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fallen  作者: 流転
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朝、それは生活の始まり、世界の鳴動。今日も何事もなく朝日が顔を覗かせるが、人間というものは繊細な生き物で、心があるが故にいつも通りの一日というものはあり得ないのだ。昨日と同じ風に見せかけてどこか違うのはこの世界が人々の心の写し鏡となっているからであろう。他人が考えていることなど知る由もないが、それでも人々の思い出が積み重なったものが世界であるのならば、赤の他人の思考でさえも変化させずにどうして世界を変えることなど出来ようか。朝っぱらからそんな思考回路に陥る程には僕自身も変わったのだ。思考の深くまで潜ったのは地球にいた時やおじいちゃんとの生活で体験していたが、ワイバーン戦以来は長らく忘れていた感情だ。しかし僕は今真剣に魔族の皆やライザ、そして王都の皆の事を考えている。


(勝っちゃんには周りが見えなくなることがあるって言われたけど、まさにその通りだな)


人の心は移ろうものではあるのだが、僕は白ローブの集団の事を暫くの間忘れていた。町で肉体強化の紋様の話を耳に挟んでも、それよりもっと重要なことがあったのだ。あれほど衝撃的だった国王の演説と民衆の狂気も忘れ去っていた。今この瞬間を大事にし過ぎてすっかり失念していたのだ、このガダードの世界の無常さを。


「た、大変だ!帝国が攻めてきたぞ!」


その言葉で僕は強制的に思考の海から引きずり出される。戦争が始まるというのに僕の心はここではない何処かに彷徨っていたのだ。ガルの命を奪う事で精一杯だった僕に果たして人間の命など奪えるのか?しかしこのガダードの世界は僕に考える暇を与えさせない。


「パ、パテンさん・・・」

「ちっ、なんてふざけた世界だ。おい、リュー。これだけは忘れるなよ」


怯える僕に、生きて帰れ、とパテンさんは言い聞かせた。それがひどく嬉しかった。おばちゃん達との会話でも実感した、他人に心配されるという無上の喜び。これが人の繋がりというモノだろう。


「冒険者組合に登録している冒険者は本部に集合しろ!」

「兵士を先に通せ!」

「くそっ、やつら奇襲を仕掛けてきやがった!大厄災前の戦争は禁止するっていう約定を破りやがったな、帝国の野郎どもが!」


街に出ると人々の怒号が飛び交っている。慌ただしく人々の動きに合わせて街の景色が変化していく。冒険者組合に向かう途中で兵士とすれ違う。白ローブの集団や国王はそこにはいなかった。戦争という緊急事態に於いても人間の社会に存在する格差は現れるものだ。僕たちは捨て石ではあるが、すれ違った兵士たちがまるで戦場に赴くとは思えない程の笑顔を張り付けていて、僕はやはりこの町が怖くなった。普段から平和な環境に慣れている人ほど、排他的になり狂気に飲まれてどこか他人ごとだと思っている。


「よく集まってくれた冒険者の諸君!帝国との戦争は避けられないが、これは大厄災と同じく我らがラスティ王国の存亡をかける戦いである。帝国の魔の手からラスティ王国を、ひいては諸君らの故郷を守るのだ!これは国王陛下の思し召しである!魔物と戦ったことのある勇敢な諸君らの援助を求める!」


背後に沢山の兵士を引き連れたおそらくは隊長であろう人物が声を張り上げる。しかしその言葉に応える様な勇敢な冒険者はあまりいない。そのような国のために命を差し出せるほどの勇敢な心の持ち主はそもそも冒険者などにならず、はじめから兵士を志すからである。だが、母国のために戦えと言われたらどうなるだろうか?誰かから本気で必要とされればそれに応えたくはならないだろうか?ましてやそれが戦場の熱気と共に襲い掛かってきたら、果たして冷静でいられる人間はどれ程いるのだろうか?


「冒険者の諸君、よく聞き給え!諸君らは大事な王国の民である!諸君らの命を守ることもまた我々のさだめであるのだ!安心したまへ、諸君らは一人ではない!隣には戦友がいて、背後には守るべきものがいて、そして前にはただただにっくき帝国軍のみがいる!単純明快、実に分かりやすい構図であるが、一人でも欠ければたちまちに戦線は崩壊する!今こそ!我々の団結力を示す時である!」


(・・・なんだ、この気持ち?)


先程まで隊長の戯言になびくことなどなかったはずだ。だが今僕は揺れている。自分の命が大事だと分かっているのに、僕の帰りを待つ人がいるのに、この命を投げ出してしまってもいいと感じている。この感情は初めてライザと出会った時に生まれた諦観や懺悔の気持ちではない。もしかして、これは・・・


「精神干渉の魔法だ、ふざけやがって。おいオメェ、打消しの魔法が使えるのなら使っておけ」


聞き覚えのある声に顔をあげると、リクさんが不機嫌そうな顔で僕に語りかけていた。まさかリクさんの方から僕に声をかけてくるとは思わなかったので、少しの間僕は驚いて何も言葉を返すことが出来なかった。そんな僕の事を知る由もなくリクさんは喋り続ける。


「なんだ驚いた顔をして。言っとくが俺様は善意で人助けなんてことはしねぇ。ただジジイやオメェよりももっと嫌いなものがあるってことと、オメェは使えるってこと。優秀な奴らを見つけて結託しないと戦争では生き残れないんだよ」

「・・・リクさんにはリクさんの生き方があるので僕から言う事は何もありませんし、目の前の戦争から生きて帰る道を模索することが大事だという事も分かります。精神干渉の魔法だと教えて頂き、ありがとうございます」

