★旧版★【西洋風ネーミング雑話】その姓、なにモノ??■改稿版を再投稿済み■
■2017.05.09■
感想、メッセージその他で頂戴しましたご指摘・情報提供を踏まえ、内容を大幅に修正改稿したものを【改稿版】として再投稿しております。
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[N1097DZ]【西洋風ネーミング雑話】その姓、なにモノ?? ■改稿版■
http://ncode.syosetu.com/n1097dz/
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今後はそちらをご確認いただけますよう、お願いいたします。
なお本ページの最下部(ランキングタグ欄)に、改稿版へのリンクがあります。
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A.『我が名は、ショウ・セツカ・ニ・ナロウ!』
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B.『我が名は、ショウ=セツカ=ニ=ナロウ!』
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異世界物の登場人物に名乗らせる時、よくある書き方です。
皆様は、A・Bどちらの書き方がお好きですか?
複数在る姓名を、「・」(中点)で区切るか、「゠」(ダブルハイフン)もしくは「=」(イコール)で区切るのか。実は日本語そのものの規則としては特に決まりはありません。それぞれの分野の慣行や、記述の規則はさまざまで、それに合わせるのが基本です。
それでも【姓や名(複数)をカタカナで表記して区切る際は「・」を用いる】が一般的でしょう。というのも、「゠」や「=」で区切る場合は、別の意味があるケースが多いからです。
「複合姓/二重姓」や「複合名/二重名」などという言葉を聞いたことはあるでしょうか。
簡単に言えば【複数の姓や名を、二つでワンセットにしたもの】です。
例えばオーストリア皇帝系統の「ハプスブルグ家」。ここの家名は「Haus Habsburg-Lothringen」と綴ります。カタカナ表記だと「ハプスブルグ=ロートリンゲン」家です。マリア・テレジア女帝から始まる家系名でして、マリア・テレジアの家名「ハプスブルグ」と、夫フランツの家名「ロートリンゲン」(von Lothringen)を組み合わせたものです。意味としては“男系はロートリンゲン家系のハプスブルグ家”という所でしょうか。
このように、故在って複数の家名を同時に名乗る場合「複合姓」となります。お互いの家名を捨てられない場合や、分家したり婚姻関係が複雑になったため系統を明らかにする目的などで用いられます。現代日本でも国際結婚などで時折みられます。(「クルム伊達」選手とかですね)
ラテン文字(アルファベット)表記の場合、複合姓は「-」(ハイフン)で結びます。それが日本語カタカナ表記になる場合は、通常「゠」(ダブルハイフン)もしくは、その代用として「=」(イコール)に変わります。
このパターンは名前にもあって、ミドルネームとは別に複数の名前を同時に名乗りたい、とか、複数の名前の重要さを同じにしたい、とかの理由で、二つの名前をひっつけるのです。
たとえばファッションデザイナーの「ジャン=ポール・ゴルティエ」(Jean-Paul Gaultier)。この「ジャン=ポール」は複合名です。
一方、先述の女帝「マリア・テレジア」(Maria Theresia)。この場合、「マリア」と「テレジア」は《別の》名前です。名前が二つある扱いです。ファーストネームとミドルネームですね。
しかし同じ由来ですがフランス人名などに出てくる「Marie-Thérèse」となると「マリー=テレーズ」という複合名です。この場合、マリー=テレーズで一つの名前(ファーストネームなど)扱いです。
《余談その1》
