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「紫陽花」  ー 3泊4日、18歳のひとり旅。 中3のときの同級生に3年ぶりに会いにいくお話です ー

作者: 恵美乃海

中学三年生のとき、一目惚れした同級生の女の子。

高校は別になり、その女の子は高校一年の時に遠隔地に引っ越した。


東京の大学に入学した私。

六月、朝方にみた夢に彼女が出てきた。

「逢いに行こう」

私は、決心した。

 昭和51年6月18日(金)。

 中野区白鷺の下宿で目覚めた私。

その朝方に見た夢に、彼女が出てきた。

「逢いたい」と思った。


 私はその春、兵庫県西宮市の県立高校を卒業し、東京の大学に入学していた。

 春休み、彼女に逢いに行きたいと思った。だが、結局実行しないまま、私は上京した。


 その彼女が夢に出てきた。

私は、「逢いに行こう」と思った。

三月に決断できなかったこと。

三ヶ月遅れてしまったが、

「逢いたい。逢いに行こう。逢わなければいけない」


 私はそう決心した。


 彼女は相当な遠隔地に住んでいる。

仕送り前で所持金はあまりない。

しかし、何とか東京との往復分の運賃は、ぎりぎり賄えそうだ。

 

 泊まる必要があるが、車中泊にすれば、宿泊費は不要だし、最低限の安いものを食べていけばなんとかなる。 

 それに帰りは東京まででなくても、西宮までたどり着けば、事情を言って、実家で東京までの旅費を借り受ければいい。


 彼女は中学三年のときの同級生。


 新しいクラスで私の前に座っており、振り向いた途端、

「可愛い」

と思い、一目惚れしてしまった。 


 が、そのクラスでは私が小学校五年生の時からずっと好きだった女の子とも同じクラスになっていた。


 しばらく考えたが、やっぱりそのずっと好きだった女の子が一番好きという気持ちが変わる事はなかった。 

 だから、二学期になって、その一目惚れした女の子が別の男の子と付き合い始めたときも、

「僕の好きな女の子は別にいるんだから」

と思って、すごく大きなショックというわけではなかった。 


 その一番好きだった女の子には卒業式のときに気持ちを打明けた。


その日、別の人からだったが、たまたま聞いた話しで、彼女も同じクラスの男の子と付き合っていたということが分かった


さて、高校生になって、卒業式のときに気持ちを打ち明けた女の子も、一目惚れした女の子も、市内の別の高校に入学した。


 高校一年の途中で、その一目惚れした女の子が、元々の彼女の故郷に引っ越したということを風の便りに聞いた。


「もう逢えないんだ」

と思ったら

「逢いたい」

という気持ちがつのったが、中学時代の交際相手を含めて、誰も彼女の住所を知らなかった。


 三年の秋になって、ひょんなことから彼女の、今の住所が分かった。


 私はそれを書くに至った気持ちを中心に、かなり長文の手紙を書いた。


 その冒頭に

「中学時代は、自分には別に好きな人がいて、あなたのことが一番好きだったわけではない」

ということも書いた。


 それは、私にとっては

「こういう手紙を書くのであれば、書かなければいけないこと」と思ったからだった。


 付き合っている男の子はいたわけだが、彼女とは、休み時間など、結構よく話していた。

 付き合っていた男の子と同じ姓だったというのが、その理由だったのだろうが、私は「淳ちゃん」と名前で呼ばれていた。 


 その付き合っていた男の子からも、そして彼女とクラブが同じだった私が元々好きだった女の子からも、彼女の会話の中に「淳ちゃんのことがよく出てくるよ」と聞いたこともあった。


 だから、手紙の返事はもらえるだろう、と思っていたのだが、来なかった。

 その後一度電話でも話したが、そのときの様子からも、もうこれ以上何らかの行動を起こすのは迷惑なのだろうと判断した。 


 さて、

「逢いに行こう」

と決心はしたものの、そういう事情なので、東京から「行く」ということを連絡したら、断られるかもしれない。


 とにかく行こう。そして途中、福岡辺りで電話をしよう。


「そこまで来てしまっているのだったら」

ということで逢ってもらえるかもしれない。


 もっともこの土曜日、日曜日は用事があって不在、ということだってありえるわけだが、例えば、連絡して「来週だったら逢える」というようなことになったとしたら、一週間、この緊張感に耐える、というのは苦しい。 


