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「遠征隊はあらかた魔物を討伐し終わったって言ってるわ。話ではどうやら大厄災が起きても大丈夫だっていうようだけど・・・」
「不安よねぇ、勿論。不安だけど、魔族に目を向ける機会にもなったんじゃないかしら」
「ミーシャもそう思うです!」
王都の端では井戸端会議に精を出すおばちゃん達とそれにミーシャ。最近はミーシャもおばちゃん達と積極的に話すことが増えている。おばちゃん達もそれが嬉しいらしく、快くミーシャを話の輪の中に招き入れている。思えば昔のゴザ協会では、ミーシャはシスターに注意されてばかりだった。だがミーシャも変わった、もう前の様にシスターに注意される様なことはなく、それどころかシスティアに積極的に構っているようだ。子供と言うのは過ちを犯す数も多いが、その分学ぶ機会も多い生き物である。それは他でもない僕が知っている。ミーシャの成長に自然と顔がほころぶが、真顔を作って彼女たちに話しかける。
「どうもお久しぶりです。この前は声をかけて頂いたのに返事が出来なくてすいませんでした。あの時は忙しくて」
「あらお兄さん。良いのよ、過去の事は」
「そうそう、今話せているから、それで十分でしょ」
「むっ、りゅ、リュー!またミーシャのストーカーでありますか!?」
「ちょっ!やめてやめて。大声でそういうことを言わない。僕はストーカーなんてしないし、ミーシャの事は大切だと思っているけど」
僕の方が何故か照れ臭くなって、何故か最後の方は小声で話す。ミーシャは大人びた、それは良いことだ。でも妙にやりにくい、こんな事なら昔の天真爛漫なままのミーシャの方が良かったと思ってしまう。僕が口籠ると、ミーシャも何かを察して急に押し黙る。
「あらあら、いいわねぇ」
「私たちの子供の頃を思い出すわぁ」
隣でおばちゃん達がにこにこと笑っていた。それがさらに僕の思考を乱し、何か別の話題を振ることにする。今、おばちゃん達の前で僕とミーシャが話すと厄介なことになると直感が告げたからだ。
「・・・そう言えば王国の遠征隊は大型魔物を討伐し終わったんですよね?それほどの力があれば大厄災も撥ね退けることが出来るんですよね?」
「そうねぇ、確実という事はないけれど、大厄災にも立ち向かえるんじゃないかしら。国王陛下も魔族との戦争より、大厄災に立ち向かう事を検討してるみたいよ」
「ほら、あれよ。人類が魔物に勝てるという事を証明したいんじゃない?それが証明できればもう大厄災に怯えることもないし、魔族との対立もなくなるじゃない。それに、前に帝国と戦争が起きて、みんな分かってるのよ、戦争の怖さを。今戦争をしたいという人は王都にはそうそう居ないわ」
「それならミーシャも前に兵士が話していたことを聞いたであります!ちょっと目つきの悪い王国兵でありましたが、国王からの任務は完了したと言っていたであります!」
「国王からの任務は完了した、か・・・」
それらを聞いて僕は時代の変化を感じ取る。思うところはある。王国兵の強さはイスファ=リアやライザを実験台にして得られた強さなのである。イスファ=リアは孤独に怯え、ライザは仲間というものを知らなかった。どちらも僕が話し相手になったが、彼らは王国兵の強さと引き換えに地獄の様な人生を歩まされたのだ。時代は変わると言う。今や魔物に怯える事無く生きられる王国の民は幸運であろうし、それで魔物に殺されるはずだった人たちが助かるのは嬉しい事なのかもしれない。だが、生命とは光と闇だ。彼らが幸せを享受する一方、イスファ=リアとライザは時代の犠牲者だと切り捨てる事は僕には出来ない。
(だから僕は彼らを見殺しに出来ない。いや、イスファ=リアは救えなかった。でもライザだけでも、僕の手は届くはずだ・・・。ライザに会いに行かないと、僕が前にあげた緑のブレスレットの感想を聞くのも兼ねて)
「ありがとうございました、僕はもう行きます。友が待っているので」
「もう行くのかい」
「まぁまぁ、いいじゃない。行っといでお兄さん、友達の元へ」
「リュー!リューはミーシャと、その・・・友達でありますか?」
