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結局大厄災が来るというのが分かっていても、人間一人にはどうしようない。それは魔力の回復速度が異常にはやい僕でも同じだ。僕はガダーディスに精神干渉の魔法をかけられた魔物も、打消しの魔法を使えば元に戻すことが出来る。だが、暴走した魔物を本来の魔物に戻したところで、無力な王都の民から見れば脅威であることに変わりはないのだ。故に、魔力の回復速度以外にとりえのない僕にとっては、大厄災当日にしか活躍するときはない。だがそれでも、ただ大厄災を待ち続けるなんてことは出来ない。ゴザ協会の皆に助力を求めたのも、ライザにプレゼントを贈ったのも、魔族の皆と楽しく過ごすのも、そして今まさに王都の住民と何気ない会話を繰り広げるのも、無駄とは思わない。
「お兄さん、よく来たな!おい、ヌーラの火酒一丁!」
「ちょっと、僕はまだ何も言ってないですよ」
「何言ってんだ、祝い酒だよ、兄さんのさ。冒険者と言う職業でありながら、今ここでまた無事な顔を見せてくれるっていうのは、奇跡にも近いんだよ。遠慮しちゃダメだよ、これは俺からのプレゼントだ!またすぐに大厄災は来るし、何も終わっちゃいないけど、今この一瞬は、さ・・・」
「・・・ありがとうございます」
酒処の店主はパテンさんより少し年上だ。その分、辛く苦しい思いも多く経験してきたのだろう。酒蔵にはこの酒蔵を継ぐであろう赤い職人たちの姿も見える。受け継いでいくのだ、この酒蔵のすべてを。だがそれでも、この酒蔵の中で僕の事を一番知っているのは間違いなく店主である。個人の記憶は他人に受け継がれない。僕の生きた証はこの店主のものであるし、この店主の優しさを知るのも僕である。ヌーラの火酒を片手に、僕は次の目的地に行く。
「すいませーん!」
「はいよ。・・・あぁ、来たのかい」
古びた店の奥から、ひょっこりと老婆が現れた。相も変わらず足取りがティビの様にヒョコヒョコとしているのは、もう年だからであろうか。この老婆はおじいちゃんの事を知っていたようだが、それでも老婆の方から詳しく話さないので、僕はあえて老婆とおじいちゃんの関係を聞かなかった。時には詮索をしない方がいいときもあるから。
「前に買った緑のブレスレットは誰かに贈ったのかい?」
「はい。僕の大親友に!」
「そうかい・・・。いい顔をするようになったね」
そう言って老婆は笑顔を見せる。老婆は僕の悲しむ顔を見たくないと言っていた。ブレスレット一つで幸や不幸が決定するとは思えないが、贈り物には人を笑顔にする効果がある。それはプレゼントを受け取った側だけが享受するものではなく、贈った側にも効果がある。僕は年老いたこの老婆との些細な約束を守れたことがたまらなく嬉しい。そのまま笑顔で見送る老婆を置いて、さらに王都を歩く。
「ようお客さん。前は色々と言って悪かったな。今のお客さんは、上客だぜ。どうだ?もう一匹バステルを買わないか?」
「現金ですね」
「そう言うなよ、俺はたとえ動物でも大事に扱ってくれる人にしか命は売らない。いつかは死ぬ命だとしても、な。それはとても大切なことだ」
「もう大丈夫です、心得てますから」
家畜売り場の店主は少し癖があるが、その目は命を扱うという事を心得ているような、そんな強さがある。命に価値をつけること、それはかつてのパグさんが拘っていたことで、今や見向きもしなくなったこと。この店主には助けられた。僕が暴走していた時に、真正面から対立してくれたのはこの人だけだし、それで目が覚めた。王都の住民との取り留めもない会話の羅列の中に、何か重要なことが埋もれている様で、僕は会話の大事さを学んだのだ。最後に頭を下げ、最後の目的地に向かう。
「・・・2年使ったな?」
「はい、そうですね」
「籠手を見せろ、ついでにその剣もだ」
鍛冶師は職人気質で、非常に無口である。かたくなに会話を拒み、大事なこと以外は口にしない。だが、鍛冶師は僕の籠手が2年使われていたことを覚えていたのだ。無口なようで、優しさは人一倍強い。何も喋らないというだけで、それが悪い事でも何でもない。冒険者と言う職業は運も左右されるが、何しろ生死を分かつのは道具の手入れだろう。彼は今までどれほどの人々の死を見てきたのだろう。武具を売って、果たしてどれ程の冒険者が帰ってこなかったのだろう?
