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fallen  作者: 流転
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「旅人よ、どうか私の身の上話を聞いてくれないか・・・」


国王の声は酷く弱っている。僕はその言葉の意味をはじめは理解できなかった。散々好き放題生きてきて、今更安い同情を買わせようと願うのだろうか。何か過去に重い話でもあれば、自分の愚行が許されるとでも思っているのだろうか。だがそこで周りを見渡す。だだっ広い玉座の間に国王ただ一人。家臣たちは逃げ出して誰もいない、それが国王の心を写し取っているようだ。国王は別に僕の許しなど乞うてない。安い同情などもとより持ち合わせておらず、本当にただ話し相手が欲しかったのかもしれない。自分の運命を受け入れたうえで、最後に何かを残したがっているのだ。僕は国王の話を聞く。


「生まれた時から私はこの国のために生きよと言われてきた。一人っ子だった、私は国王になる以外の道は初めからなかったのだ。国王になりたいと願って生まれてきたわけではない、偉くなりたいとも願っていない。だがそれでも私には生きる道は一つしかなかったのだ。子供の私は親や世話係に言われるがままに生きてきた。それが正しいと信じて疑わなかったのだ」


国王がポツポツと身の上話を語り始める。町で演説をしていた国王の心は僕から見れば壊れていたのだが、果たしてその心はいつから壊れていたのだろうか。そして国王はその荒んだままの感情を頼りに、どれほど過酷な人生を生きてきたのだろうか。


「私は孤独だった。だがそんな孤独な私にも春が訪れた。政略結婚ではあったが、それでも私は愛すべき者を見つけたのだ。妻も私の事を大切にしてくれていた。相思相愛、あの時が私の人生で一番輝いていただろう。じきに子供も生まれた。国の未来を任せる事が出来る息子は生まれずに、一人の娘だけが生まれてきた。家臣たちは酷く落胆して、私にひたすらに迫ってきた。彼らはどうしても王子を作りたかったのだが、私は愛すべき人を決めてしまって、その人以外を愛することはできないと断言した。家臣たちは私の事を我が儘だと罵ったが、私には妻と娘さえいればいいと思っていた」


孤独な人生を掬いあげたのは妻と娘だったようだ。国王にとって家臣たちを頼るという選択肢はなかったのだろう。酷く辛い人生を歩んできた者こそ、ふと差し込んだ光に目が眩み、それを極上のものと感じ取るのだ。だが幸せはいつまでも続かないのが現実であり、このガダードの世界は空気も読まずに理不尽を与えてくるのだ。


「しばらく春は続いたが、ある日秋が来た。私は冷たくなった妻の横に立ち泣き続けた。妻は最後に私に弱弱しく告げた。どうか娘と幸せに生きてくれ、と。私は泣きながら、その言葉を守り抜くことを誓った。妻を失った私にはもはや娘しかいなかったのだ。亡き妻のためにもこの娘だけは何としてでも幸せにしようと思っていた。娘は幸いにも元気に育ち、次第に思春期に入った。その時、帝国から政略結婚を申し込まれた。帝国の王子と王国の王女が結婚すれば、しばらくは安泰だ。それに娘も初めての恋というものに胸を躍らせていたのだ。私は娘には好きなように生きて欲しいと思っていたし、政略結婚よりも自分の好きな人と共に歩んでほしいと願っていた。だが政略結婚でも良い未来が訪れることもあるから、私は娘を帝都に送り出したのだ。それが失敗だとも気付かずに」


国王の独白に胸が苦しくなる。この先の事を僕は知っているから。国王と王女に降りかかる理不尽の内容を知ってしまっていて、それから国王の心が崩壊していくことを知ってしまっているから。


「私は再び春が来ることを願っていた。だがすぐにやってきたのは冬だった。それもよりひどい厳冬。魔物に襲われた中、護衛隊はかろうじて娘の遺体だけを持ち帰ってきた。魔導士たちはすぐに再生の魔法を使ったが、傷は消えても心臓は再び動き出すことはなかった。信じられるか、娘は綺麗で傷一つないというのに、もう私の名前を呼んでくれることはなかったのだ。その現実を私は受け入れられなかった。死んでいるという認識が出来なかったのだ。すぐに魔導士たちに絶えず保存の魔法をかけさせて、それで時間を稼いでいる間に紋様を刻む技術の研究をスタートさせた。白ローブの集団はいかれたやつらだが、私は倫理観よりも娘を選んだのだ。たとえ冬だとしてもいつかは春がやってきて、冬眠した種子たちが芽吹くと信じていたのだ」


家臣も信じられない国王は、白ローブの集団も利用しているつもりだったのだろう。孤独感が強まり、だがそれを周りに打ち明けることも出来ず、更に孤立していく。負の連鎖のぬかるみにはまった国王は、徐々に狂気に蝕まれていったのだ。


「私の春はやってこなかった。帝国との戦争や大厄災、そして革命は夏だ。灼熱に身を焦がし、それでもいつかまた春の木漏れ日を拝む日を信じていたのだ。だがそれも今日で終わりだ。私は娘の復活を望みながら、心のどこかではこの生活に疲れ切ってしまっていたのかもしれないな。最早自分でさえも感情の変化に気付かず、ただ日々は春を待つだけのものと特に気に留めることもなく、寧ろ煩わしいものとして無感情に生きてきただけなのだ。終わらせてくれ、旅人よ。私はこれでもこの国の国王だ、そなたが王都の住民ではないことは知っている。これはある種運命なのかもしれないな、停滞した王都の空気を入れ替えるのにそなたは適任だ。図々しい願いなのは百も承知だが、そなたと、そなたの友が願った王都の安寧、それをどうか叶えてはくれないか」