「あ?おいおい、なんだよ。切り替えってやつがしっかり出来てるじゃねぇか。初めに出会った時はもっと短絡的な奴かと思っていたが、少しは見直したぜ。あと、あいつも仲間に加えるか」


リクさんが指さした先にいたのは、前に白ローブの集団に食って掛かった冒険者の男だ。魔族を排斥することに異議を唱えていたが、その理由は金儲けができなくなるから。僕の理由とは正反対だが、おそらく今の僕なら・・・


「おいオメェ、この戦争を生き残りたいなら俺たちに強力しろ」


リクさんが話しかけて、冒険者の男はそれに応える。彼は自らの名をパグと名乗った。そして僕の予想通り、彼にもまた彼が歩んできた歴史があった。


「戦争か・・・。まぁ生き残りたいってのは少しはあるが、命なんて所詮資源だしな」

「あー、まためんどくせぇ奴を引いちまったか?命は資源じゃねぇだろ」


リクさんの反論にパグさんはすぐに切り返す。


「いや、資源だ。そこいらを見て見ろ、奴隷がいるだろ?人間ってのは他人の命に価値をつける生き物なのさ。世の中は結局金で、国王様に招集される俺達の命も安いもんさ」

「それでも、パグさんにも貴方の事を必要としてくれる人がいる筈です。命は資源なんて言わずに、全力で今を生きてみてはどうですか?」

「・・・いる、じゃねぇよ。正しくは、いた、だ。俺におかえりって言葉をかけてくれる人は長い間目を覚まさない。だが金だ、金さえあればあいつの呪いを解いてやることが出来るかも知れねぇ・・・」


パグさんのその苦しそうな言葉に胸が締め付けられる。彼が自分の命を最悪なげうってでも金を欲しがる理由は、僕にはわからない。ただ、彼の話しぶりからして、平坦な道を優雅に散歩してきたというわけではなさそうだ。そして同時にいたたまれなくなるのだ。命は資源とさえ言ってしまう彼にも、彼にとって大事な人の命は掛け替えのない宝物になっているのだから。その矛盾に彼は気付かずに、自らの命を削り続けているのだ。彼にとって大事な人がどう思っているかなどお構いなしに、ただひたすらに生き急ぐ。結局僕は何もかける言葉が見つからず、リクさんが終始取り仕切って今回の戦争を生き残るためにチームを組むという段取りを取り付ける。僕とリクさんとパグさん、考えも年齢も生まれや育ちもすべてバラバラな僕たちが、地獄を乗り越えるために同じ船に乗り込んだ。呉越同舟・・・奇しくもルークの伝記通りに運命の歯車が回りだす。

______

精神干渉の魔法をかけながら冒険者たちの心を操った隊長は、戦場に赴く冒険者たちの後姿を見てしたり顔でせせら笑う。


「全く、冒険者どもが馬鹿で助かるなぁ。禁術の発動で魔力のストックは減ったけどどうせすぐにストックは増えるし、兵士たちの実力を見ることも出来て一石二鳥だぁ。これで国王様もお喜びになって、俺の昇進も間違いないなぁ。クックック、本当に間抜けな奴らだ」


回りに誰もいないのに、隊長は愉しくてたまらないといった感じで愉快に笑いながら言葉を紡いでいく。いや、人はいるにはいるが彼らは厳密には人とは呼べないであろう。精神干渉の魔法を発動するために魔力の源である血液だけを集めた、彼がストックと呼ぶものがそうだ。狂気に満ちたその顔は本当に精神干渉の魔法をかけた側がする形相であろうか。


「戦争に必要なのは兵士の数じゃない・・・。人間なんていらないんだよぉ。大事なのは上の命令に疑うことなく従ってくれる駒だけなんだぁ」


戦場は人の心を食らい続ける場所だ。故に戦争がなくなることはない。今日もまた、命が消える。そして命が消えたところでどうせまた明日はやってくるのだ。昨日と少し変わっていても相も変わらず明日はやってくる。

______

「帝国軍が攻めてきたって」

「大変だわ、私たちも早く非難しないと」


町の人たちの様子が普段と違って慌ただしくて、おばちゃん達の言葉にも物騒なフレーズが紛れ込んでいるであります。このおばちゃん達はミーシャのことを気にかけてくれていることは分かるのですが、少々ミーシャの事を子ども扱いしている節があります。最近よく見かけるリューとかいう冒険者も同じですが、皆揃いも揃って・・・ミーシャはもう子供ではないであります!たとえ生まれた環境が悪くとも、この町を守りたいという信念さえあれば何も問題はないのです。なぜならミーシャは英雄ルークの血を受け継いでいるからです!


「ミーシャがこの町を守るから心配はいらないです!」

「・・・え?ミ、ミーシャちゃん?」

「やめときなさいな、戦争に子供は無関係なのよ」


「ミーシャも必死に努力したのであります。大事な時に誰も守れないようなら、ミーシャの努力は無駄だったでありますか?」

「うっ、そういうわけじゃ・・・ただ、ねぇ?」

「ミーシャちゃんが頑張っているのは分かっているけれども、まだミーシャちゃんは若いのだから」

「そうやってミーシャのことをいつも子供扱いして・・・。今度はミーシャが皆を守る番です!」

「ちょっと!ミーシャちゃん!」


後ろでおばちゃん達の悲鳴が聞こえますが、ミーシャは大丈夫です。リューという冒険者に馬鹿にされながらも、必死で剣を振ってきたのでありますから。この英雄ルークの形見の聖剣があれば、向かうところ敵なしです!

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