 金曜日、土曜日、そしてもしかしたら月曜日の授業もさぼることになるが、大事の前では、そんなことは些少時だ。 


 東京駅で新幹線の切符を買う場所が分からず、うろうろしていたら、警察官に職務質問を受けた。


 ちょっと前にそういう記事を読んでいたこともあり、すぐに「家出少年と疑われているな」

と察しがついた。


 当時の私は、実際の年齢より幼く見られていた。


 後日の話だが、プールの入り口で

「高校生?」

と訊かれたので、

「違います」

と答えたら、

「それじゃあ、中学生?」

と言われたことがあったりもした。 


 警察官には大学の学生証を見せて、疑いを晴らし、ついでに切符の売場の場所を訊いた。 


 午前中の東京出発で、新幹線で博多駅に着いたときはもう薄暗かった。


 そこから、彼女の家に電話した。

彼女が出てきた。 

迷惑がられるか、という不安は当然あったが、彼女は明るい声で「あ、淳クン(ちゃん、だったのが、なぜかこのときはクンになっていた)。」

と言ってくれ、逢うことを承知してくれた。


 ただ、日曜日はもう用事があるので付き合えないが、土曜日だったら付き合える。

 最寄の駅に着いたら連絡して欲しい。迎えに行くから。とのことだった。


 少なくとも、迷惑と思っているという口調ではない、と感じた。良かった。


「明日逢える、3年ぶりに逢える」

動悸がさらに高鳴る。 


 福岡発の夜行列車に乗り、最寄の駅に着いたのは、翌日の午後3時頃だった。


 今はもう存在しない地方の鉄道で、乗り換え駅で、4時間の時間待ちがあった。


 喫茶店に入ったり、おやつを買ったりする資金的余裕は無かったので、その4時間は、持参していた少年サンデーを繰り返し、繰り返し、何度も読んだ。 


 駅から電話したら、ほどなく彼女が迎えに来てくれた。


 勝手に、歩いてくる、と想像していたが、自分の車だった。

その時点では、私はまだ免許は持っていない。

 彼女はそのときは、もう働いていた。


 顔は中学時代のままだったが、髪にパーマがあたっており、大人っぽくなっていた。 


 助手席に乗せてもらい、

「何も無い所だから」

という彼女の案内で、海岸に行き、六月の海を眺めた。


「夕食はうちで食べたらいい」

と言ってくれたので、ご馳走になった。 


 家には彼女以外には、お母さんとお兄さんが同居されていた。 

 東京から、突然男の子が訪ねてきたら、さぞかしうさんくさく思われるだろう、と想像したが、お母さんもお兄さんも、実に優しい方だった。


 夕食の前、彼女の部屋で、高校時代のアルバムを見せてもらった。

「写真、もらえませんか」

と頼んだが、断られた。 


 夕食を食べ終わり、

「にっぽん昔ばなし」

「クイズダービー」

をご家族と一緒に見て、紹介していただいた安く泊まれる近所の宿に移動した。 


 そこまでは彼女が送ってくれた。

 小雨が降っていた。

 彼女は自分の傘をたたんで、私が持っていた傘に入ってきてくれた。

 彼女は優しかったから、そうしてくれたのだろう。 


 もう夜目だったはずだが、道端に紫陽花が綺麗に咲いていたのを憶えている。


 翌朝は、前夜、

「朝ごはんも、食べにいらっしゃい」

と、言っていただいたのに甘えて、お邪魔した。


 さて、その日曜日は、彼女には元からの用事がある。帰りは夕方発の夜行列車にすると決めたので、この一日をどう過ごすか。


 お兄さんが付き合って下さり、地域の青年会の会合に同行させていただき、映画を見て、バレーボールをやった。


もちろん、

「俺、なんで、こんなことやっているんだろう」

と思った。


 夕方、お兄さんが、彼女がいるところに連れて行って下さり、別れの挨拶だけして、そのまま、お兄さんに駅まで送っていただいた。 


 再び、夜行と新幹線を乗り継ぎ、6月21日の月曜日に東京にたどりついた。

 西宮で下車しなくても、資金はぎりぎりで間に合った。


 最後の一日は食事をする気もせず、ほとんど何も食べなかった。 


 行く前は、行動力のない自分に、自ら発破をかける気持ちもあった。

 それまでのことで、彼女の気持ちが自分にはない。ということは分かっていたが、とにかく一目逢いたかった。


「逢う」

ということを、自分がやりとげれば、自分自身に対しての達成感も得られるはずだ。そう思っていた。 


 だけど実際に逢ったら、ただただ、せつなさ、だけがつのった。 


 事前に予定していたわけではなく、突然、思い立っての行動だったから、あの4日間(実質的には3日間、最後の一日はただ、ぼーっと電車に乗っているだけだった。)は、夢の中の出来事だったように感じる。 


 彼女は二年後の五月に、二十歳で結婚した。


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