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ゆめつながり  作者: 秋和翔
現実
2/14

2.再会

彼女が病気であることを知った主人公は、彼女がいる病院を目指していた。

僕は無事に病院に着いた。エレベーターに乗り7階を目指す。彼女がいるのは707号室らしい。勢いに任せここまで来てしまったが、もし707号室のベッドで寝ているのが彼女ではなかったらどうしようかと今になって思った。ここまで来るのにかなりのお金を使ってしまっていた。今さら何もないなんてオチはごめんだと思いながら、案内図を見て足を進める。

707号室にかかっている名札が彼女の名前であることに一安心する。そこで彼女が個室に入院していることに気付いた。仮に個室が1日5千円だとしてそれが1年半。僕には払うことなど出来そうにもない。僕は深呼吸をしてノックを3回し一呼吸置き、ドアを右横に引いて開ける。

 中には彼女以外誰もいないようだった。入り口からでは彼女の顔が見えないので一歩、二歩とベッドに近づいた。そしてやっと彼女の顔が見える位置まできた。

 ベッドで眠る彼女はどこにも異常がないように思えた。それどころか彼女はこの世のしがらみといったものから解放されているようだった。そんな彼女に僕は神秘的な美しさを感じた。

 その美しさに僕が見とれ、ぼーっとしていると病室のドアが開いた。僕は焦って、どこか身を隠すところはないかと探したが、間に合わずドアの向こうに立つ人と目が合う。医者や看護師ではないようだ。しばらくの沈黙があった後、僕は口を開いた。

「僕は中学生のときの彼女の友達なんです。怪しいものじゃありません」

 目の前の男性は疑うような目つきで僕をなめるように見た。

「どうして中学のときのお友達が、今頃こんなところにいるんだね」と男性は僕に聞いてきた。聞いてきたというよりも自分のなかで出た結論を遠回しに僕に突き付けているような言い方だった。僕は必死になってここに来るまでのことを説明した。

 男性は一通り僕の話を聞いてくれた。それでも疑いの目が消えることはなかった。しかし男性は警察や病院関係者を呼ぶことも、それどころか僕を病室から追い出すことすらせず、病室にあった丸椅子に座ると、こちらを向いて話し始めた。

「この病室に私や病院の人以外がいるのはとても久しぶりだよ。君が本当に娘の中学のときの友達なら、喜ぶはずだよ。でもおそらく君が彼女に会えるのは今日が最後になるだろうね」

 僕は男性の言ったことの真意が分からず、今日が最後になるとはどういう意味かを聞いた。

「娘は明日、この病院から出ていくんだ。私の家に帰ってくるんだよ」

「え、じゃあ、彼女の病気が治って退院するってことですか?」僕は驚きと嬉しさをふくんだ声で確認する。

「そうじゃない。自主退院だよ。私は娘が目覚めるのを待つことに疲れ果ててしまったんだよ。もう希望をもって待つことも出来ないし、私は新しい道を進むことにした」

「え、治っていないのに自主退院なんかしたら、彼女はどうなるんですか」

 僕は返答にある程度の予想がついているのに、これを聞かずにはいられなかった。

「医者の話じゃ、もって二十日ぐらいだ。ただ他の患者で自主退院をしたものなんていないからね、意外と生命の危機に瀕したら目を覚ますんじゃないのかな」

 男性は自嘲気味に言った。いくら父親だからといって、疲れ果てたからといって、娘の命を諦め危険にさらすよことに、そしてそれを笑うことに、僕はふつふつと怒りがこみ上げてきていた。

「治療法がないからって、ただ待つだけだからって、疲れたからって、娘の命を諦めるなんて僕には理解できません。理解したくもない。貴方にとって彼女はその程度なんですか」

「お前に俺の何が分かるって言いたいところだが、君の言いたいことはすごく分かるよ。でも重すぎるからどうにかしてしまいたくなる気持ちも分かって欲しい」

 そう言われると僕は何も言えなくなってしまった。僕が何を言ってもそれは外野からの野次に過ぎない。それを先ほどの言葉で実感させられた。気まずい空気が病室のなかに充満して、居心地の悪さを感じた。

