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fallen  作者: 流転
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「おうひよっこ、随分遅かったじゃねぇか。俺もあの後考えたんだがな、先走ってた部分があると思わされたよ。だからえっと、一方的に俺の言いたいことばっか言っちまって、その・・・あれだ。悪かったと思っているんだが・・・」

「・・・源さん」

「なぁ、どうだ?今からでも遅くはないと思うんだよ。折角お前のことを拾ったんだ。互いのことを知ってから結論を出すのでも遅くないとは思うんだが・・・。なんだひよっこ、その顔・・・」

「源さん、私は・・・いや、俺の方こそ源さんに謝らなければいけないことがあります」

「・・・!」


俺が神妙な面持ちでそう言うと源さんは驚いた顔をしていた。当然だ、今までの俺の態度と正反対なのだから。俺が周りにかけた迷惑に比べれば謝罪の言葉一つで水に流せるとは到底思えない。若気の至りなんて言葉は逃げ口にしかならない。それでも、この言葉を言う事に意味があるのだろう。


「源さん、迷惑をかけて申し訳ありませんでした。俺、源さんに沢山酷いことを言ってしまって・・・。結局俺がやったことは捜査の邪魔だけでした。まだまだ探偵として、いや人間として未熟でした。でもこんな俺でもこの探偵事務所に置いてくれるというのなら、俺・・・!」

「何があったんだ?」

「・・・依頼人の妻が眠っている墓地に行きました。そこで一人寂しく震える依頼人と、その依頼人を励ます刑事の姿を見たんです」

「・・・そうか」


そこで源さんは一旦言葉を区切る。次に何を言うか考えているのかもしれない。前までは思ったことをそのまま相手に伝える感情的な人だった印象を受けていたが、今では言葉を選んでいる。これも俺のせいだろうか。俺は気付かぬうちに周りを巻き込んでしまっていたのだ。


「安心しろ。お前を今すぐに解雇するつもりはない。態度が改善されないようなら探偵は続けられないと考えていたが、今見る限り前のお前とは違うんだな?」

「・・・はい。大丈夫だと、思います」

「どうした歯切れが悪いぞ。後ろめたいことがないなら堂々としていろ」

「いえ、それが・・・。言葉の影響を知ってしまった今では軽率な発言が出来なくなってしまって・・・」

「なんだ随分律儀でそして臆病じゃねぇか。ようやくお前ってやつを俺に見せたな」


言われて気付く。これが俺の本当の姿。気丈に振舞っていたのはリューが消えた恐怖をかき消すための仮初の姿。考えれば簡単だったのだ。気持ちの整理がつく前にあの依頼人の姿が俺とダブって、暴走していたのだ。本当に愚かだった。


「・・・源さん、本当にすいませんでした」

「俺はその言葉を受け取れる立場じゃない。今回の件は俺も悪いところがあったからな。その言葉は俺より別の人にかけてやれ。もう今のお前なら俺の言わんとしていることが分かるだろう」

「・・・はい」

「そんな落ち込むなよ。俺もお前も人間だ。自分さえ制御できない時だってあるし、周りが見えない時もある。若気の至りってやつさ、俺もお前もな」

「若気の至りって単なる逃げ口上じゃないですか・・・。あと俺はともかくとして、源さんは若いって年齢じゃないと思いますよ」

「いや、若いね。人間ってのは複雑な生き物でなぁ、こんな何十年も生きてる俺ですら人間の生き方の終わりってやつが見えねぇ。生まれるのが数十年はやくてなんだってんだ?人より人生経験を積んだからってそれがどうなる?結局長ったらしい説教しか吐けなくなっちまった・・・」

「・・・」

「お前が仮面を被っていたのも、何かを憎んでいたのも分かってはいたが俺にはどうすることも出来なかった。お前の心を変えてやることも、悩みを聞いてやることも。・・・本当に悪かったな新入り」

「・・・え?源さん、今俺のこと新入りって・・・」

「さぁ、この後暇なら飲みに行こうぜ!遅くなっちまったがお祝いをしないとな!」


急いで話題を変える源さんの勢いに負けて結局その日は居酒屋で夜遅くまで酒を飲んだ。酒を飲むのなんて金と時間と寿命の無駄だと思っていた。でも案外、周りに合わせるのって楽しいかもしれないな。