「・・・秋の寒空でも、ふと春の陽気に包まれる時があります。辛い人生の中で、ふと身近な幸福に気付く事もあります。貴方がその目を家族だけではなく王都の住民に向けることが出来ていれば、貴方の心の中の枯れた大地に雨が降ったことでしょう。貴方は卑怯な人です」

「今までこの国のために必死に生きてきたのだ。最後くらいは我が儘を言ってもバチは当たらないだろう。未来を形作るのはいつでも若者の「仕事」だ。そうだろう」


そう言って国王は剣を抜き、剣先を僕に向ける。その剣は随分使われなかったようで、とても殺し合いをするのには向いていないようだ。構えもなっておらず不格好だが、それでも剣先を僕に向けているだけで、言葉を交わさずとも国王の意図をくみ取る。僕も剣先を国王に向けて、最大限の敬意を払いながら別れを告げる。


「旅人よ、もっと早くそなたと出会っていればこんな事にはならなかったのかもしれないな。いや、私が家臣たちと本気で話し合えば、あるいは・・・。だがもう遅い、これしか残された道はないんだ」

「分かっています。僕は貴方の事を一生許しません。だから貴方の事は忘れずに、貴方の娘の事も忘れません。例え周りが忘れ去ったり、国王の本質を知らずに侮辱しようとも、僕だけは忘れません」

「感謝する、旅人よ」


そして二つの剣がぶつかり合う。勝負は一瞬、すぐに一つの命が冷たい玉座の間に零れ落ちる。その目はどこか晴れ晴れとしている。春の日差しがふと玉座の間に差し込み、玉座の隣に飾られたいつかのテラ花を照らし出す。テラ花はもう赤く発光することはなかった。この場に怒りの感情は残っていなかったのだ。それを見て僕は思う。せめてこの世界が無常だとしても、せめてウルルカンクでは・・・。僕は七不思議が存在する可能性を、今だけは強く願う。

_____

「ここは、どこだ・・・?」


見覚えのない場所に立っていることに困惑する。辺りを見渡すが、そこはこの世のものとは思えぬほどに幻想的である。少なくとも先ほどまで私がいた玉座の間でないことだけは確かなのだ。その幻想世界に気を取られていると、ふと目の前が真っ暗になった。


「だーれだ?」

「むっ、何者だいきなり」

「あらあら、声で判断できないなんて、もう年なのかしら?」

「その声・・・もしかしてイライザか?ということは今私の目を手で覆ってるのは、まさかミミィ・・・ミミィなのか?」

「だいせいかーい!」

「久しぶりね、貴方」

「・・・もう会うことは出来ないと思っていた。世界七不思議など存在しないと思っていたのだ。だが、そうか・・・。存在したのか」

「ちょっとお父さん、泣いてるの?」


泣いてる?泣いてるのか、この私が。長いこと感情を失っていた私が、泣いているのか。涙などいつぶりだろうか、心の底から泣くなどはしたないという感情は、込み上げてくる感情に押しつぶされる。無我夢中で泣き続けた。最後に最愛の妻と娘と話すことが出来て、数多の人生を狂わしたこんな私が最後に幸せを享受して良いのだろうかという疑問が生まれる。勿論そんなうまい話はなく、ふと妻と娘の表情が陰る。


「父さん、私聞いたよ。父さんは前世で悪いことをしてしまって、このウルルカンクをすぐ出ていかなくちゃならないって。そして、次の人生は過酷なものになるって」

「そうか・・・」

「貴方が出ていく時に私たちも一緒に出ていくわ。来世に歩む人生は違うものになるけれど、それでも私たち家族の絆は消えないから。来世でもまた会えることを祈りましょう。もしまた会うことが出来たら、その時は前世以上の素晴らしい家庭を築きましょう」

「・・・また会えたらな」


正直私がしでかしたことは許されないことだ。もう私の来世は決まったも同然だろう。多くの命を弄んだその罪を償っていくのだ。だがこんな私でも幸せを願ってくれる人がいることがたまらなく嬉しい。


「あ、そうだ。最後にお犬さんたちにお別れを告げなくちゃ」

「犬?」

「そう、お犬さんと少女と大きな植物とお爺ちゃん。このウルルカンクで出会ったんだ、変な組み合わせでしょ?男の人を待ち続けているみたいだけど、中々来ないんだって。でも来ないことを嬉しがってるんだ、変な人たちだよね」

「ミミィ、変な人たちと連呼してはいけません。彼らは私たちの話し相手になってくれたでしょう」

「すまないが、一つ心当たりがある。私は彼らに合わせる顔がない。私は黙って出ていく」

「えー、そうなの?じゃあ私も一緒に黙って出ていく」

「ふふっ、それなら私も。来世がどんなものかは知りませんが、せめて今は一緒にいましょう」

「・・・私はつくづくいい妻と娘を持ったな」


そうして私たちはウルルカンクを旅立つ。来世では罪を償うと心の中で誓いながら。

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