「大厄災は怖い。だが臆するな。サポートはする」
「心強いです」
その言葉は温かかった。人間と言うのは口では何とでも言える。国王なんて心にもない事を言っていた。命がけで戦ったところで、それを理解してくれる人は数少ない。口では何とでも言えるのなら、無口ではあるが温もりがある彼は、何というのだろう。今日会話をして改めて感じた、彼らの気遣い。僕には守るものが多い。前はそれを煩わしく感じていたが、こういう生き方も悪くはないと思える、そんな一日だった。
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「帰ったぞ・・・リャシャ」
暗がりの部屋の中に、石のように眠る彼女の名前を呼ぶ。いや、実際に石の中で眠っているのだ。俺の大事な人は肌と言う肌を石に囲まれて、もう長い事眠りについている。俺には生きてるかどうかさえ分からないが、前まで頼っていた医者は生きてはいると言っていた。
「くそっ、再生の魔法の才能だけあっても、大切な人一人救えやしない」
そうはいっても、俺にはこの道しかない。癒し手の仕事は大変だ。お陰様で外傷以外にも呪いや病気の類の勉強が捗った。だが、そんな俺でもリャシャを蝕む石の正体さえ見当がつかない。これではいくら再生の魔法の才能があれど、意味がない。
「邪魔するよ、パグ君。どうだい?まだ癒し手なんてやってるのかい?」
突然背後から声をかけられた。後ろを振り返ると、そこには今まで世話になったいじゃが立っている。しかし金に執着して、その癖リャシャが良くなるかも分からない状態であったので、俺は自分が努力する道を歩み始めたのだ。
「先生・・・。もうあなたには関係ないだろ。俺には金がない、だから医者の貴方に大金を積むことも出来ない。冷やかしなら帰ってくれ」
「そうカッカするなよ。私は何も冷やかしできたわけではないよ。もう少し年の功というものを信じてもいいのではないかと言ってるんだよ」
「え?」
「君は癒し手になって日が浅い。一体誰が今まで彼女の事を診てきたと思ってるんだ。金がないからさようなら、なんて悲しい事を言うなよ。せめて私を最初に頼ってくれよ」
「まさか・・・先生はこの石の見当がついてるんですか?」
「いんや、全く」
「この藪医者め・・・」
あっけらかんと言い放つ医者に向けて、思わず本音が零れる。だが、医者はたいして堪えていない様で、あまつさえあくびをかいている。だが、医者の目が急に細くなり、いきなり真面目に答え始める。
「私の見立てでは呪いの一種だと考えている。世界七不思議の呪いについては知ってるね。魔法とはまた異なる、邪な心を持った天才が神の奇跡をより凶悪なものに変えたモノだよ。呪いはその性質上、発動には魔力を必要としないが、同じく魔力を持つ魔物の血を必要とする。魔法と本質は同じだが、人間の血では呪いは発動しない。その呪いを開発した天才は人間が呪いを連発すると世界がどうなるかは把握していたようだな」
「先生、いきなりどうしたんだ・・・・?それは今までの先生の研究だろ。俺は確かに貴方に金を払う気はないが、そこまで明かしていいのか?」
「いいんだ、私はもう長くない」
「・・・!何の病気だ?いや、呪いか!?俺には再生の魔法の才能があるし、呪いの解除方法も教えてくれたら貴方にかかっている呪いも解除するぞ。貴方にはお世話になったんだ」
だがそこで医者はふと悲しげに笑う。そこには今までの金にがめつい医者の姿はどこにもなく、まるで十分に生きたと未練も後悔もなく笑う、一人の立派な医者がいた。
「年だよ。こればかりはどうにもならない。せめて死ぬ前に彼女を診てわかったことを伝えようと思ってね」
「それは・・・」
「そんな顔をするなよ。君の大切な人を救ってやれなかったことは唯一の心残りだが・・・。君ならやれる。諦めることはこの私が許さないぞ」
「・・・お世話になりました」
そして医者は去っていく。癒し手は、救える命と救えない命を毎日見続ける。その落差に辛いものを感じながら、それでも救える命だけは取りこぼさぬように必死で生き抜く生き物なのだ。俺は石のように眠るリャシャを見つめる。俺が臆したら、彼女を助けてやれる人はもういないだろう。彼女はまだ死んでいない、俺が助けるのだ。




