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無数の墓がそびえたつ墓地に、見慣れた後姿を見かける。シスターとミーシャ、そして国王にテラ花を渡していた少女だ。そういえばあの少女は両親が魔物に殺されたと言っていた。つまり、この墓地はこのラスティ王国の首都の歴史でもあるのだ、魔物と人との争いの。僕はまだ大厄災がどれほど怖いのかを知らない。魔物と直に戦ったこともガル達が最初で最後だ。ワイバーン戦では結局おじいちゃんとイスファ=リアに助けられたから、魔物の恐怖というものを知らないだけなのかもしれない。でも、それでも僕は・・・
「やぁミーシャちゃん、また会ったね。シスターさんもお久しぶりです。そして君は初めましてかな?」
「むっ、冒険者!いつもいつも、ミーシャの向かう先にいるのはストーカーでありますか?」
少女への問いかけにミーシャが割り込んでくる。本当にミーシャは変わらない。この性格も、そして僕の名前を覚えていないのも。
「僕の名前はリューだよ、一人の冒険者である以前にリューだ。ミーシャちゃん、今度こそ覚えたかな?」
「うっ・・・、今度こそ本当に覚えたであります!リュー!ミーシャの隣にいる子はシスティアです!そしてシスティアは今は祈っているので語りかけるなです!」
「うん、知ってるよ。両親が魔物に殺されたんでしょ?」
「なんでそんなことまで知ってるでありますか!やっぱりストーカーであります!」
その後、システィアの祈りが終わったのでシスティアとシスターも会話に参加して暫し会話に花を咲かせる。シスターは僕の事を覚えていた。前に会った時に最高神ガダーディスを崇拝していないという話も覚えていたようで、シスターも僕の考えを尊重してくれていた。イスファ=リアを信じるのは理由があるのだろう、とは彼女の弁だ。対してシスティアは初対面の僕に心を開いてはいないようだ。無理もない、僕はシスティアの事は何も知らないのだから。だが同時に悲しくもなる。おそらく国王はシスティアを利用しようとしている。いや、システィアだけではないだろう、魔物に恨みを持っている人達、魔物に怯えている人達の心に住まう闇を憎しみへと変化させようとしているのだ。あのパフォーマンスは国民の支持を得るため、それ以上でもそれ以下でもないだろう。
「じゃあ僕はそろそろお暇します。シスターさん、またヒエラ草が必要になったら僕の事を頼ってくださいね。システィアちゃん、孤児院で明日生きるのも大変だと思うけどどうか生き延びてね。ごめんね、僕は無力だからそれしか言えないや。そしてミーシャちゃんは僕の名前覚えてね」
「また依頼するときはよろしく頼みます。その・・・、イスファ=リアの加護がありますように」
「がんばっていきる」
「リューです!流石にもう忘れないです!」
去り際に懐かしい香りに惹かれて一つの墓の前に辿り着く。墓前には出来立てそれほど時は経っていないであろうイリ魚の蒸し焼きが添えられていて、匂いの元はどうやらこれらしい。墓石に刻まれた名前を見ると、なるほどと納得する。大事な人を失った人、それでも前を向こうとする人、色々な人がいる。人というものは移り行くもので、それと同時に世界も変わり行く。僕の行動が着実にこの世界に影響を与えていることを実感しながら、僕は今日の日付を忘れないように心に留める。
町の中をブラブラ歩いていると騎士団を見かける。白ローブの集団の研究により生き物にも紋様を刻むことが可能となったと前に誰かが自慢げに言っていたな。という事はあの兵士は肉体強化の紋様が、魔法使いには魔法強化の紋様が刻まれているのであろうか。でもどうして国の兵士だけに紋様を刻むのか、単に魔物に対抗するためなら冒険者にも紋様を刻んだ方がいいに決まっている。戦力が増えるに越したことはないのだから。そこまで考えて、現段階ではその答えを導くことは無理だと諦める。僕には国王の考えていることが分からないのだ。
「一昔前なら魔物との戦闘は命がけだったけれども、戦力の向上というものは凄いわねぇ。討伐隊がほぼ無傷で帰ってくるなんて、昔では考えられなかったわ」
「本当よ、研究だけでこれほどまでに変わるなんて。むしろ怖いくらいだわ、感覚が麻痺しないといいけど」
道端でおばちゃん達がまたもや井戸端会議を開いている。もう見慣れた光景だ、おばちゃん達も僕に気付くと挨拶をしてくれる。平穏な世界、今この瞬間だけはここがガダードではなく地球ではないかと錯覚してしまうほどだ。
「どうも、こんにちは」
「あらあら、お兄さん久しぶり。どんどん冒険者っぽくなっていくわねぇ」
「ミーシャがお兄さんに憧れて無茶をしなければいいのだけれどね」
「本当ですね、命あっての物種といいますし。そういえば今日はやけに国の兵隊を見かけますね」
「そういえばそうねぇ、また戦いかしらね・・・」
「嫌ねぇ、物騒な世の中になったものだわ」
おばちゃん達は口を揃えて戦いの事を悪く言う。前に魔物を討伐した時は喜んでいたのに、結局人間というのは身近に危険が迫ることで初めて感情というものを表に出す。今回もおそらく、自分たちが戦争か大厄災かに巻き込まれると思っているから嫌悪感を露にしているのだろう。この王都に蔓延する人々の思惑というものが僕はどうにも合わない。この世に絶対的な安心や安全というものはないというのに。僕がそこまで考えたところでおばちゃん達が口を開く。
