LIT
友人と書き合っていた小説の一部です。一部といっても短編・掌編を書き合っていたのでこれはこれで一話完結です。
「社長、今日はどちらに行かされますしたか?」
「なに? その決定事項的な不定疑問系は?」
「間違えました。どちらに行かれるのですか?」
「ちょっと散歩」
「そうでするか」
「だから、なに?」
「無視してください。時々言語回路が途切れるようです」
「そ、そうか」
俺の名は杉本リル。日本人とアメリカ人のダブルだ。ハーフじゃないから気をつけろ。
こういった類の人間はハーフといった言葉を嫌うからな。今度からはそういう人を見かけたらダブルと呼ぶように。
話を元に戻すが、俺は社長だ。
「それでですが社長」
「ん? なんだ?」
「例の会合がありますので一時間後までには戻ってきてるんですよか?」
「あ、ああ」
今日、俺は新しく昔の言葉を借りるならば秘書ロボットを購入・導入したんだが、いまいちのようだ。
やっぱ顔だけで選ぶんじゃなかったな……。
今の時代、二十三世紀ではロボットといった単語はなくなりライフインテクノロジー、通称LIT、リットと呼ばれている。
なんでもこの名称を提案した学者によるとロボットという言葉はロボットへの倫理性が欠けているとかどうとか……。
世も末ってもんだ。
リットは人間を似せて作られているため遠くから見たらわからないが近くから見るとリットの全てには首に首輪がかけられLITと書かれている。
そんなリットが市場に出始めてから約百年後の今、人間はリットを駆使し様々な日常生活を過ごしやすくした。
その為、企業や会社などで働いている人間は約六割ほどで残り四割はリットによって構成されている。
しかし、不思議と失業者数は百年前より減少している。
というよりむしろ増えている。
どうやら俗にニートと呼ばれる多くの若者がLITによって仕事をとられ、人間の意地によってまともな仕事に就くようになったからだ。
それでもって、そんなことと関係なく俺の会社は主に次世代版リットの開発だ。
「社長、話が長いです」
「俺、なんか言ってたか?」
「はい、私の視聴パーツは社長の音声を録音いたしました、これを分析、解析すると一般的に社長は長話好きだと思われます」
「お前も結構長いよな」
「そうるるか?」
「もういい、しゃべるな……」
「それでは行ってらっしゃいませ」
もういい、こいつの相手は一苦労だ。
俺は自分の会社の社長室から出てエレベーターで最下層に降りてビルを出た。
目の前では宙に浮かびながら滑走している車が通り、俺はタクシーを一つ捕まえて乗車した。
タクシーに限らず乗り物には微小な固定翼が取り付けられ浮遊を可能にしている。
勿論運転手はリットである。
「お客様、どちらにいかれますか?」
「セントラルパークまで」
「かしこまりました」
セントラルパークは俺の会社から約二十分ほどだ。
それまでまた長話をするとしよう。
俺の会社は次世代リットの開発を目指すプロジェクトを推進している。
だから金は余り余る程出てくる。
ちなみに俺は17だ。
親が外国の会社の社長をしていて、言うならば俺は日本支部を任されているというわけだ。
それで散歩にいくのは口実で実は俺の彼女に会いに行く。
話を戻すが、リットとは言ったとおり擬似生命体ではあるが一通りの感情パターンが組み込まれており表情も作れる。
だが、それはあくまでも擬似的で生気に欠けるのが今の世の中の現状だ。
そこに目を向けたのが俺の親父なわけで、アメリカ人なんだが、親父はリットに感情パターンをインプットするのではなく人口脳を作り出してリットに感情を教え込むというプロジェクトを展開し始めた。
それに加え……、と話を続けようとしたらタクシーは止まった。
「お客様、到着しました」
「あ、ああ。ありがとう」
「千四百六十円になります」
「わかった」
俺は千五百円を財布から取り出し、
「釣りはいらない」
「ありがとうございました」
タクシーを運転していたリットは愛想笑いを作りながら軽くお辞儀をした。
俺は苦笑いを浮かべていただろう。なぜならいくらリットが表情を作ったところでそれは擬似だ。偽物だ。
それがはっきりわかるのはリットの目が虚ろだからだ。
セントラルパークは人工樹林で埋められ、中央には不規則なのか定期的なのか噴水が様々な噴水をあげていた。
その噴水の前で一人の少女が座っている。
少女は俺の姿に気付いたのか、座っていたベンチから立ち上がり駆け寄ってきた。
「あ、リル」
「よっ、チサ」
チサは俺が子供の頃からの幼馴染だ。それに加えチサの親は俺の親父の会社と同時期に立ち上がったライバル会社ではあるが、父親同士が友人関係にある。
主にチサの親の会社は俺たちの会社が必要なパーツの陸揚げを引き受けている。
その為、俺たちの交際は難なく認められた。
チサは紅い髪をしていてそれをピンクの髪留めで止めている。
「今日はどこ行くの?」
「ん、そうだなー、映画とか?」
「平凡……」
「わ、悪かったな!こっちはいままでデスクワークだったんだよ」
「まあ、それはわからないでもないけどね。リルは私と違ってお忙しいもんね」
「なあチサ、それって嫌味?」
「ううん、率直な意見」
「そうか、それならいいんだが……」
「それでさ、何か気付かない?」
「え?」
俺はチサを間近に見つめた……。
前にも確かこんなことがあったな。この前は髪を切ったらしいが今日は違う。
服装か? いや、毎回違うからそれはないだろう。
なら、なんだ?
