7 どうしよう?
神殿の中の片付けは意外と早かった。
心の中で弁償のことだけ考えている内にシルフィンが魔法で復元してくれている。
家具を触るが、キズ1つ無い。
――すげぇ!
よしっ! これで僕の責任は無くなった。
さあ、帰ろう。
もう帰して貰おう。
実は気になっているんだ。
いつか、前の生活に戻れるのるなら、どのように戻れるのか次第で覚悟を決めないといけない。
浦島太郎状態なら、生活保護を受けて死ぬのを待てばいいが……。
また赤ちゃんからやり直しとか、中年で放り出されたら身も蓋もない。
勉強も中途半端で、稼ぐ手段もないじゃないか……。
最低限の保証が欲しい。
シルフィンも凄い力があるのなら、僕をちゃんとした時間に戻す事ぐらいは簡単に出来るはずだよね。
そうでなければ…………。
どうしよう?
粗方の片づけが終わり、僕達はソファに腰を下ろして紅茶を頂いた。
この頃は僕がお酒を飲めないという事から、下界の食べ物と飲み物をなるべく用意してくれている。
そして、シルフィンは僕の隣に座る事がさも当然という様に振る舞っている。
それは、それとして少しは嬉しい。
リア充って、こんな感じなのかな?
さて、話してみるか。
「ねえ、シルフィン。僕を少しだけでも家に帰してくれないか?」
シルフィンはお茶を飲む姿勢でピタリと止まり、ゆっくりとカップを小皿に載せてから僕の顔の前で左手を上下させる。
「あのね。ちゃんと起きてるから」
「じゃあ、光君は私達を見捨てるのね」
シルフィンはどこから出したのかハンカチを握り、目に当てている。
「シルフィン。お前は変なドラマの見過ぎ! それに僕には光一の様には振る舞えないし、肝心な理由が無い」
「あら、理由はあるわ。まずはあなたが勇者であること。次に私のお願い。 以上!」とシルフィンは得意げに言い放つ。
僕は瞬時に後ろ手に中指を丸めて親指で軽く止め、シルフィンの美しい額に当てて、親指の力を抜いた。
『ぺちん』と鈍い音がして、シルフィンが怒り出す筈だった、が……怒らない。
「いったーい」
可愛い声を出して両手をおでこに当てて、涙目で僕を睨むシルフィンの顔は、……超可愛い。
ダメだ。これは乙女ゲーでは無いのだから、ここは心を鬼にするしかない。
その瞬間に『ゴン』といきなり目から星が飛び出るような痛みが後頭部から湧き起こる。
「光殿。シルフィン様にデコピンなんて、無礼も甚だしい」
「あてててっ」
後頭部をさすりながら後を振り返ると、短剣の鞘で僕の頭を小突いたらしきダイアナがそれを腰に仕舞っている。そっちが断然痛いんだよ。
「勇者殿も女神相手に変な事は許されない。どうせ倒すなら、堕天使にしろ」
睨みを利かせた顔は本気モードな話だ。
ここは、ダイアナと話すよりはシルフィンと話して場を落ち着かせよう。
ダイアナとの話で失敗すると、また何かの訓練をさせられるから嫌なんだ。
「ごめん。痛かった?」
両手を合わせてゴメンのポーズを決める。
まだ涙目のシルフィンはやっぱり可愛いと思いながらも上目遣いのシルフィンを見ると胸に込み上げてくる特別な感情を意識してしまう。
「いーえ。デコピンよりも光君の言葉の方が胸に刺さったままで痛いんですけど」
うーっ、そう来たか。
結構、恨み深い女神だな。
「じゃあ僕がここでの任務を終えたら、帰してくれるのはどうかな? 僕も前の所でやり残した事もあるし」
シルフィンは目を細めて手招きでダイアナを呼び寄せるとダイアナとコソコソ話をし始めた。
ダイアナがしきりと頷く仕草を見るだけで、僕も不安になって来てしまう。
「光殿、シルフィン様は了解した。しかし、貴様の役目は簡単には終わらない。それでも良いか?」
おおっ、やった。
女神の呪いも解けているから、これで青葉台学園でのリア充も手に入ったも同然だ。
それにやりかけの乙女ゲーも終わらせたいし、買い置きの乙女ゲーもクリアしておきたい。
これぞ青春だ。
やっと僕の青春が帰ってくる。
「やっぱり、私よりも乙女ゲームとやらが重要なの?」
シルフィンが僕の心を読んだようだ。
オーラで考えを読まれないようにしていたが……。
「ふぅ、ダイアナに手伝って貰って、あなたの考えを少しばかり可視化させてもらったわ。
それはいいけど、……なんで私が2次元に負けるのよ?」
――そ、それは卑怯な!
人の考えは勝手に読んではダメなんだぞ。
それに、2次元の良さは3次元のものでは分からないと思うし。
「シルフィン、君は最高に可愛いし、素晴らしく魅力もある。
でも、2次元は、……2次元のヒロイン達は裏切らない。嘘つかない。年取らない。それに加え可愛い声だし、プロポーションも最高だ!!」
「ふーん。私は、光を裏切った事はないし、嘘言わないし、ずっと若いし。残りの2つはさっき光が言ってた言葉に含まれてるよね」
……た、確かに。
シルフィンは2次元ヒロインを3次元に連れてきた理想の女の子と言えよう。
だが、ここでは肝心な事が言えない。
つまり、エロいこと。
こればかりは女神様にお願いは出来ないだろう。
あられもない姿をして欲しいって……、天罰が当たってしまう。
んっ、シルフィンって……、光一の記憶の中では天使だったよね?
なんで女神なのか?
抱え込んだ頭を放して、再びシルフィンの顔をじっと見る。
それも穴が空く程。
「……な、なんなの? 私の顔に何かついてるの?」
怪訝そうな顔つきでシルフィンが僕を見詰め返す。
「いや、フィーはいつから女神様なの?」
怪しまれたままでは嫌なので、さっき思った事をそのまま口に出してみた。
「えっ、光君。いっ、いまフィーって呼んでくれた。記憶が戻ったのね!!」
「えっ、そう言ったかな? ごめん。覚えてない」
ああ、無意識に呼んだのか?
転生って本当だったのかな?
「ねえ。それならこれを見たら思い出すかも知れない。ダイアナ、光君にアレを持ってきて」
僕の質問には答えず、シルフィンはダイアナをソワソワとしながら待っている。
『僕の質問は?』って聞いたら怒られそうな感じだから黙っておこう。
じれったい時間が流れるが、ダイアナが持ってきた物でソワソワした理由が分かる。
一振りの日本刀。
これには見覚えがある。
「はい、どうぞ」
そう言って、僕に刀を差し出すシルフィンの笑顔は極上と言えよう。
無意識に手を出して、刀を手にする。
その瞬間に僕の脳裏に電流が流れるようなショックが襲った。