「これ以上若い子が死ぬのは見たくないからねぇ、特に知っている顔ともなれば尚更だけど」
「お兄さん、大変な時代に生まれちゃったわねぇ」
「・・・」
しかし彼女たちの口から出た言葉は僕の予想を裏切るものだった。そして僕は自分の未熟さをまた思い知るのだった。おばちゃん達と挨拶を交わしておきながら、彼女たちの思考を考えたことがなかった。上辺だけで判断して、心の何処かで王都の人間は国王の言いなりだろうと思い込んでいたのだ。しかし実際に話をしてみるとこうも違う。個人の思想など、国王という肩書はあるが一人の人間の思うがままになるほど安いものではないという事だ。
(これじゃライザのことを言えないな)
僕は反省してパテンさんの宿への帰路につく。道中、兵隊たちの会話を耳にする。
「ようやく国王からの任務を完遂したよ、あの日々は思い出したくないね」
「天下のラスティ王国魔法部隊様がそんな文句を言うなんて、一体どんな任務だったんだ?聞かせろよ」
「極秘任務だから内容は言えないし、そもそも俺らを茶化すなよ。そんなこと言ったらお前らだって肉体強化の紋様で、今じゃラスティ王国精鋭兵士様じゃねぇか」
「くっくっく、違いない。はやくこの力を実戦で使ってみたいぜ」
僕はその会話を聞いて唇をかみしめる。お前らが誇らしげに語っている技術はイスファ=リアを実験道具に使う事で得たものだ、と言いたくなる。この怒りの感情が湧いてくるのは昔もあったが、あの時と違っておじいちゃんはもう僕の隣にはいない。ただ赤いブレスレットがキラリとひかり、僕の理性を抑えるのだ。結局イスファ=リアやおじいちゃんのことで感情的になる僕は、ミーシャや僕の事を殊更心配するおばちゃん達と変わらないのだ。類は友を呼ぶとはこういうことを言うのかなどと思いながら彼らの横を通り過ぎたのだった。
「おうリュー、えらく遅かったじゃねぇか!ガッハッハ!」
「町の皆との会話で盛り上がっちゃって。今日の夕ご飯は・・・イリ魚の蒸し焼きですか」
「・・・おう、今回で作るのは二度目か、前回より美味しく作れてると思うんだ。味の感想を頼むぞ」
「では、いただきます。・・・美味しいです。パテンさん、料理の腕あがりました?」
「気付いたかリュー、俺は日々成長しているんだ。ガハハッ!」
パテンさんは変わった、そして他ならぬ僕自身も変わったのだ。前に食べた時は分からなかったことも、今ではわかるようになっている。イリ魚の蒸し焼き、それはパテンさんにとって大事な思い出を呼び起こす鍵となるのであろう。僕はこの世界に波紋を広げることが出来るだろうかは分からないが、少なくとも僕の周りの変化には気付けるようになったのだ。
「僕も皿洗いが出来たら、少しでもパテンさんへの恩返しになるのになぁ」
「ガッハッハ、適材適所ってやつだ。どんな人間にも向き不向きがある。リューは自分の好きなことをするといい、剣や魔法の練習でも、はたまた他人との交流でもな」
「パテンさんは少し僕を甘やかしすぎな気がします」
「金はとってるんだから、一人の客として扱うのは当たり前だろう?少し依怙贔屓しているような気がするのは、気のせいだ。ガハハ、グハッ!」
パテンさんが話の途中で急に咳き込む。僕は慌ててパテンさんの元に駆け寄るが、パテンさんは大丈夫だと言いながら手で制す。そして暫くして落ち着いてから、徐に棚を開けて薬が入った瓶を取り出して飲み始めた。その薬には見覚えがある、前にミーシャが持ってきた、ヒエラ草から作られた薬だ。のどの痛みを和らげる効果と体を少し軽くさせる薬だったはずだ。つまりは応急処置というか、薬を飲んだだけで体が良くなるわけではないのだ。
「パテンさん、大丈夫ですか!?」
「・・・大丈夫だ、ただの風邪だ。薬を飲めば落ち着くさ」
「・・・」
「それにまだウルルカンクに行くにははやい」
「ウルルカンク?」
「なんだ知らないのか。世界七不思議の中の一つで、大量の魔力持ちの生物を生贄にして過去に一度復活の魔法が使われた事があるんだ。そして生き返ったそいつは復活するまで神域ウルルカンクにいたというのさ」
「復活の魔法って禁術じゃないですか」
「あぁ、そうさ。他の生物の命を奪って血から魔力を抜き出し禁術を発動したんだとよ、ひでぇ話だがな。昔は倫理観ってもんが希薄で本能が重視されていたからな。・・・まぁ、今も倫理観があるとは言えないが」
そこで会話は終了し、パテンさんは皿を洗いに厨房に向かった。人間の業、そして人間の業だけで済ませるにはあまりにも色鮮やかな人々の営み。一人取り残されてふと気付く残り香。世界は中々に思い通りにはならないものであるが、だからこそ人々は、いや人だけではなく生きとし生ける全ての生き物が自分にできることを探すのだ。夕日、残照、街角の噂、人々の歓喜の声、ピィーの鳴き声と吟遊詩人の調べ。曰く海の向こうで帝国が動き出しているとか、いないとか。このガダードの世界は一人には広すぎるけど、一人だからこそ見えてくるものもあるかもしれないと思いながら、僕は眠りについた。




