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大厄災から数日が経過し、町は復興作業に追われている。幸いにもガル達は建物の破壊活動を積極的には行わなかったようで、所々に人々が襲われた跡があるが、物的被害は少ない。僕は死んだ目で街中を歩く。いたるところに王国兵がおり、被害状況を住民に確認している。速やかな非難のおかげか人的被害はそれほど多くなく、金品なども盗られていないようで、復興は順調そうである。だが当然大切な人を殺された人もいる。王国兵達が荷台に人間の死体を積んでいく。それを見て泣く人々。復興作業の中で、大切な人を失った人と被害がなかった人たちが対照的に見える。
「どうして、主人が・・・。もう魔法使いを引退して、後は余生を楽しむと言っていたのに。最後に地底都市の方に観光に行こうって言っていたのに・・・」
1人の女性が荷台を見ながら泣いている。あの馬車はこの後王都の集団墓地にいき、そこで死体を埋葬するのだろう。王都と言う華やかな街には不釣り合いの手狭な集団墓地は、今回の大厄災を通してさらに空きが少なくなるのだろう。人はいつかは死ぬ、それは自明の理だが、それでも何故こんなに呆気なくと思わずにはいられない。本当はもっと一緒に過ごしたかったはずだ、もっともっと会話をして、もっともっともっとお互いの事を理解しあいたかったはずだ。
「ご婦人、今回の事は無念でしたね。どうです、私の詩を聞いてみませんか?少しでも気分が紛れると思いますよ」
涙を流す女性の横に旅の吟遊詩人が立ち、優しく語り掛ける。どうやら女性のさき程の言葉に反応したようで、その吟遊詩人は砂漠の方からやってきて、帝国を経由した後この王都にやってきたようだ。吟遊詩人が琴を弾きながら詩を紡ぐ。
「砂漠の孤独な王は立つ 迷える子羊の願いを聞き入れ
王たるものの責務を果たす 狂える悪魔どもに鉄槌を下すため
帝国の民は立ち上がる 世界が揺らされるその日に」
それは不思議な旋律であった。自然と吟遊詩人の周りで拍手が起こる。吟遊詩人はゆったりと歌うように語りだす。
「帝国では今、新しい風が吹こうとしています。王国も大厄災の被害はあれど、乗り越えることが出来ました。私は貴方たちの勇気を賞賛します。ですが、同時に貴方たちの苦しみを憐れみます。新たな時代の幕開けの犠牲者となる事はそれほどまでに重要な事なのでしょうか、名誉なことなのでしょうか。国王陛下の言い分には一理ありますが、それは貴方たちが受け入れるかは貴方たちの自由のはずです」
「おい、吟遊詩人風情が口を慎め!その台詞は王国への反逆か?我ら王国は今や帝国にも勝利し大厄災を撥ね退けるほどの力を有しているのだ。後ろ盾も何もない吟遊詩人など、国王陛下が死刑といえば直ぐに殺せるのだぞ!」
「私はただ傷心したものや時代の犠牲者たちに手を差し伸べているだけです。貴方たちにとやかく言われる筋合いはありません。ただ抱え込む必要はないということを伝えたかっただけです。いつの時代も、停滞はないのですから。変わり続ける限り、未来はそれを望む者が作っていくのですよ」
「ぐ、何を言っている。もういい、今から大厄災と言う非常事態にありながら犯罪に手を染めた犯罪者どもに犯罪者の烙印をおす。死亡している者は烙印をおしてからその死体を燃やす。見学したい奴は見学をしろ、もっとも気分のいいものではないがな」
そう言いながら王国兵達は犯罪者たちに烙印を押していく。犯罪者たちは口々に喚いているが、大厄災の中で尚自分の事だけを考えてきた者たちだ、王都の住民も王国兵も聞き耳を持たない。だが犯罪者たちはほとんど死体となっており、そのため烙印を押される者の悲鳴はそれほど聞こえない。ふと視界の端にガル達が殺したミーシャの仇であるゴロツキどもの死体を見つける。王国兵はゴロツキどもの服を全てはがし、その体に烙印を押す。
「もう死んでいる人にも烙印を押すんですか?」
ふと僕は気になり王国兵に尋ねる。すると王国兵は当たり前だと答える。曰く、烙印を押すことは王国の住民ではなく犯罪者であることの印なのだ、だから死体にも押すことで割り切るのだという。確かに割り切ってしまえば人間と言うのは随分動きやすくなる生き物である。あいつは敵だアイツは味方だ、そう自己暗示をかけるだけで人間を縛り付ける足枷は軽く外れるのだ。
「せめてあいつらがウルルカンクに行かないことを願いますけどね」
「・・・そうだな。あいつらは集団墓地には埋葬しない、どこかで焼いて、灰は帝国とたたかった戦場の跡地にでも撒くつもりだ。犯罪者はもう王都の住民ではないからな」
王国兵はそれが当然の報いだというように言う。対して僕の心は少しも晴れない。分かっているのだ、犯罪者の死体に八つ当たりをしたところで、死んだ者は生き返らないのだから。僕はこの広大な世界で何を頼りに生きていけばいいというのだろうか。
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王都に聳え立つ豪華な城の地下に、怪しげな実験室がある。そこでは白ローブの集団が集まっており、先の大厄災で打ち取ったガルと、その前の遠征で殺したガルが並べられている。白ローブの集団は慎重にガルの死体から魔法器官を抜き取る。周りにはむせ返る程の血の匂いが充満しているが、白ローブの集団は意に介さない。近くに置かれた折の中ではガル達がとらえられており、同族の血の匂いに反応して吠えている。それは怒りか悲しみか。だがそのガル達は知らない、生け捕りにされたガル達はこの後白ローブの集団によって生きたまま実験材料にされるのだという事を。
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「何が人間の大勝利だ、反吐が出る」
周りで王都の住民が歓声をあげているが、そいつらは幸運な奴らだ。中には深い悲しみに暮れている者もいるというのに、よくもまあ呑気に勝利ムードを味わえるものだ。俺は癒し手として大勢の人の傷を癒した、だが大切な人を失った者の心の傷までは癒せなかった。もし俺が魔力瓶を保持していれば、禁術を使ってリューの腕の中で息絶えた少女を救えたのだろうか。
「いや、復活の魔法は禁術だ。それだけは俺の中の倫理が許さない。死んでいった者達に、生き永らえた者が自分たちの都合で、死の理由を造ってはダメなんだ。俺は間違っていない、人間の道を踏み出してはいないはずだ。死者を蘇らせることは魅力的だが、その一線だけは越えない」
癒し手としては俺はまだまだ未熟で、救えた命と救えなかった命に板挟みになり、いつしか心の中で救えたはずの命があるのではないかと自問自答してしまう。だが命は平等だ。例えリューから懇願されたとしても、俺には救えない命よりまだ見ぬ数多の救える命を選択しただけのことだ。そうだ、俺の決断は間違っていない、だが傷心しているであろうリューにかける言葉が見つからずに、大厄災が終わってからリューと話せていないこともまた事実だ。
「あークソ、癒し手ってのは柵があるな。俺はどうするのが正解なんだ」
ここにも悩んでいる命が一つある。彼の最愛の人は呪いにかかっている。順当に行けば呪いの研究に没頭するべきではあるが、戦場で出会っただけの人間の事が彼の脳裏から離れないのである。彼は暫し悩んだ後、呪いの研究に没頭することを決める。どうしても気まずいという気持ちが勝ったのかもしれない。彼は一度空を眺める。そこには見渡す限りの空が広がっているが、この王都で一人だけ俯いて歩く男はその晴れ渡る空の輝きを知ることはなかった。