フランス人名の命名においては、古来「個人の名(固有名)→母方祖父母の名→父方祖父母の名→自らの姓」という四部構成(!)が多く、祖父母(男児は祖父、女児なら祖母名)はそれぞれいますので、これを「複合名」にしたのです。つまり「○○・△△=□□・××」という名前だと、自分固有の名前は○○、祖父母の名前が△△と□□、姓が××です。だから長ったらしい名前になります。
作家サン=テグジュペリ氏の場合、氏名は「アントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・コント・ド・サン=テグジュペリ」です。
「サン=テグジュペリ」が複合姓、「コント・ド」は貴族称号です。「アントワーヌ」が固有のファーストネーム、「マリー」は実母の名前、「ジャン=バティスト」が実父の名(ジャン)と聖者の号(バディスト)の複合名、「ロジェ」が叔父の名でミドルネーム、です。いい加減にしろっと言いたくなります。
なお、画家のピカソの本名が長ったらしいのも有名ですね。スペイン系の場合、父方の姓と母方の姓の両方を姓として名乗りますので、姓が「ルイス・イ・ピカソ」(ルイスが父姓、イ・ピカソが母姓)。それ以外に先祖由来の洗礼名が十二個ほどついています。長すぎて本人も言えなかったそうな。
《余談終わり》
ということで、【複合姓/複合名】と【二つ以上の氏名】を区別するため、複合姓/名「-」(ハイフン)を「゠」(ダブルハイフン)や「=」(イコール)に、通常の氏名の区切り「 」(スペース)を「・」(中点)にして書き記すのが、カタカナ表記の基本形だと思っていただければよいでしょう。
よって、異世界物の登場人物で「由緒正しい生まれ」の人物には、複数の名や姓を「複合姓・名」を現す「=」で結ぶと、それらしく見えます。
『ショウ・セツカ・ニ・ナロウ』より、『ショウ・セツカ・ニ=ナロウ』の方が、高貴なイメージということですね。あくまでイメージに過ぎませんが。
ただ気をつけていただきたいのが、複合姓・複合名はあくまで「ワンセット」です。よって、『ニ=ナロウ』と表記したのなら、ずっと彼の姓は『ニ=ナロウ』と綴るべきで、略して『ナロウ』氏などとは呼べません。上記例示の「サン=テグジュペリ」を「テグジュペリ」だけで呼ばないのと同じです。
これは名前も同じ。『ショウ・セツカ』なら、正式な場で『ショウ』と呼んだり『セツカ』と呼んでも構いません。しかし『ショウ=セツカ』としたなら、彼の名は『ショウ=セツカ』で一つ。略するのは、愛称呼びや私的な場でのみ許されることです。
* * *
高貴な身分といえば「貴族階級」、いわゆる王侯貴族です。彼らを分かりやすく区別するのが【貴族称号】ですね。
近世以降の西洋圏では、貴族称号や表記、呼び方には厳格な規則が登場しました。これに足を突っ込むと、外国語文献に埋もれる泥沼にはまりますので、覚悟を持って望みましょう……。
よって、ここで触れるのは、あくまで簡易な説明です。本当に基本的な話ですが、いろんなバリエーションがあるという一例をご紹介。
『○○・ド・△△』
『○○・フォン・△△』
よく見る表記ですね。これらの「ド」や「フォン」は、いわゆる【貴族称号の定冠詞/前置詞】、貴族階級出身者の証しです。言語圏や国によって異なりますが、よく知られているものとしては以下のようなものがあります。(一部、貴族に限定しないモノを含みます)
※[△△]を姓とします。
【ド・△△】(de):フランス系貴族。カタカナ発音には他に「ドゥ」もあり。
※他に「ラ・△△」(la)も知られるが、これはフランス語の一般的定冠詞。後述。
【フォン・△△】(von):ドイツ語圏系貴族。ゲルマン系の古い家系。
※他に「ツー・△△」(zu)もあり。どちらかというと新興貴族。
【ディ・△△】(di):イタリア系貴族。ただし必ず貴族姓につくという訳では無い。
※他に「デ・△△」(de)もあるが、こちらは一般的定冠詞。貴族に限定しない。
【デ・△△】(de):スペイン系貴族。ただし貴族に限定するものではない。
