VS盗賊(いきなり)
魔法を使わず、ほぼ素手で倒す予定です。
―――ルーブル王国が勇者召喚の儀式を行う1週間前にさかのぼる。
俺は城丈。自分の名前と、元いた世界の記憶は覚えているのに、直前の記憶、自分がどうやってこの世界に来たのか思い出せない。
目覚めたとき、あたり一面が草原だった。それにひどく悲しい気持ちだった。その理由も思い出すことができない。とりあえずは、あてもなく歩いてみることにした。
1時間後、
何も見えてこない。人の姿さえ見えない。このままだとおなかが減って餓死してしまう。せめて川か池があると水を確保できそうなのだが。この世界の空気は元いた世界=日本よりきれいで、空は青く澄んでおり、風は新緑のにおいがした。丘が見えてきたので、少し休憩をとることにした。
「もしかして俺以外、誰もいないのかな…」
そっと股間に手を入れたが、ここで余計なエネルギーを消費することを考えると、背中がぞっとしたのでやめておいた。再び歩き出そうとすると、丘の上から道路が見えた。道幅は2mほどで、道路であるとわかるが、今の時代、コンクリートで舗装されていない道は珍しいなと思った。もしかしたら人がいるかも…?
更に歩くこと2時間、
道を進んでも、エンカウントしそうな気配すらない。それなりに体をきたえているから、体力は人並みにある方だ。このままじゃ本当に餓死してしまう。食べ物の幻覚が見え始めたとき、気づくと俺は、3人の屈強な男が、幼い女の子を連れた若い男女につめよっている事態に直面していた。
これはきっと、盗賊に親子の荷車が襲われているのではないか。
「なんだお前、とっとと消えろ。」
人がいないのに慣れていたせいか、ボーとして歩いていた。もはや無視できる距離ではなかった。一番おっかない顔をした男が俺の方に歩き出した。盗賊の顔に対する恐怖に耐えかね、俺は暴力行為に及び出た。
「うわー!」
「ひでぶっ」
一番大柄の男の鳩尾に、偶然ベスポジからの肘鉄が決まる。そのまま大男は倒れたので、盗賊から距離をとって親子の方にあとずさる。
親子は一瞬驚いていたが、すぐに正気に戻ると、父親が子供をおんぶした。
「荷物を置いてゆきます。だから、私たちとその旅のお方のことはお許しください。」
「断る、たったいま、お前らを全員しめることが決定した。」
「おまえら、女と子供は殺すんじゃねえぞ。やれ、」
「「へい、お頭」」
なんということでしょう。おなかを抑え、苦しそうに呻いている男は、三人の盗賊のリーダーでした。
父親の方に一人、俺の方に一人、盗賊がとびかかり、組み伏せようとしてきた。
「申し訳ありません、関係ない方を巻き込んでしまって、」
父親が大声で謝罪しているが、余裕があるならまずこの状況から助けてほしい。
盗賊のお頭は朦朧とした目で未だに蹲っているが、回復したら本気で襲い掛かってくるに違いない。
「お頭に手を出すとはいいどきょうじゃねーか!」
盗賊がナイフを懐に隠しているのが見え、組み伏せられたら、確実に殺されると思った。
俺はあえて転ぶふりをし、盗賊の下敷きになる形で倒れこんだ。
「しねえ」
俺を組み伏せて、盗賊はとどめを刺すためのナイフを取り出そうと、ベルトに手を伸ばす。少女の母親が恐怖で悲鳴を上げる。
倒されたのは、相手を三角占めに嵌めるためのフェイク。流れるようにして三角締めは完全に決まり、盗賊の頸動脈を締め上げる。
俺は全力で足に力を籠めるが、盗賊の首が太いためか中々気を失わず、白目になりながらも激しく抵抗してくる。
「やばい、ほどかれる…」
「やああ!」
気配を消していた少女が盗賊の背後から、野営用の火かき棒を、背中めがけて振り下ろす。
少女の力とはいえ、先が重くなった鉄の棒が当たったことで盗賊が悶絶し、衝撃で盗賊の首が俺の股間に強くめり込むが、ここぞとばかりにありったけの力を足に籠め、ついに盗賊を絞め落とした。
盗賊の顔から出た様々な液体が俺の股間を濡らしていたが、今はなるべく気にしないことにする。
「お父さん、もうだめかもしれないお・・・」
少女の父親は見かけのわりに力があるらしく、体格で勝る盗賊相手に拮抗していた。だが、身長差で押しつぶしてくる盗賊相手に、今にも折れそうになっていた。
「助かった」
俺は立ち上がり、少女から火かき棒をうけとると、父親の加勢に向かった。そして、走った勢いのまま、やや高い位置にある盗賊の頭に鉄の塊をたたきつけた。
「いてええええ、頭が、頭が」
盗賊が手を放したので、父親は足を両手ですくい上げ、盗賊があおむけに倒れる。
倒れた時の衝撃で、またもや頭を強打していた。
悶絶、あるいは気絶している3人の盗賊は、少女の父親が手足を縛り上げ、さらに簀巻きにした。
「ロープって便利だなあ」
「ありがとうございます。この盗賊は私たちが王都まで運びますので、報奨金はあなたがお受け取りください。」
「盗賊に出会ったとき、私たちが捕まっても、娘だけは逃がすつもりで必死でした。でも、こうして親子3人無事でいられるのはあなた様のおかげです。ありがとうございます。」
若い夫婦にお礼を言われ、照れる。
「いえいえ、偶然が重なっただけですから、気にしなくてもいいですよ。」
お礼をもらえるならば、食料を分けてほしい。腹がへってきた。それに、この父親いま「王都」って言ったよな。さりげなく同行させてもらえるか頼んでみるか…
「ありがとう、お兄ちゃん」
「お、おに?…どういたしまして!」
ズッキュン!
少女が手を握ってお礼をする。見た目中学生の少女が、天使のような笑顔を向けてくる。断じてロリコンではない。しかし、「お兄ちゃん」という言葉が頭の中で鐘の音のように何度も復唱されていた。
目的を外れるところだった。このままでは飢え死にコースである。
もう、なりふり構っていられない。
「何か、何か食べモノをください。」
「こ、パンでよければ」
母親の方が慌てて荷車の中から水の入った竹筒と、丸いパンを取り出す。
俺はそれにかじりつき、しばらくむしゃむしゃと人目もきにせず食べ続けた。
「ごちそうさまです。」
「ごちそうさま?」
意味が通じていないらしい。人心地ついたので、改めて親子を見ると、おかしなことに気づく。
まず服装。センスがない俺が人の服のセンスを評価するのは失礼かもしれないが、何となく古っぽい気がする。ボタンやチャックがついておらず、母娘は腰に帯のようなものをまいている。
もう一つの違和感が、耳だ。頭の上に三角形の獣耳が2つついている。本来あるべき耳の位置は、髪が隠しているようだ。コスプレでもしているのだろうか。
その後、なりゆきで王都まで同行させてもらうことになった。
疑問の正体は、王都に入ったときに明らかになった。
「あ、異世界だこれ」
それはアニメやラノベで誰もが見たことがある、獣人や亜人が町を行きかい、魔法を使うファンタジーのせかいそのものだった。