記念日か? いや、チサの誕生日は二ヵ月後だ。
強いて言うなら今日は土曜……いや、関係ないか。
なら、なんだ……?
「はい、タイムオーバー。私、失望……」
「いや、ま、待て!今わかるから!」
「ほんとー?」
「いえ、わかりません」
「やっぱり」
「やっぱりってやっぱりかよ」
「うん」
「それで、なにが変わったんだ?」
「今日は私の体重が一キロ増えたの」
「おぉ、やったな!」
「でしょー!」
チサは俺と同じく17だ。異様な体質で、身長は平均並で体つきも確かなのだが体重が軽い、軽すぎる。
なんと、30キロしかないのだ。それも160程の背で。
「これなら来年までには理想的な40まで増やせるかも」
「じゃ、今日はどこか行って奢ってやるぜ」
「ほんとー! うれしぃんだけど時間大丈夫?」
俺はセントラルパーク内の時計を見ると次の会合まで後三十分ほどしかない。
「あっ……。す、すまない」
「いいよ、いつものことだから。それに今日は無理いって来てもらったし。だから、ね?」
「ああ」
俺はチサを近くに抱き寄せた。
チサは俺の背中に手を回し、軽く自分のほうにも抱き寄せた。
チサが俺を至近距離で見上げ、俺はチサの顔を見下ろし、互いの口元を引き寄せた。
しかし、俺たちの唇が重なり合う直前、警報が鳴った。
俺とチサは警報の鳴る方角を向くと、そこには警官のリットが俺たちの方に向かってきていた。
そういえば最近は未成年の不良行為を取り締まるとかで公共の場には警官のリットが配置されているとかいないとか今朝の新聞に載っていた。
「くそ、いい時に」
「はぁ、まったくもー」
「じゃ、いくぞっ」
「うん!」
俺はチサの手を握り走り出した。
リットとはいっても一応警官をしているのでつかまると厄介だし機械に取り調べられるのは性に合わない。
俺とチサはその警官リットが出られないセントラルパーク敷地内から公道に出た。
「ふぅ、なんとか逃げれたな」
「ちょ、ちょっと、リル速過ぎ」
「あ、すまん」
「それじゃね、リル」
チサは俺の唇に自分のを軽くあてて放した。
笑顔を作り、チサは翻って歩き出した。
「じゃあねー」
俺は自分の唇に手をあてると、自然と笑みがこぼれた。
「やっぱ人間が一番だよな」
俺はまたもタクシーをひろい、会社へと戻った。
俺は高校には通わず、中学の頃から徹底的に親父の跡を継ぐためにビジネスのやり方を教え込まれた。
それに一通りリットの構造的しくみはわかっているため、簡単なものなら単純な形のリットなら作ることができる。
会社に戻ると俺は俺よりも年上な利益第一、自分の安全・保証第一の連中達とつまらない話をしあう。
そしていつもは誰もが議題の結論に達しないため俺が最終決議を出して終わる。
一体なんのための会議なんだか。
だが俺はもう慣れてしまったため苦にもしなくなっていた。
そして秘書に今後のスケジュールを聞いてそれをこなし一日を終える。
「それで今日の残りの予定は?」
「はい、無しですますねすね」
「無いのか? 本当に?」
「まじまじマジマジです」
「はぁ、それだったらもっとチサといりゃあよかったな」
「なにか、言いましたか?」
「いや、なんでもない」
こうやって俺の日々は続くんだろうか?
「続くでしょうね」
俺の思考まで読み取るなリットのくせして。
「リットですので」
もういい……。
俺は社長室の窓から天を仰いだ。
いかがでしたでしょうか? 設定は一応SF恋愛でしたのですが、難しかったですね。でも、これは結構気に入っている方だったので自分自身は満足しています。