5 虹色の羽
この神殿の持ち主は女神様というのはよく分かった。
それとダイアナが侍従長兼親衛隊長とのことも。
その肩書きには子守という別名も隠されているだろうな。
ある程度の試練を乗り越えたいま、やっと周りの天使達が見え始めた。
ダイアナの後ろに3人いるのは見えていた。
そして、所々にも朧げに見えてはいたが、こんなにいるとは想像していなかった。
いま姿が見えるだけで総勢で30人はいるだろう。
シルフィンが女神という実感もやっと心の中で追い付いて来た。
神殿も隅々までは光に包まれて、あまり視認出来なかったから、はっきり見えるようになってから驚きはかなりのものだった。
まるで、西洋の貴族の城のように流線形のテーブルや椅子という調度が広間にはセンス良く置かれている。
素人目でも豪華なものと簡単に思える。
しかしな。
こんな場所に学生服姿の僕は、浮いている。
なんだか恥ずかしくなってくる。
シルフィンやダイアナの美貌は突出しているが、他の方々もかなり美しい。
まず、こんなレベルは下界では拝めない。
しかし、よく見てみるとシルフィンやダイアナの美しさは他のみんなとそう変わらないのかもしれない。
だが、身に纏うオーラというか、威厳というか、神秘さが桁違い。
だからだろうか、全身の輝き方が違って見える。
それにしても、神殿の中には女性しかいない。
そう思うと急に緊張して来た。
小心ものということを思い出したよ。
自慢じゃないが、女子とは長らく話したことはない。最後にいつ話したかなんて覚えていない。
……僕ってなんて、不憫なヤツだったんだろう。
もう考えるのはよそう。
段々と惨めになって来たよ。
いまから、シルフィンとダイアナと3人で豪華なテーブルを囲んで再び昨日の復習が行われる。
簡単な概要だけでは足り無いから、今日は少し難しい話になりそうだ。
僕にしても自分の身の振り方も考えなければならないから、かなり重要な話と思う。
昨日は真面目に聞いてなかったから、今日はきちんと聞いておこう。
フロンティアは、現世では別名バルハラと言われているらしい。
別名では中有界とも呼ばれているとのこと。
天界と魔界の間にあって、そこで勢力を拡大する者を討伐することが勇者の役目だ。
フロンティアでは、天使は力があまり通じない。
正確には、かなり効果が消されるらしい。
フロンティアでの敵は堕天使、そもそも元は天使なわけで、半分以上は闇の力を取り入れている。
つまり、元天使に対して天使の力は通じない。
光の存在には光の力が半減してしまうためだ。
それに加えて、悪の力の大きさにより取り込まれる天使もいるらしい。
そんな訳で天使の防衛策は、幸福系の魔法でバリアーを作るのみ。いまの対策は大きな結界を作り出して、こちら側を守るだけとなっている。
しかし、防御だけでは食い止める事は叶わず、バランスが崩れ始めて来たから、勇者の出番が必要となった訳だった。
天使はその存在の性質上、悪魔以外は攻撃することが出来ないらしい。
その理由は簡単で、天使だからだ。
天使は良い行いをすることが当然だから、自ら争いを起こすことはありえない。
堕天使を攻略出来ない理由もここにある。
堕天使が魔物に近く光を無くした場合は、例外的に攻撃出来るらしいが……。
魔界からしてみると、堕天使が領土を広げた後に徐々にバルハラに進行すれば良いだけのことだから、堕天使の応援側に回っているとのこと。
この頃はバルハラにかなりの魔物が出現しているという情報もあるそうだ。
魔王が棚からぼた餅状態を積極的に待っているのか?
だから、魔物と闘うため天使も参加して勇者のパーティを組むことになっている。
天使と勇者のパーティによりバルハラの掃討作戦を行って、天界の体制を整えたいとの話で、だいたい理屈は分かったのだか、1つだけ分からないことがある。
僕が選ばれた理由に尽きる。
ただの平凡な高校生に戦えというのは酷ではないか?
