可能性はゼロになるってことを。気付いていなかったら、あそこで精神干渉の魔法にまんまとかかって王国の駒に成り下がっていたからな」
「・・・」
「よし、リューオメェはどうだ?」
「僕は生き残ります、おじいちゃんの墓参りをしないといけないので」
「・・・それは勝手にしろ。だが生き残りたいっていう意志があれば上等だ。生憎と俺様も死ぬ気は毛頭ない。王国兵士の露払いのために冒険者は死んで来いってか?そんなもの認めるわけにはいかねぇんだよ」
リクさんが主導となって僕らは何が何でも生き残るという作戦を決めた。冒険者仲間が目の前で死のうとも、誰かが助けを乞おうとも。リクさんが言っていた戦場では心を殺したやつが生き残るというのは、まさにその通りだろう。精神干渉の魔法をかけられた冒険者と血に飢えた兵士たちはさながら獣で、僕たちは暴れる獣をただ見つめる路傍の石なのだ。
(僕はやっぱり無力だな・・・)
こういうどうしようもない理不尽を目の前にすると実感する自分の無力さ。前に感じた時は魔族の迫害だったか。あぁ、きっとかの英雄ルークも同じ感覚に陥ったのだろう。自分の手が小さすぎて届かない、その感覚に。そこまで考えて、現実に引き戻されそうになってさらに思考の海に潜り込む。現実逃避をやめてはいけない、精神が壊れてしまうから。これは壮大な逃避行なのだ、自分自身さえ欺く究極の。
僕ら三人は前線から少し外れた森の中に身を潜めている。ライザと出会ったり薬草探しをした経験から、人が通りにくい場所を僕が見つけて、三人で息をひそめて戦争が終わるのをひたすらに待ち続けている。途中人の気配がしたら隠密の魔法を僕とリクさんがかけて、パグさんは魔力補充要因及び周囲の警戒に努める。
「リクさん、隠密の魔法が使えるんですね。あと真実の魔法も使えますよね?パグさんが魔力持ちだと見抜いて声をかけた、違いますか?」
「あー、オメェは質問が多いな。俺様も子供の頃はジジイに育てられたんだから魔法くらい覚えているし、冒険者である以上魔法を使えるってことは大事だからな。それに真実の魔法は・・・いや、何でもない」
「・・・?」
リクさんが強引に話を終わらせて、僕がそれに疑問を抱く前に現実が僕たちを見つけて忍び足で背後からにじり寄る。森の外からは阿鼻叫喚、見たくもないが神の視点から見てみると地獄絵図であろう。
「ラスティ王国ばんざーい!者ども突撃ぃー!」
「にっくき帝国共の返り血でこの刀を染めてやる!隊長格を死んでも狙え、死を恐れるな!」
「正義は我らにあり!最高神ガダーディスの加護の元、今こそ王国を滅ぼすのだぁ!」
「まてっ、まだ死にたくない!故郷に妻と息子を置いてきているんだ!」
「なんでこいつら恐れずに突っ込んでこれるんだ・・・。ば、化け物どもが!」
聞きたくない、知りたくない・・・・。耳を塞いですべて悪い夢だったと忘れ去りたい。溺れたいのだが、勝っちゃんの声が何処からともなく聞こえてきて、僕を引き下げさせる。背負ってきたものが多すぎて、僕という人物の輪郭がかたどられてしまったのだ。もう自暴自棄に深く深く逃げることは出来ないのだ。この地獄はいつまで続くのだろうか?もう帝国兵士は全員死んだのだろうか?疑問ばかりが生まれて気分が不安定になるのは、まだまだ僕が冒険者として未熟だからだろう。
「戦況は王国軍が押してる。精神干渉の魔法をかけられた冒険者たちを身代わりにしながら、兵士どもが攻め立てている状況だ。それにしてもあの王国兵士どもの強さはなんだ?前の大厄災の時よりも強くなってやがる」
「それは・・・紋様を体に刻む技術を王国が開発したからです。大厄災に対抗する手段として開発されたみたいですよ」
「お前は物知りだな、あのリクって仕切りたがり屋のやつとは大違いだ。いや、その年でよくそこまで達観していると思うぜ、大したもんだ」
「そういうパグさんも達観しているじゃないですか、一周回って一番大切なモノが見えなくなるくらいには」
「なんだ、皮肉か?」
「皮肉です。僕の目の届く範囲でパグさんに死んでほしくないという僕の欲望とも言います。釘を刺しておけば無謀になることはないと思って、責任から逃れようとしているんです。まぁ、ミーシャちゃんは逆にやる気になっちゃったけどね・・・」
