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噺家は雪女  作者: 瑞喜智
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第一題「枕」

※この作品は一部、落語の作品をテーマとした二次創作となっています

「え~、寒梅家(かんばいや)好雹(こうひょう)と申します。あたくし、ご覧の通り、雪の印がテーンと入った紋付(もんつき)羽織(はお)っておりますれば、雪女の出でございます。おかげさまでと申しますか、こう、(ふところ)も寒いんでございます。今日はどうか皆様のお力で、あたくしの懐を温めて頂ければと存じますが……」

 客席より一段高くしつらえた舞台の上。今しがた好雹と名乗った、青白く長い髪を束ねた女が、座布団(ざぶとん)に正座をし、身振り手振りを交え、熱を帯びた喋くりを行っていた。

「どうしてこうも懐が寒くなっちまったかっていうと、お恥ずかしい話ではございますが、あたくし、賭け事が好きでしてね。昔っから、飲む打つ買うだなんて申しますが、女のあたしが何を買うんだなんて、野暮(やぼ)なこと聞いちゃいけません。野暮はいけません」

 座る好雹の背後には(ふすま)が並び、脇には扇子(せんす)と青く染め抜かれた手拭(てぬぐい)が置かれている。

「しかし、賭け事っていうのは上手くいけばそれにこしたことはないが、大体はこう、儲からないようにできてるんですな。この前もあたくし、たんまりすって来たところで。もう金輪際(こんりんざい)、賭け事には手を出すまいと決めたんでございます」

 好雹が見下ろす客席には人で……(いな)、人でない者を含めた、様々な存在で埋め尽くされていた。頭に獣のような耳を生やしている者もいれば、比喩(ひゆ)ではなく眼を爛々(らんらん)と輝かせている者もいる。

「そんなこと言って、どうせ我慢できずに賭け事に手を染めるんだろうって? いいや、そんなことはないね。なんなら一万円、賭けたっていい」

 ここで、客席からクスクスと笑い声が漏れる。好雹は思う。ああ、自分が求めていたのは、これだったのだ、と。

「とまあ、あたくしの話はさておき、賭け事といえばこんな(はなし)がありましてね……」

 好雹は羽織った紋付を脱ぎながら、自らの過去を振り返っていた。


「効率よく氷作る!」

 人を笑顔にしたい、そう思って生きてきた。若き頃の好雹が、そのために選んだ手段は、とてもお寒い駄洒落であった。どこぞの親父様のようなギャグに対し、周りの態度はいつも冷たく白けたものであり、その都度、在りし日の好雹は肩を落とすしかなかった。

 好雹はもともとの名を冷香(れいか)といい、雪女と人間との間にもうけられた子どもであった。

 そう、この世界においては、妖怪の存在が認められている。そうした妖怪の中には人間と愛し合い、子をなす者も現れていた。そのようにして生まれた子にも、次第に人権が認められるようになり、人間社会の中で暮らす者が多く見られるようになった。

 好雹、もとい冷香も、そのように人間社会の中で生きることを選んだ半人半妖の内の一人であったが、どうにも今一つ、周囲の人々の間に溶け込めずにいた。

「あ~あ、今日も滑っちゃったなあ、もう。これで私がもしフィギュアスケートの選手だったら、拍手喝采だったのに」

 憎たらしいほど太陽の照りつける、とある夏の日の昼下がり。この日も冷香は渾身のギャグが通用しなかったことを愚痴りながら街を歩いていた。

 周囲の人々に溶け込めていないため、どこに居るにせよどうにも居心地が悪く、あてもなく街へ繰り出してみたはいいものの、雪女の血を引く冷香としては、いかんせん暑さが身にこたえた。

 気温を実際に下げる能力でも母親から受け継いでいればよかったのだが、困ったことに、冷香に凍りつかせる事ができるのは、場の空気だけであった。

「あっつい! このままじゃ、私が友達の輪に溶け込む前に、私の身体が溶けちゃうよ。もうどっか涼しそうなとこでも適当に見繕って、入っちゃおうかな……」

 と、周りを見渡したその時、ひときわ目を引く派手な建物が冷香の目に入った。一見して和風の造りと分かるその建造物の、出入口の脇には色とりどりの(のぼり)が立ち並び、(のき)には提灯(ちょうちん)が顔を連ねていた。