 僕は彼女に会うために広島から出てきた。決してこんなことを言うためや、思うためにここにきたわけじゃない。約10年ぶりに現れた僕が父親に偉そうに言えることなど本当はなにもない。僕が自分の理想を押し付けたいだけだ…。頭ではそう考えながらも、怒りがおさまることはなかった。

 もし彼女を見るのが今日でほんとうに最後になってしまうなら、もっと見ていたい、一緒にいたいところだったが、この病室にとどまることには耐えられなくて、僕は病室をあとにしようとドアに向かって足を進めた。そうして僕がドアを開けようと取っ手に手をかけると、後ろから声がした。

「実は、治療法が全くないってわけでもないんだ」

 その言葉は一瞬にして僕の体を固まらせ、そして震わせた。

 治療法があるというのに、それをしないで自主退院とはいったいどういうことなのか。僕は思考をめぐらすこともせず、怒りに任せて声を荒げて男性に詰め寄った。

「どうして方法があるのにそれをしないんだ!お前は彼女を救いたいなんて思っちゃいないんだ!」

 男性は無言で俯きながら力のない声でそうなのかもなと答えた。僕は男性の一挙一動に怒りと憤りを感じながら、具体的な治療法について聞いた。

「治療法について知ったのは1ヶ月ほど前のことだ。私が入っている眠り病の団体からある手紙が届いたんだ。それは海外のある医療機関が眠り病に有効と思われる治療法を開発したというものだった。もちろん私は喜んで続きを読んだ。だが詳しい内容はそこには書かれていなかった。私は団体に問い合わせて治療法について詳しく聞いたよ。治療法の内容を聞いて驚いた。私は夢を見ているのかって、まるで映画みたいな話じゃないかって」

 男性はそういうとゆっくりと詳細に治療法についての内容を教えてくれた。

 話を聞き終わったとき、僕は声をだすことが出来なかった。男性がいったようにまるで映画のような、それもSFとかアニメ映画のような話だ。本当にそんな話があるのかと疑ったが、男性の顔を見ると嘘を言っているとは思えず、僕の気持ちは宙ぶらりんで居所を失い、男性に対する怒りといったものすら飛んでいき、遠くのものに感じた。

「私には新しい家族が出来るんだ。新しい義務と責任が出来るんだ。今の家族とこれからの家族を天秤にかけるなんておかしいなことだが、私はそうするしかなかった。そして今ではなくて、これからを選んだ」

 男性はとても寂しそうに悲しそうに悔しそうに言った。

「だからって、自主退院しなくたって。このまま他の治療法を待ってもいいじゃないですか」

僕は男性にそう言ったが男性は首を横に振るだけだった。僕にはそれ以上何も言うことが出来なかったし、その気力も残っていなかった。

「団体の話じゃどっちにしろ返事を伝えなきゃならない。断るって決めてるはずなのに、まだ連絡出来ないんだ。さっきまで見知らぬ人だった君に言うのもおかしな話だが…。娘を救う気はないか。私の携帯番号渡すから、もし、その気があるなら2、3日以内にかけてくれ、頼む」

 そう言うと男性は手帳にボールペンを走らせると、1枚ちぎって僕に渡してきた。僕はそのちぎられた1枚を受け取ることに躊躇した。これを受け取ってしまっては戻れなくなってしまうと感じたからだ。

 そう思いながらも病室を出た僕の手には、そのちぎられた1枚が握られていた。そしてそれは僕の汗で湿っていた。


新幹線に乗って広島に帰ったときには日は沈むところだった。まだ日があるのか。春が近づいているなと僕は思った。日があることにやさしさを感じた。

そんな風に似合わないことを考えたからだろうか、いやきっと彼女に会ったからなのだろう。その日の夜、僕は淡くて懐かしい夢を見た。

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