【ファン・△△】(van):オランダ系貴族。ただし貴族に限定するものではない。
※「ファン」の後に「デ」(de)や「デア」(der)を伴うことも多い。
※画家「フェルメール」の本来の表記は「ファン・デア・メール」です。
敬称なので、呼びかけ時には省略しません。姓とセットで、『フォン・△△』や『ド・△△』と呼ぶのが基本です。
ロシア系や北欧系貴族(スウェーデンやノルウェー)の場合、接頭子や前置詞、定冠詞で区別する慣行がありません。「フォン」がつくケースもありますが、かなり例外です。
なお、ロシア人の姓は男性と女性で綴りが違います。よって、兄弟姉妹で姓が違う音になります。例えば「プーチン」大統領の姉妹や娘の姓は「プーチナ」です。
フランス人の姓で「○○・ド・ラ・△△」となるものがあります。詩人の「ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ」などが有名ですね。
この表記には歴史的経緯も関係します。
もともと上流階級の姓には定冠詞の「ラ」(la)や「ル」(lu)を付けることが多かったので、「ラ・△△」がありました。ただし貴族とは限りません。
それが13世紀頃に法律で『貴族には称号[ド](de)を付ける』と決まりましたので、多くが「ド・△△」に変えました。
しかし由緒正しい家系では、長く用いた「ラ・△△」を使い続け、結果「ド・ラ・△△」が誕生したのです。一概には言えませんが、「ド・ラ・△△」は長い歴史のある家名であることが多いということですね。もしくは拘り派。この場合、「ド」は姓の前置詞、「ラ・△△」が姓の扱いです。
※与太話:【ド・ラ・えもん】は、高貴な姓だったんだ!!(ちがいます)
なお英語の場合。具体的には英国系貴族の場合ですと……面倒くさいです。
よく「サー・○○」などと呼びますが、この「サー」(Sir)は敬称・尊称です。一般人の「ミスター」や「ミズ」の代わりに、地位ある方に呼びかける際の接頭語です。
ならば貴族なら皆「サー・○○」と呼ばれるかというと、違います。
基本的に「サー」(Sir)は、ナイト階級(一代貴族)の方につきます。女性の場合、自身がナイトの称号を得ている場合は「デイム」(Dame)です。
なお、いずれも《名に冠する》称号ですので、「サー・○○(名)・△△(姓)」や「デイム・○○(名)」と呼ぶことはあっても、「サー・△△(姓)」と呼ぶことはありません。
「レディ」の場合、さらに注意が必要です。
「レディ・○○(名)・△△(姓)」や「レディ・○○(名)」のように《名》の前に冠するのは、爵位ある家の令嬢・夫人のみ。
男性ナイトの配偶者は「レディ」(Lady)ですが、「レディ・△△」と《姓》の前につけます。なお、女性ナイトの夫は「ミスター」(Mr.)のままです。
男女ナイトの娘は「ミス・△△」。レディではありません。『そこのお嬢さん!』という意味で「レディ」とだけ呼びかけることはあっても、名前とセットにはしません。
さらに男性は、世襲貴族となると呼び方が変わります。もっというと、呼びかける相手が自分より下級か同等以上かでも変わります。
例えば候・伯・子・男爵の場合は、「ロード・□□(爵位号や領地名)」、下から呼びかける場合は「マイ・ロード」です。爵位が上の方への答礼は「イエス、マイロード」です。「イエス、サー」では失礼になります。
なお、公爵の場合は「デューク」、下から呼びかける場合は「ユア・グレース」となります。王様への呼びかけは「ユア・マジェスティ」(陛下、に相当)、王子などは「ユア・ハイネス」(殿下、に相当)です。基本的に、公式の場で名は呼びません。
…………忘れましょう、こんなもの。
「ロード・□□」などと呼ばれる際の、この「□□」部分。通常は爵位号や領地名です。面倒なのは、姓とは違うことが多い点。