次の日、源さんの計らいで俺は無事に事件から降ろされずに済んだ。降ろされなかった分、頑張らないといけない。しかし結局聞き込み調査でも怪しい人を見たという証言は得られず事件解決までの道は遠いと実感する。昼休みになったが俺にはするべきことがある。当然休む暇があったら捜査を続ける、ではなく車で花屋に向かう。


「いらっしゃいませー」

「すいません、アイビーってありますか?」

「アイビーですね、ありますよ。それにしてもアイビーですか。彼女さんに渡されるのですか?」

「え、なんでそんなことを?」

「あぁ、いえ。アイビーの花言葉が素敵なんですよ」

「へぇ。もしよろしければどんな花言葉か教えてもらってもいいですか?」

「いいですよ。アイビーの花言葉は色々あるんですけど、友情や結婚は有名ですね。そして何といってもこれが一番素敵なんですけど、永遠の愛っていう花言葉があるんですよ。自分のことを一途に思ってくれている人からアイビーを受け取る。これって凄く素敵じゃないですか?」

「永遠の愛、か・・・」


確かにすごく素敵だ。気難しく考える必要はない。依頼人の妻が好きだった花がアイビー、そして花言葉は永遠の愛。素敵な関係だな、と素直に思った。その後車を走らせ墓地に向かう。そこで思わぬ人物と出くわす。あの刑事だ。向こうもこちらに気付き、声をかけてくる。


「おや、幸田探偵事務所の新入り君ですか。奇遇ですね」

「奇遇、でもないですね。おそらく目的は一緒なので」


そう言って手元のアイビーの花を見せると五十嵐刑事は苦笑する。


「バレていましたか。それにしても何か雰囲気変わりました?平田さんの家で会ったときは険しい表情をしていた記憶があるんですが」

「それについては、実は・・・」


その後、俺はリューの失踪から刃物男の事件、今回の依頼の話から昨日の出来事まですべてを五十嵐探刑事話した。隠すことでもなかったが、五十嵐刑事は驚いていた。


「なんと、君はあの失踪事件の被害者の友人だったんですね。尽力はしたのですが、結局神木君は何処にも・・・」

「分かってます。あの時はリューの捜索に尽力していただいてありがとうございました」

「・・・やはりこうやって苦しい顔を見るのは私にはしんどいですね。どんな事件もすぐに解決すればこんな感情は芽生えないんでしょうが、そんなもの夢物語、ですよね。八代君、今回の事件の犯人は何としても見つけて、平田さんを安心させてやりたいんです。虫のいい願いなのはわかっていますが、全力を挙げて捜査を行うことを約束してくれませんか?」

「勿論そのつもりです。あの依頼人、平田さんの抜け殻の様な姿はもう見たくないので。でもどんな事件もすぐに解決、ですか。理想を言うなら事件なんて起きなければいいんですけどね」


冗談めかして俺が言うと五十嵐刑事は暗い顔をする。


「事件が起きなければいい、ですか・・・。私も若いころはそう思っていました。でもね、醜い大人になってしまうと嫌でも理解するんですよ」

「何を、ですか?」

「警察は正義を掲げているが、我々警官は国民の安全を守って飯を食べるのではない。国民の不安を糧に飯を食べるのだ、とね。そもそも正義があれば当然悪はあるし、悪が無ければ正義なんてものは活きない。正義か、悪か。白か、黒か。勝者か、敗者か。そんな二者択一、どちらかだけで分類できるほど世界というのは甘くない。世間は正義としての警察を求める。しかし実際には我々は何をしているのだと不安に駆られる時がある。こんな二者択一の物差しで周りを見ているやつはね、大抵は相手を一方的に悪、黒、敗者に見立てて自分に正義、白、勝者を当てはめて自分の優位性を保ちたがっている、そんなもんなんだ。無から正義なんてのは生まれて来ないんだよ、八代君」


物静かな五十嵐刑事にしてはひどく饒舌で、まるでそれが五十嵐刑事の本心であるように俺には思えた。五十嵐刑事の言葉は驚くほどにスッと入ってきて、その言葉を忘れまいと胸に刻み込むことに苦労はしなかった。

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