そんなご無体な事を神や天使とかの偉い方々がすることではない。
「あなたは、勇者の生まれ変わりだから」という怪しげな言葉を信用する気はない。
あと1000回程転生すれば思い出すと言われたが丁重に御断りしましたよ。
更に1000回も死ねって、かなり鬼だよね。
それも分からないのか?
「これを見て」
シルフィンは僕の思考を読んだのか、右掌に円球を出現させる。
そこに映し出されたものには見覚えがあった。
金色に輝き、七色の光を放つ不思議な羽。
昔、幼稚園の頃に仲が良かった隣に住む女の子、つまり幼なじみの女の子が引っ越す時に記念にくれたものだった。
結構可愛いくて、よく遊んだことは僕の人生の中では大切な思い出になっている。
何故、こんな物があるのだろうか?
どうして、これのことを知っているのだろうか?
まあ、神様というだけのことはあるが、いったい何の繋がりがあるかは理解不可能だし、これっていまも大事なものなんだよね。
唯一の甘い思い出といっても良い。
その甘い思い出も苦い思い出に変わるのは数分も必要無かった。
「ふーん、その羽を知ってることが不思議なんだ。でも、まだ思い出さないかな。
それはね。私があなたにあげたものだから、知ってて当然だよ」
「……じゃあ、僕はこんな女神の羽を大事に持っていたのか?」
「こんな……はないでしょう。
その羽はね。私の魔法が掛けてあったのよ。
あなたがいつも肌身離さず持っているようにということと。
あともう一つ肝心な事があるんだよ。
それは……聞きたい?」
シルフィンが悪戯っ子の様に笑っている。
この笑いはろくなことではない証拠だ。
聞か無い方が賢明だよね。
知らなかったら、怒らないで済むもんね。
「聞きたくない。なんか、黒歴史につながっているみたいに思える」
「まあ、そう言わないの」
ぷくっと頬を膨らませている所は僕のツボにハマる。
……可愛い。
再び悪戯っ子の様な微笑みを見せた後に衝撃の一言が待っていた。
「それってね。女の子除けの強力な魔法まで掛けてあるんだよ」
……えっ!?
そ、それって、今まで女の子と縁が無かったのはこれのせいなのか?
はっきり言って、でっけえ迷惑を小さな頃から仕込んでやがったんだ。
もう許さん。
1発殴ってやる。
「だって、人間界からこっちに帰るときに、あなたを他の人に取られないようにって思ったからだよ。
私の気持ち、後ろ髪を引かれる気持ちが分からないなんて言わないでよね」
うっ、こんな事を言われたら殴れないじゃないか。
つまり、幼児にしてちびっこ女神を射止めていたわけね。
納得いった。って訳ないじゃん!
暗い青春を与えやがったのか! しかも今も無理難題を吹っ掛けているし。
そろそろ平穏な暮らしが恋しくなってきた。
やっぱり、勇者を辞退して帰してもらおう。
勇者を辞退できないなら、早めに片付けてからでもいいから、なんとか高校生活を取り戻したい。
それに結婚なんて全く考えられないし。
「じゃあ、そろそろ覚醒しましょう」
またもや脳天気な声で先に進もうとする。
覚醒したら、後戻りは考えられない。
「……僕は、勇者を辞退します!」
決心して言った僕の大きな声は神殿内に響き渡った。
一瞬、しーんとしてしまう。
作業をしている人も固まったまま。
そして、20秒後には何事もなかった様にみんなも動き出した。
「さあ、覚醒しますね」
って、こらっ!
さっきの僕の言葉は無視ですかい。
こいつらに脳みそはあるんだろうか?
知らないうちにシルフィンの手には金色の羽が手に握られていた。
それは、鞄の中に大事に仕舞っていたものだ。
「さあ、これを右手に持って下さい」との言葉に従って握ると七色の光が波動とともに発せられたのが目に見える。
虹色の輝きが大きくなり、僕を飲み込むとともに硬化する。
内側には全ての光が集まったように輝きに満ちている。
ただ、不思議なことに目を開けていてもまぶしさは無い。
しばらくして、光が僕の中に宿る感じがして、それが終わると真っ暗になったが、闇の中で全てを見渡す能力が備わっていることを認識してしまった。
さて、光は覚醒するのでしようか?
次回のお楽しみということで。