例えば、サンドウィッチ命名由来として有名な「サンドウィッチ伯爵」の場合、彼の名前は「John Montagu, Earl of Sandwich」です。「ジョン」が名前、姓は「モンタギュー」、爵位号が「サンドウィッチ」です。なお、正式には「Earl」(伯爵)の前に「The Right Honourable」がつきます。
よって彼を呼ぶ際は「ロード・サンドウィッチ」(サンドウィッチ卿)と呼ぶことはあっても、「ロード・モンタギュー」(モンタギュー卿)などとは呼びません。また、跡継ぎ長男は、当主が持つ二番目の爵位号を名乗るのが普通だったので、父子で呼び方が異なるのが当たり前でした。
18~19世紀の貴族社会当時も大変面倒なルールだったらしく、どの家のどの人(息子)が、どんな爵位号で呼ばれるのかを確認するための『貴族年鑑』(デブレットやゴータが有名)は毎年のベストセラー(社交界デビューや婚姻で増減変化が大きい)で貴族教養の必須教材でした。お貴族様相手も楽じゃない。
* * *
さて、当たり前のように「姓」を取り上げて書いてきましたが、古代から中世前期までは「姓」(ファミリー・ネーム)にあたるものが存在する文化は少数派でした。ゲルマン系やノルマン系、サクソン系、ケルト系などの、現在の西洋諸国の主流である民族文化においては「姓」という概念はあまりなく、重要なのは「氏族名」(ゲール人の「クラン」など)でした。これは古代ローマ時代にも遡ります。
ローマの英雄「ユリウス・カエサル」(ジュリアス・シーザー)。
彼の本来の氏名は「ガイウス・ユリウス・カエサル」です。
この名前の構成は、一番目が「個人名」(ガイウス)、二番目が「氏族名」(ユリウス)、三番目が「家族名」(カエサル)です。『ユリウス氏族である、カエサル家のガイウスさん』ということですね。
古代ローマは共和制前期の頃から、この「氏族」が幅をきかせておりました。特に上流階級においては、どの氏族出身かである意味将来が決まるほど。表記では二番目に来る「氏族名」はアイデンティティの一つだったのです。
一方で、実は個人名にはあまりバリエーションがありませんでした。同姓同名がかなり多く、親子で同じ名前というのも多かったのです。「ガイウス・ユリウス・カエサル」も同時代に複数人いたそうです。
よって著名人などになると、「添え名」と呼ばれる公式のニックネームを持つことになります。これは基本的に最後(四番目)につきます。
カルタゴのハンニバルとの戦いで有名な「スキピオ」の場合、正式名称は「プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル」です。五つに別れるのは、後ろ二つが「添え名」など生来の氏名ではないから、ですね。「アフリカヌス」が“添え名”で、彼は養子(小スキピオ)も有名人であり「プブリウス・コルネリウス・スキピオ」の同姓同名で添え名も同じのため、区別として「マイヨル(Major/大)」がさらにつきます。
ローマ初代皇帝「アウグストゥス」は本来“添え名”でしたが、後に家名(三番目)として世襲されています。
ちなみに。女性陣の固有名はもっと酷くて、大概は「○○氏族・○○家の娘」という意味の名前でした。「ユリア」はユリウス氏族の娘(なので、カエサルの娘もユリア)、「アグリッピーナ」はアグリッパ家の娘という意味です。同姓同名だらけになります。というより『個人名を持っていない』と称した方が正しいでしょう。
それでは、ローマ以降はどうでしょうか。
先に記したように、ゲルマンやケルト、フランク、デーンなどの民族は部族社会で「氏族名」を意識することはあっても『○○家の人間』という意味での「家族名」は持ちませんでした。
北欧伝承などでよく、『○○と△△の子、□□!』という名乗りを目にしたことはないでしょうか。
当時、固有名を名乗る際には、「自分の親は誰か」ということを接頭語として名乗るパターンが原則でした。たいていは父親だけですが、場合によっては祖父の名も付けたり、母方が由緒正しい場合は母の名や母方祖父の名を冠することもあります。
『××の末裔、○○の子、□□!』とか、『××の娘△△の子、□□!』とかですね。家系図を名乗るようなものです。
