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「さぁさぁ皆さん、ご覧あれ!今から使うのは禁術に指定されている呼び寄せの魔法です。禁術とは言いますが、我々人類は元来より異世界から勇者を呼び寄せて大厄災を乗り切ってきたのです。いわばこれは由緒正しき方法、人体実験の方こそ邪教なのです。これから王都は変わりますが、皆さんは実に運がいい。王都が変わる瞬間を目の当たりに出来るのだから」
そういいながらアーノレの周りで王国の魔法使いたちが魔力を練り上げて魔法を紡ぐ。あの魔力があれば僕の大切な人を救えるのに、という暗い気持ちはもうない。ただ心の中にあるのは変わりゆく世界と、口だけ達者なアーノレへの軽蔑、そして軽薄な王都の住民たちへの呆れ。王都の住民は大厄災が終わったと信じて生きてきたのに、まだ大厄災は終わってないと告げられて、簡潔に言えば現実逃避的な思考に陥ったのだ。そして禁術は完成する、膨大な魔力を吸い尽くし、気まぐれな神は哀れな異世界人に神の祝福を与える。
「・・・え?何処ここ」
「皆さん、呼び寄せの魔法は成功です。彼こそが大厄災への対抗手段、魔物への切り札です。もう我々は大厄災の度に嘆き悲しむ必要はないのです。輝かしい王国の未来のために、私はこれからも尽力していくくことを今ここで宣言します」
「おぉ・・・!素晴らしい。アーノレ様、万歳!」
「万歳!」
呼び寄せられた彼、おそらく地球から来た人間を放置して、王都の住民は完成の声を上げ、辺りは熱気に包まれる。呼び寄せられた彼はまだ状況が呑み込めていないようだ。年は若く、いきなり訳も分からずにこんな世界に連れてこられて、ひどい話だと思う。彼だって、異世界で勇者としていきたいと願ったわけでもないだろう。ある日いきなり自分の人生を、赤の他人に左右される不快感。それは途方もなく大きく、特に彼のように召喚されて碌に知り合いもおらず孤独なままで、ひたすら王国民のために戦うことを強いられるのは、僕には想像もできないほどの苦痛を伴うであろう。だからアーノレたちは勇者にその苦痛を気付かせないように、軽く精神干渉の魔法をかける。僕とパグさんはその一部始終を見ている。
「おい、リュー。あんな若い子供を良い年した大人たちが自分たちのために利用している。戦場でも思ったが、精神干渉の魔法だって立派な禁術だ。この王国は禁忌を犯している。呼び寄せの魔法も精神干渉の魔法も、それ一つで他人の人生を丸っと変えられる代物だ。このままでいいのか?」
「もちろん黙って見ているだけなんて耐えられません。今この場で暴れることは危険ですが、勇者が一人になるタイミングで勇者に接触して、打消しの魔法をかけた後にこの世界の事をいろいろ教えるつもりです。転送の魔法もまた禁術で、元の世界に帰るのは非常に難しいという現実も伝えるつもりです」
「・・・まぁ、現実を伝えるのは大切だな。憎まれ役を買って出るのは俺たちの役目だ。そして未来は子供たちのものだ。出来れば争いも何もない世界を望むんだが、そんなのは夢のまた夢か」
広場ではいまだに熱狂が冷めやんでいない。僕はその喧騒を後にして、町の中を散歩する。偽の大厄災が終わった後、僕が心配をかけさせた四人組に会いに行くためだ。僕はあの時の余裕のなさを謝罪したが、四人組はそのことは特に気にしてはおらず、寧ろ僕が前のような活力を取り戻したことを嬉しがっていた。その後僕はゴザ協会に向かう。シスターとシスティアもある程度立ち直ったようだ。僕は彼女たちが作った不格好なミーシャの墓に祈りをささげた後、ヒエラ草から作られたポーションを買い取る。
「争いのない世界、そんなおとぎ話のような世界でも、どうしてもそれを願ってしまうのは罪なのですかね。世界七不思議という真実かもわからぬものに縋り付いたとしても、命照らす大樹を願い、すべての生き物がその大樹の下で幸せに暮らすことを夢見るのは、教会の教えに背くのでしょうか」
「おにいちゃん、またきて・・・。ミーシャのかわりに」
「・・・また来ます。僕が通うだけで心だけでも救われる命があるというのならば。あと、ミーシャの墓参りもしないといけないですし、バステルの調子も見ないと駄目ですから」
「感謝します、貴方にイスファ=リアの加護があらんことを」
ゴザ協会を後にしながら、改めてゴザ協会の皆に感謝の言葉を告げる。王都の中で蔓延していた魔族排斥の雰囲気を塗り替えたのはゴザ協会に依るところが大きい。少しずつでも、教会の力を弱めながら最高神ガダーディスへの信仰心を薄れさせていくことは、王都の空気をがらりと変えることに繋がるだろう。もしガダーディスへの信仰心が薄まれば、もう呼び寄せの魔法を使って異世界から勇者を召喚するという思考にも至らないはずだ。そして僕はポーションを持ち帰りパテンさんの宿屋に帰る。
「パテンさん、戻りました。ゴザ協会からポーションも買ってきました。これを飲めば少しは体が楽になりますよ」
「あぁ、ありがとうなリュー。情けないところを見せちまってすまねぇな、ガハハ・・・」
パテンさんはミーシャの死を知ってから、精神的にも衰弱していった。肉体的な限界はとうの昔に訪れていた様で、それをヒエラ草のポーションで自分の体を騙しながらここまで生きてきたようだ。パテンさんの体は日に日に衰弱していっているのは明白だ。それに対してどうしようもできない僕自身にもどかしさを覚える。
「そんな顔をするなリュー。そろそろカカの元に行ってやろうってだけだ。いつまでも一人だとアイツが悲しむだろ。それにこれ以上この世界にとどまってまた悲しい思いをするのは嫌だからな」
「パテンさん・・・」
「なぁに、まだ死にはしないさ。もう少しで俺の誕生日だからな。また祝ってくれよ」
「当然です」
人間はいつかは死ぬもの、それは知っているのにいざ別れるとなると気持ちの整理がつかずに、どうしても悲しくなる。パテンさんの誕生日は何がいいのか、僕には人生経験が足りないから最適なプレゼントが分からない。町の知り合いに、いいプレゼントを教えてもらおうか、と思いながら僕は部屋に戻り、深い眠りにつく。