僕が歩き出す前にそんな質問をミーシャになげかけられた。それに対して僕の応えは既に決まっていた。いつかミーシャの心が変わったら絶対に聞かれると思っていたから。僕はとびきりの笑顔をミーシャに向ける。
「勿論!」
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「砂漠に向かうにつれ、土地は貧しくなるとは思っていたが、こいつぁひでぇな。帝国領でもこんなに旱魃が起きてる場所もあるのか」
「そうですね、それにしても今年は特に酷い。これじゃあ農作物は育たないですよ」
「どうしようもないのか?呼び寄せの魔法で雨雲を呼び寄せるってのはどうだ?」
「魔法、ですか・・・。王国はどうかは知りませんが、帝国では魔法使いは【影なる者】と呼ばれて蔑まれてますよ。最も、帝国兵に入って魔法使いとして国のために働くものはその限りではありませんが」
おいおい、王国では禁術の呼び寄せの魔法の名を出すことでリグウェルが突っ込むのを待っていたんだが、帝国では魔法使いそのものが忌み嫌われているとは思いもしなかったぞ。そういえば、いくら農兵とはいえ魔力を持っていないリグウェルが戦場の最前線で戦っていたのは不思議ではあったが。王国は魔力持ちが多かった、それは戦争でも魔力持ちは役に立つからだ。直接自分で魔法を使えなくとも、魔力の扱いに長けている者がいれば魔力持ちも腐ることはない。だが、魔力持ちが全然おらずに洗脳したダハウィが最後の切り札と言うのは意外であった。
(なんで、って思うのは野暮ってもんか。どうせ魔力持ちは災いを引き起こすとか考えられてるんだろうな、態々【影なる者】なんて蔑称まで作るのはしっかりしてやがるが)
帝国の嫌な習慣というものを知ってしまい、少し腹の虫がおさまらなくなる。帝国と言えば世界七不思議でもあるように、この世界で最初で最後の復活の魔法を使った皇帝がいるところだ。禁術の中でも復活の魔法は魔力の消費が激しい。今回、王国は魔力持ちの血を瓶に詰めて濃縮させて精神干渉の魔法を使っていた。復活の魔法を使うにはどれほどの魔力が必要かは俺には想像もできない。だが、そこで魔力持ちを悪とみなしていれば、魔力の収集は容易に行えるという訳だ。
(親愛なる帝国民に【影なる者】を捕らえるようにお願いすればいいってわけか。都合がいいときは迫害して、都合が悪くなればかき集める。反吐が出るな)
「おいリグウェル、オメェまさか魔力持ちを迫害したりしてねぇだろうな?」
「まさか!私はむしろ魔力持ちの事を理解していましたよ。ですが彼は帝国の徴兵に歯向かい、それで見せしめに殺された。そして殺したはずの帝国兵達はヘラヘラと笑ってるんですよ、なんだ【影なる者】か。いい事をしたな、って・・・!私は今でもあの時の事は忘れられません。ですからリクさん、私はもう大切なモノを失いたくないんです。この革命、必ず成功させましょう」
「・・・あぁ、勿論だ」
リグウェルとは直に話したことはあまりなかったが、話してみるとリグウェルも闇を抱えている。それも俺よりもよほど大きい闇。おそらくこの感覚が歪んだ帝国でリグウェルの様な思考を持ち合わせている者は孤独だったであろう。そして戦場でリグウェルは脳の処理が追い付かずにたまらず逃げ出した。その逃走がリグウェル自身の意識を変え、帝国を打ち砕くという志を抱くとは、誰が予想できようか。そんなコトを考えていると、干からびた村で村人たちが深刻な顔をして話し合っていた。
「何故だ、何故雨は降らないんだ。今まで頑張って生きてきたのに、私たちが一体何をしたって言うんだ」
「もう終わりよ、食料がとれないのなら税も払えないし、それどころか私たちが生きていく分だってないわよ」
「くそっ、帝国兵も領主も、自分たちは戦場でまともに戦わなかったのに、なんでそのしわ寄せが俺たちに来てるんだ。命からがら戦場から生きて帰ってきたのに、これじゃあんまりじゃないか!」
やせ細った村人たちは、明日生きていく事さえ絶望的に見える。その目からは活力が完全に失われており、死を覚悟しているようだ。リグウェルと目配せをして、俺たちは彼らに歩み寄る。絶望の色が強ければ強いほど、希望の色は輝いて見えるのだ。
「おいオメェら、生きたくはないか?」