 そこから続々と人々が出てくるのだが、冷香が見るに、その表情の明るいこと明るいこと。何がそんなに楽しくて笑っていられるのだろうと、冷香はつい興味を引かれ、その珍妙な建物にフラフラと引き寄せられるようにして入ってしまった。

 そもそも、冷香は人を笑わせたい、等と考えるわりに、自身が人に笑わせてもらった経験が少なかった。笑った経験が少なかったからこそ、心のどこかで、誰かの笑顔を求めていたのかもしれない。


 冷香は後に知ることになるのだが、冷香が入ったその建物は、いわゆる寄席(よせ)と呼ばれる物であった。その中では様々な演芸が行われていたが、冷香にとっては生で目にする演目はどれも新鮮な物であり、気付けば落ち込んでいたはずの冷香も、いつしか笑みをこぼすようになっていた。

 そして寄席には、そのような冷香を特に驚かせた物が存在した。当時まだ何も知らなかった冷香の目前のステージ上に、緑色の着物を着たひょろ長い男がふらりと出てくる。屋内にも関わらず、帽子を被ったままの面妖(めんよう)な男。その男は座布団の上に座ると、おもむろに客席に向かって語りかけた。

「毎度お笑いにお付き合い願います。名は体を表すなんてよく申し上げますが、あたしの名前と申しますか芸名がね、横っちょに掲げた紙にも書いてございますが、寒梅屋九里(きゅうり)、ってこういうんですよ。上の方が亭号(ていごう)っていうんですがね、寒梅屋。これはお師匠さんから受け継いでるわけですね。その由来が気になりましたんで、一度、あたしのお師匠さんにね、尋ねてみたことがあるんです」

 九里と名乗った男は、そのままトントン拍子で話を進めていく。

「すると結構なご由来があるようで、寒い梅、と書いて早咲きの梅の美しさ。これに、まったい、と申しますかねえ、完全にの完。そして売ると書いて完売、にかけまして商売の繁盛を願っているわけでございます」

 まだ話が始まって間もないというのに、気づけば冷香はズルズルとその語りに引きこまれていた。

「じゃあ下の方、九里の方も、さぞかし大層な理由でもってお名付け下さったんだろうと、こっちの由来についても聞いてみたんです。そしたらお師匠さん何て言ったと思います? お前は見た目が細長くて、野菜の胡瓜(きゅうり)みたいだからだ! だなんて、こう言うんですよ。酷い話もあったもんで……」

 ここで、冷香は大きな声をあげて笑ってしまった。笑っては失礼な話のようにも感じたが、そうせざるを得なかった。壇上の男、九里は客席の笑いが収まるまで暫くの間をとって、再び話を続けた。

「あたしら噺家(はなしか)みたいに時たま名前を変えられりゃマシなほうですが、だいたいの場合、名前っていうのは一生使う、大切なもんですからな、子どもが生まれたときっていうのにも、親は名付けに大層、気を使う。いつの時代になっても、その点に変わりはないようですが、気を使いすぎてもおかしなことになるようで……」

 これが後に冷香を(とりこ)とすることになる落語(らくご)、そして兄弟子(あにでし)となる九里との初めての出会いであった。この日以来、冷香は足しげく寄席に通うこととなる。冷香がこの道に賭けてみよう、と思うようになるまで、そう時間はかからなかった。

お初、お目にかかります。作者の瑞喜智みずきちと申します。

はい、お寒い雪女の噺家、存在自体が出オチですね。かつて私が作った、雪女の噺家という設定ネタを小説に使いたくなってしまったので、こうしてお話にまとめてみました。

もうすでに話がオチてしまった気しかしないのですが、一応、続きを書く気になったら書けるように、連載作品の体をとっています。

続きが読みたいという反響があれば続きを書くかもしれませんし、それでも書かないかもしれませんし、反響に関係なく続きを書くかもしれません。全ては気分次第です。

正直、コメディに分類する作品としてはアッサリとした仕上がりだと思いますが、もし少しでも皆様に楽しんで頂けたなら幸いです。

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