時代が下ってくると、この形の代わりに「家名」を名乗るようになりました。姓の登場です。
で、どんな姓を付けたか。
伝統を重んじた……といえば格好良いのですが、そのまんま『○○の息子』や『△△の娘』を意味する姓となったものが多くあります。
表現は言語によって大きく異なりますが、有名どころでは以下のようなものがあります。
【マック△△/マク△△】(Mac/Mc)…スコットランド系。マッカーサー(MacArthur)ならアーサーの息子。
【オ△△】(O’△△)…アイルランド系。オニール(O'Neal)ならニールの息子。
※Mac/McとO’の場合、次ぎに続く英字の頭は大文字になります。またO’の「’」は必須です。
【フィッツ△△】(Fitz△△)…ノルマン系。フィッツジェラルド(Fitzgerld)ならジェラルドの息子。なお、庶子が独立家名を名乗るケースで使われることが多かった。“フィッツロイ(Fitzroy)”は、そのまま「王の庶子」を意味する。
【△△セン/△△ソン】(△△sen/△△son)…デーン系やノース系。アンデルセン(Andersen)ならアンデルスの息子。
※ただし、北欧やアイスランドでは現代まで「親子で名字は変わっていく」習慣があったため、ややこしい。「ヨハン・アンデルセン」の息子は「○○・ヨハンセン」にするのだとか……。なお娘だと父の名にドッティル(dottir)を付けて「△△・ヨハンドッティル」になります。20世紀始めまでこのルール、現役でした。やめて欲しい。
《別バージョン》
【△△ネン】(△△nen)…フィンランド系。もとは「小さい」という意味で、一族の出身地名を冠することが多い。ハッキネンやコルホネンなど、△△ネンで終わる姓なら、だいたいフィンランド系(フィン人)。面白姓として有名な「アホネン」も同様。
【イブン・○○/ビン・○○】(ibn・○○/bin・○○)…アラビア系。○○の息子。なお、アラビア系では“○○の息子”を先祖代々つなげるので、「××・イブン・○○・イブン・△△」みたいな名乗りも多いです。正確には姓ではなく、名の一部。
《余談その2》
ロシア人の名付けルールは一筋縄では行きません。
まず、ロシア人の姓は男性と女性で綴りが違います。よって、兄弟姉妹で姓が違う音になります。例えば「トルストイ」姓の妻・姉妹・娘は「トルスターヤ」です。
また、ロシア人の氏名は必ず“三部構成”です。「固有名」「父称」「姓」の三要素から成り立っています。先に述べたように、「○○の息子」を意味する《新しい姓》を付ける慣例がありますが、ロシア系では採用されませんでした。代わりに「○○の息子」を意味する《記号》を名前に組み込んだのです。息子には「○○ヴィッチ」、娘には「○○ヴィナ」を付けます。ロシア人名の二番目を見れば、その人の父親の名前が分かります。その代わり《固有名としての名前》は常に一つで、ミドルネームに相当するものはありません。
さらに、ロシア人の《名》は種類が決まっており(男女合わせても100も無い)、それぞれに《愛称》があります。有名どころでは「アレクサンドル」を「サーシャ」呼びする、とかですね。この《愛称》は一つの《名》で様々なバリエーションがあります。なお《愛称》であって《省略形》ではありません。例えば「イワン」の《愛称》「ヴァーネチカ」のように長くなるものが多いです。
《余談終わり》
一定の法則がない姓の文化圏においては、基本的に特徴ある地名や職業に由来する姓が多いです。
「ハプスブルグ家」なら“鷹の城”に由来する地名、「ブルボン家」ならケルト語の“泥”に由来する地名ですね。同じフランス王家でも「カペー家」だと、創始者のあだ名(外套を意味するcapet)が家名の由来になっています。イギリスの「プランタジネット家」は、その紋章として使った“エニシダ”(planta genesta)が由来です。ロスチャイルド家も、ドイツ語読みのロートシルトは“赤い楯”の意味で、かつての居住地に由来するとか。
