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fallen  作者: 流転
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「源さん、橘さんの依頼を受けませんか?」

「だが事件が起きたのは古いし、分かってるのは依頼人とその息子の名前だけ。さらに当時の警察が匙を投げたんだ。随分昔の失踪事件の解決、本当に可能だと思ってるのか?」

「それでも、依頼人は苦しんでます!」

「別に橘さん以外にも苦しんでいる人は沢山いる。この事件の捜査を頑張れば、その分他の人を助けられる可能性が減る。そうまでして、何の成果も得られなければどうするつもりだ」

「でも、それでも・・・」

「八代、今日のお前なんか変だぞ。妙に思い詰めてるというか、余裕が無いというか」


源さんのその言葉に、場違いではあるが少し嬉しくなる。源さんが俺の些細な気持ちの変化に気付いて、さらには心配してくれているのだ。もうあの時のひよっこではない、俺も立派な幸田探偵事務所の探偵なのだ。そのことを実感し、だからこそ隠してきたことを源さんには打ち明けねばならないと感じる。


「すいません、橘さん。俺が幸田さんを説得して見せます」

「ほう、お前が俺を?偉くなったもんだな。いいか、これは依頼人のためでもあるんだ。依頼が失敗した時、一番傷つくのは他でもない依頼人、その人なんだぞ」


それは俺も理解している、勿論この依頼人の痛みも。これは隠すべきことではない。過去を隠してどうして源さんと仲良くできるだろうか。さらにこれは、依頼人にこそ聞いて欲しい事なのだ。俺は口を開く。


「源さん。俺が探偵を目指した理由を言っていませんでしたね。依頼人の前ではありますが、今言っても構いませんか?依頼人にも聞いて欲しい事なんです」

「探偵を目指した理由?」

「はい。俺にも橘さん同様大切な人がいました。そいつは俺の大学時代の友人でした。ですがある日、いきなり大学に来なくなりました。警察は必死に捜索をしましたが、そいつが使っていた部屋はもぬけの殻。足取りも全くつかめず、まるで神隠しに会った様だと言っていました」


俺のその言葉に源さんばかりではなく依頼人も驚く。だが一番驚いているのは俺だ。まさか神隠しが過去にも起きていたとは。そして迷宮入りしており、その被害者が知っている人だとは思いもよらなかったのだ。だが、今は動揺を少しでも抑えて源さんの説得に移る。全てはリューのため・・・ではない。今目の前で苦しんでいる依頼人と、この先神隠しの犠牲に会う人が少しでも減るためだ。それが探偵というものだ。


「橘さん、俺は貴方が包丁を振り回したことを知っています。それで怪我をした女性がいることも。ですが同時に大切な人をある時いきなり失う悲しみも知っています。もう一度聞きます。後悔はしているんですね?」

「・・・当然、当然です。あの時のことは今でも夢に出るんです。夢の中で血の付いた包丁を振り回す男はまるで私ではない・・・!恐怖さえ感じるんです。でもあの夢の怖さはリクが消えた時に比べたら・・・」


そして依頼人は押し黙る。恐怖の感情、トラウマとなり今もなお橘さんに纏わりついているのだ。


「源さん、聞きましたか。今目の前で苦しんでいる人に手を差し伸べてやれずに何が探偵ですか」

「以来の結果次第ではもっと恐怖を感じるかもしれないぞ」

「たとえそれでも!やらぬ善よりやる偽善です!」

「・・・わかった。だがまずはやるべきことがある。橘さん、貴方が過去に傷つけた女性の住所は知っていますか?」

「いえ・・・向こうも怖いみたいで・・・あ、携帯番号なら」

「そうですか。それではその番号に今すぐ電話して、心から過去のことを謝罪してください」

「え?そ、それなら・・・出た時にもう電話しましたよ」

「橘さん。過去というものは消すことは出来ずに、一生生き続ける。特に辛い記憶であればあるほど、厄介なことに残り続けるんです。それは貴方も理解しているでしょう。一回謝罪したから後はどうでもいい、ではないんです。もしそれが罷り通るならば、私も貴方の過去を大したことはないと吐き捨てて、依頼も受けません。その女性のトラウマを造ったのがあなたなら、貴方は謝罪し続けなければならないのです」


源さんの目はしっかりと依頼人である橘空を見つめている。その圧に押されたのかそれとも思うところがあるのか、依頼人はすぐに携帯を取り出し、電話をかける。程なくして繋がった電話からは弱弱しい女性の声が流れてきた。それに依頼人は誠心誠意謝る。勿論電話の向こうの女性には依頼人が心の底から謝罪をしているかなどは分かりもしないだろう。どれほど口で謝っても、心の中では何を考えているかは今この場にいる俺でも分からない。だがそれでも、俺と源さんには依頼人の祈りが通じている。


依頼人は電話で受け答えをしている。泣きながら。静かに泣いていた、電話の向こうには届きもしない涙だが、この世界のどの様な言葉よりも、女性のために流すこの涙は価値があるのだ。

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