後半は小声だったのでパグさんは聞き取れなかったようだが、僕に対して嫌な奴とポツリと漏らした。それに対して僕も心の中で貴方もですよと反論する。でも他人との会話は楽しい。社交的だった勝っちゃんはこんな風な色鮮やかな世界を見ていたのだろうか。そんなことを考えていたらリクさんが僕らに注意を呼び掛ける。
「おいオメェら、気を抜くなよ。戦場から少し離れているとはいえ、ここは非日常だってことを忘れるなよ」
「分かってるよ、ただの世間話だ」
パグさんがリクさんに軽い態度をとって、両者の戦争への認識の違いがそのまま現れているようだ。だがリクさんはいたって冷静にパグさんのからかいをいなす。なんだかんだ言ってチームとしての一体感が出てきたと思ったときだった。
「ひぃ、なんなんだあいつらは!王国兵がこんなに強いなんて聞いてない!」
帝国兵士の敗残兵が僕たちが隠れている森の中に逃げ込んできたのだ。一瞬時が止まる。敗残兵が驚いた顔で僕たちを見つめる。しかし時はすぐに動き出した。いや厳密にいえば敗残兵は呆然と立ち尽くしていたのだが、この活劇の重要人物はまさにその人であろう。
「ちっ、バレちまったか!」
「その首貰った」
リクさんとパグさんがそれぞれ自分の得物を手に取り敗残兵に襲い掛かるのを見て、僕はとっさに体が動いてしまっていた。敗残兵が無抵抗に殺されそうになったから?彼の身につけていたペンダントが日の光を反射したから?まるで兵士のような服装ではなく、農民から徴兵されたような身軽な格好をしていたから?後付けの理由などいらない。ただただ体が動いたのだ。
「イスファ=リア!防御の魔法!」
「邪魔すんじゃねぇリュー!そいつを逃したらこの隠れ場所が見つかっちまうだろーが!」
「リュー、そこをどけ。隊長格程ではないが、一応金にはなる」
「・・・っ!どきません!二人とも落ち着いてください、ここは非日常ではあるが戦場から離れているってさっきリクさんが言いましたよね?この人をここで殺す必要はないはずだ」
「なに言ってんだオメェ!この状況で落ち着くもクソもあるかよ!」
「そいつも死を覚悟で戦場に立っているはずだ、殺される覚悟もしているさ」
「・・・すみません、二人とも。おじいちゃん、力を貸して。精神干渉の魔法」
僕がその言葉を唱えた瞬間二人が青ざめる。魔力はあるが魔法を使うことが出来ないパグさんはすぐに魔法にかかり、リクさんも僕との保有魔力量の差で、直に精神干渉の魔法にかかった。
「禁術だと・・・オメェ、一線超えやがったな・・・」
リクさんはそう恨み節を残して糸の切れた操り人形に成り下がった。後に残されたのは訳がわからないといった風の敗残兵と、ひどく疲れた顔をしている僕だけ。それでも僕は努めて明るく敗残兵に声をかける。
「えっと、大丈夫ですか?王国兵から逃げてきたようですが」
「・・・!?な、なぜ助けてくれるんだ?」
「体が咄嗟に動いちゃって、特に理由とかはないです。でも、これでいいと思っています」
理由付けというのは手っ取り早く自分の精神を安定させる方法だ。リューさんのように非日常だからという理由をつければ無情になれるし、パグさんのように金のためという理由をつければ人殺しさえ仕事になる。かくいう僕も、前までは理由付けというモノを大事にしてきた。魔族の皆と触れ合う事だって、最初のうちはおじいちゃんとの約束だったから。イスファ=リアと話をしたのだって、イスファ=リアの境遇を知ってしまったから。ライザもミーシャもパテンさんも、全てすべて。取っ掛かりが必要だったのだ、心の支えを欲していたのだ。だが、今回は違う。戦場で心を殺せば確かに生き残れる確率はあがるだろう、だが僕の本能がそうさせなかった。
「貴方が無事で、良かったです」
「・・・!」
あぁ、今度こそ僕は確かに笑えているはずだ。理不尽な世界、身近に転がっている死、自分が自分でなくなる感覚とある種俯瞰的な物事の見方。理不尽に立ち向かおうにもそれは強大過ぎて、死から他人をすくい上げることはとても難しくて、後悔に苛まれて夢の中をさまよっている感覚に陥り、何処か達観していると皮肉られる。しかし、僕は今このガダードで生きているのだ、そうだこれは僕の物語だ。