英語だと、姓の末尾が「~トン」(~ton)や「~リィ(~ley)」「~フォード(~ford)」は地名由来の姓です。それぞれ「~トン」は“領地・囲い地”、「~リィ」は“森の側”、「~フォード」は“浅瀬の近く”です。
職業などに由来するものとしては、イギリス王室(スコットランド王家)の「スチュアート家」は、もともと「宮宰」(宰相に相当)を意味する“Steward”から来ています。
古英語で“職人”のことを「smith」と言いましたので、「スミス」姓は職人階級ですね。「フィッシャー」姓は“漁師”、「ミラー」姓は“粉挽き屋”、「メーソン」は“石工”です。少し上の職業だと「ウォード」は“守衛”、「リーヴ」は“地方監督官”、「スペンサー」は“食品倉庫の管理人”です。
ドイツ系の「シュナイダー」姓は“仕立て屋”、「ワーグナー」姓は“馬車大工”、「シューベルト」は“靴屋”です。
面白い職業姓としては、スペイン語系で「ラドローン」という姓がありますが、これ“どろぼう”の意味。……職業姓?
他に良くあるケースとしては、創始者(先祖)の身体的特徴を姓にするものも数多くあります。要は、ご先祖様のあだ名です。“赤毛の○○”が「ラッセル」や「リード」、“色白の○○”が「ホワイト」や「ベインズ」、“のっぽの○○”が「ラング」などですね。
ただ、元が“あだ名”なので、由来が酷いものも幾つかあります。
「キャメロン」は“ねじれ鼻”、「ケネディ」は“醜い頭”、「キャンベル」は“ねじれた口”とかです。酷すぎる。ですが、この三つの姓。現在の英国ではありふれた姓……知らなかったことにしましょう、そうしましょう。
姓を付ける場合の話をしてきましたが、西洋文化圏でも庶民は姓がなかったのも事実。後の世で有名になった際に、出身地名や領主の名を代わりに用いることがほとんどです。有名どころでは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は『ヴィンチ出身のレオナルドさん』という意味です。
なお、現代においても「姓」を使わない文化は残っています。皆様にも身近なところでは、モンゴルやミャンマー(ビルマ)などがそうです。
モンゴルは五部七旗などに代表される部族制のため、家名としての姓は使いません。元横綱朝青龍は「ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ」と表記されますが、最初の「ドルゴルスレン」はお父さんの名前で、それに所有格(○○の息子の意味)をつけて「ドルゴルスレンギーン」がいわば姓、「ダグワドルジ」が個人名です。しかし正式には「姓」がないという文化です。兄弟姉妹は同じでも、子どもは違う。
同様にビルマ系も姓がありません。個人が複数の名を持つパターンです。
日本人に最もよく知られているビルマ人としては「アウンサンスーチー」女史がいます。よく「スー・チー」女史や、「アウン・サン・スー・チー」女史と、略したり中点で区切ったりしますが、本来は「アウン サン スー チー」で固有名です。敢えて中点は入れませんでした。繋げて「アウンサンスーチー」とするのが正しいでしょう。彼女の場合、父の名(アウン サン)が第一名(戸籍登録名)に含まれているため、「アウンサン」が“姓”扱いされてしまうのですね。
彼女をきちんと呼ぶ場合は、「ドー・アウンサンスーチー」となります。ドーは敬称ですが、自分で名乗る時にも使います。日本語で言うなら自分の名前に様付けするようなものですが、これがあちらの文化です。
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以上、現実社会(主に西洋)での名前表記について、基本的な「雑学」を記してきました。人によっては当たり前過ぎることも多いとは思いますが、少しでも「へー、そーなんだー」と思っていただければ嬉しいです。
■2017.05.09■改稿版の投稿に伴い、本作は5月末をもって「検索除外」とさせていただきます。