牙なき吸血少女と化けコウモリ
私の部屋に来るのは召使いと、秘密の友だちであるカイだけ。
カイは化けコウモリで、弱っている時、この屋敷に迷い込んだのだという。
私の食事を分けてあげたら元気になったけど、未だに屋敷にいる。
カイが元気になったらもう会えないかもしれない。
そうなったら寂しくてイヤだなと思っていたから、カイがここを気に入って根城にすると言った時は嬉しかった。
「これからもよろしくな、ベル」
「よろしくね、カイ」
勝手に住みついたことを知られたら、カイはお父様に殺されてしまうらしい。
だからカイのことは秘密。
絵本でしか部屋の外を知らない私に、カイは色々なことを教えてくれる。
どんな種族の人々がいるかや、どんな風に暮らしているか。
私の目が青色だということも教えてくれた。
自分の目を見たことがないから知らなかった。
鏡に姿を映せば自分でも見えるそうだけれど、この部屋に鏡はない。
ちなみに、私の髪は銀色だ。
カイは黒くてぽってりして、とても可愛いい。
カイは屋敷のことにも詳しい。
私は部屋から出ることが出来ないけれど、カイにはそれが出来る。
だからカイは私の部屋から出て、こっそり屋敷の様子を探りに行くことがある。
私はお父様とお母様の顔を知らない。
「当主様も奥方様もお忙しいのですよ」
召使いはそう言ったけど、それは言い訳なのだとカイが教えてくれた。
「あいつらはお前に会いたくないんだよ。お前は『お家の恥』だそうだ」
牙が生えていない吸血鬼は恥ずかしい存在らしい。
普通の吸血鬼は獲物に牙を突き刺して血を吸うそうだけど、私はグラスに入った血を飲むことしか出来ない。
「まったく、くだらねぇよな。牙がない吸血鬼がいたってイイじゃねぇか」
カイは私を『恥かしい』と言わないから、それでいいと思う。
私には『お兄様』がいるということもカイは教えてくれた。
「あの親がイヤで、お前の兄貴は家から出ていっちまったんだ」
「『あにき』って誰?」
「兄貴っつーのは兄のことで……お前より先に生まれた、お前の親父とお袋の息子のことだ」
その人が屋敷を出たのは、私が生まれるずっと前らしい。
私はその人を『お兄様』と呼ぶことにした。
何故だか分からないけれど、会ったことのないお兄様を私は好きになった。
ある日、召使いが朝食を運んでこなかった。
「待ってろ」
そう言ってカイは飛び立ち、すぐに戻ってきた。
「これを食べろ」
カイが差し出したのは、赤くて小さくて丸いもの。
「ブラッドキャンディ――血で作った飴玉だ」
それを口に入れると、あっという間に液状に溶けた。
グラスから飲むよりも美味しい。
「お前の親父とお袋は死んじまったそうだ」
死というのは、この世界から消えるということだ。
「召使いどもは全員出て行っちまったよ」
「そうなんだ……それじゃあ、私もここから出られるかな?」
「出られるさ。結界を張っていた親父が死んだからな」
私が扉のノブを回すと、すんなり開いた。
今まで何度試しても無理だったのに。
「すごい!」
思わず駆け出してしまったけれど、ちょっと走っただけで疲れてしまった。
「無理すんなよ。お前、体力ねぇんだから」
「うん、分かった」
ふと、思い浮かんだことがあり、私はカイに質問する。
「ねぇ、お兄様はいつ帰ってくるの?」
「……はぁ?」
「だってお兄様は、お父様とお母様がイヤで出て行ったんでしょ? もう二人はいないから、帰って来るよね」
「……帰ってこねぇよ。お前の兄貴はずっと遠くまで行っちまってるんだ。あの二人が死んだことなんて分かりっこねぇよ」
それはイヤだ。私はお兄様に会いたい。
どうしてなのか、上手く言葉に出来ないけれど。
お兄様と会うことはステキなことだと思う。
「じゃあ、お兄様を探しに行く」
「何だと?」
「もうお父様もお母様もいないから、帰ってきて一緒に暮らそうって、お兄様に会って言うの」
カイは何だかイヤそうな表情をする。
「……どこにいるか分かんねぇんだぞ」
「だから探しに行くの」
「どうやって探す気だ?」
「旅に出るの!」
カイは屋敷の外についても知っている。
何かを探すために旅に出る者がいるのだと聞いたことがある。
カイは溜息をついた。
「……まぁ、ここでじっとしてるより安全かもな」
「何のこと?」
「お前の両親を殺した連中が、お前のことまで殺そうとするかもしれねぇ。お前は幽閉されていたから、お前を知る奴は少ねぇけど、万が一ってこともある」
「そうなの?」
「そうだ……世間知らずのお前が外に出てどうなるか不安だけどよ、俺も付いてるんだからどうにかなるだろ」
そう言われて気がついた。
私はカイと一緒に旅をする気でいたけど、カイはこの屋敷が気に入って住み着いていたんだ。
だからカイは旅に行かなかったかもしれないしれない……
そのことに気付いて何だか怖くなったけど、カイは付いてきてくれる。
だけどまだ心配だから確認しよう。
「あのね、カイ」
「何だ?」
「カイは私とずっと一緒にいてくれる?」
「……あぁ、そうだな。ずっと一緒にいてやるよ」
嬉しい!
「ありがとう! 大好き!」
「俺も……お前が大好きだ」
旅に必要なものはカイが持ってきてくれた。
日光を遮断する、白色のフードローブと手袋。
吸血鬼は日光を浴びると弱ってしまうから、旅の必需品なのだという。
歩きやすい白色のブーツと、水色のポシェット。
ポシェットはマジックアイテムで、中が異空間になっている。
見た目よりもたくさんの物が入るらしい。
カイの指示に従って、ポシェットに色々なものを入れて行く。
ブラッドキャンディが入ったビン。
屋敷に残った財宝全部。
他にも必要だと言われたもの全て。
ポシェットの入口より大きな物まで入ったから驚いた。
他に人がいる場所では、カイはフードの中に入ることになった。
化けコウモリと一緒にいると目立つから。それはよくないことらしい。
そして、私が吸血鬼であることを他者に知られたら駄目だと、カイが何度も言った。
もしも何の種族か聞かれたら、邪妖精と何かの混血だと言わなければならない。
邪妖精も日光が苦手だから、フードや手袋の言い訳になる。
だけど私が完全な邪精霊だと嘘をつくのは無理だから、何かとの混血だと言って誤魔化す。片親が何者なのかは知らないと言えばいいらしい。
<ベル、聞こえるか?>
<聞こえるよ、カイ>
声に出して話せない時は、カイが念話を使ってくれることになった。
心の中で内緒話しをすることができる。
旅の準備をしていると、何だか大人になったような気分になる。
そのことをカイに言ったら注意された。
「勘違いするなよ。お前は見た目も中身もまだガキだ。見た目は人間でいうなら10歳くらいだろうけど、中身はもっとガキかもな。だから調子に乗るな」
ブーツを履いて、ポシェットを提げて、ローブと手袋を身に付ける。
私は初めて鏡を見て、自分の姿を気に入った。
やっと準備が整い、私は初めて屋敷の外に出る。
「帰ってくるときは、私とカイとお兄様でみんな一緒だよ」
こうして、私とカイは旅に出た。