8 光一
僕の脳裏には『ビリッ』ではなく『ビビビッ』という程のショックが有った。
頭の中で、僕の存在を否定する何かと戦いながら、その記憶を受け入れて、なお激しく悶える。
僕は、青葉台学園の1年A組の坂本 光だ。
今年で15歳、彼女いない歴も同じ、好きなものは乙女ゲーで一般家庭の4人家族の長男、両親は健在で1つ年下の妹がいる。
だから、沖田 光一じゃない。
同じ15歳って唯の偶然だし、剣術使いではない。
シルフィーをフィーって呼んでいるのはお前の亡霊が僕にさせたのか?
それで、何を語りたい。
僕に何を伝えたいのか?
刀を持ったままフラフラと身体がソファから転げ落ちる感じがするが、僕の目の前の情景はテーブルも紅茶が入ったカップも見えない。
シルフィンやダイアナの悲鳴が聞こえるが、目を開ける事が出来ない。
オーラを駆使して、身体の統制を図ろうとするが、全く効果が無く、意識はいきなり現れた暗雲の様な塊に吸い込まれた。
……ここは?
暗雲を抜けると、そこはだだっ広い草原の中に僕だけが1人立っていた。
「よく来たな」
声を掛けられて、振り向くと、そこに草原の中に立つ『もう1人の僕』がいる。
「お前は誰?」
「俺か? 俺は、光一だ」
不敵な笑みを浮かべながら答えるが、それ以上は話してくれない。
「勝手に僕の記憶に入り込むな」
「なにか、勘違いをしているね。光、お前の記憶は俺の記憶の延長線の上にある15年分の記憶だけだ。だから、この記憶も身体も俺の物だ」
光一と名乗った相手は、不敵に笑う。
『違う。僕は僕だし、ここで認めると身体を乗っ取られてしまう。
どうしよう。
どうしたらいいのか?
心の中で念じてみよう……、僕が僕である事は普遍の事実なのだから、ここで負けはしない』
草原の中は軽やかな風が吹き渡っているのだろう。
頬に微かに感じる風が心地よい。
目を開けると光一が刀を抜いて近づいてくる。
あと5メートル、3メートル、2メートル。
もう少しで刀が届く。
目の前の光一が止まり、刀を抜く。
一瞬でヒラリと僕のを切り刻む……と思われたが、光一はするりと僕に重なった。
言葉どおり、光一の身体が僕の身体の中に消えた。
その瞬間、僕の頭の中に再び怒濤のごとく記憶という記憶が流れ込んでくる。
『ふっ、これでお前は光ではなく。光一を内在させる光になった』
その言葉が頭に直接響き渡ると、草原の風景も記憶の流入も収まったみたいだ。
まだ、記憶の混乱はあるものの。
◇◇◇
「………くん。ひかる君」
身体が揺り動かされる。
んっ、きついんだけど。
「光君」
目を開くと、どアップのシルフィンがいる。
「ただいま。フィー」
混乱した記憶の中で、呼び名を探すと『フィー』という言葉しか浮かばなかった。
シルフィンという名前を知ってはいるが、こちらの方が良いように何故か思える。
いつの間にかソファに横になっている。
しかもフィーの膝の上に横たわって……。
「なあ、フィー。これを懐かしいと感じているんだけど?」
「ふーん。少しは思い出したみたいね。光一にはよくしてあげたわ」
「そうか。だからか」
光一の記憶は、僕の中に眠っていたのは確かだった。
その鍵は、この刀に起因している。
刀が僕の鍵だった訳か……。
フィーの膝の上から起きあがり、床に降りたって『遙』を抜いた。
思ったよりも軽い。
光一の記憶を辿り念を飛ばして、オーラを注入していく。
刀身がゆらぎ始めて輝き出すと共に、オーラが具現化し始める。
やがて、80cmの刀身が伸びて1.2m程の光り輝く刀に変貌する。
記憶にあったとおりの刀だ。
「光一なのね。
光君じゃなく、光一なのよね。
お帰りなさい。とっても、とっても会いたかった。
ずっと、待ってた。
私、ずっとずっと待ってたわ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした女神の頭を無言で撫で、オーラを消してから刀を鞘に戻した。
「バレたか。フィー、待たせた。だが、僕は光というのが正解だ。光に光一の記憶が蘇っただけ。あとのことは光が判断する」
「待たせた」と言った途端にシルフィンは僕に抱きついてくる。
僕の最後の言葉を聞いて無かったのか?
僕は光なんだけど……。
光一の全ての記憶が僕の中にあるから慌てはしないが。
それに、いまは光一の記憶を基に僕の身体は勝手に動いている。
フィーの腰を軽く引き寄せて更に頭を抱き寄せる。
……言葉に出来ない安心感。
幸福という言葉が僕の心に浮かんで来る。
光一が残した使命を果たすために、光の身体を借りなければならないらしい。
光一として死ぬ前に、来世での役目を果たすために残した最後の切り札。
それが今、解き放たれる。
光……、済まない。
そんな念が伝わってくる。
この身体は生きて返すから、少しだけ手伝え。
あとは、お前の人生を歩んで良いから……。
フィーにも邪魔はさせない。
そうは言いながらも、僕には拒否権という選択肢は全く無かった。
でも、分かる。
光一の気持ちがとても良く分かった。
これじゃあ、手伝わない訳にはいかない。
昔の僕の大切な思いをなんとかしてやらないと。
もう、迷うなんて出来ない。
光の生活も大事だが、少しだけ寄り道してもいいだろう。
光一のフィーに対する想いを知った時から僕はこの運命を受け入れた。