2 女神様?
だんだん目の前が暗転ブラックアウトしていく。
これで果たして何回めだろう?
なんで、僕がこんな事をしないといけないのだろうか?
こんなことはいい加減、辞めたいんですけど。
――果てしなく湧き起こる疑問。
しかし、いまはそんなことはどうでもいい。
やっと最後の時が来たみたいだ。
腹部を貫いた鋭い爪が致命傷になり、出血死が近づいている。
右腕も爪によって切り落とされ、数々の木の枝が全身に刺さっている。
痛いなんてものではない。
言葉で表現するならこの世の地獄と言えよう。
だが、痛いのは最初の頃だけ。
既に痛覚は機能していない。
脳の機能が止まりかけているのだろう。
痛覚以外の感覚にも徐々に影響し始めたのか、視覚も霞んでいる。
全ての感覚は無くなり、僕の生命の終焉を迎えつつある。
ふっと身体を取り巻く重苦しさが無くなった。
身体から魂が抜ける感覚。
ああ、やっと楽になった。
僕の感覚は身体が有った頃に比べ、格段に鋭くなっている。
僕の魂は身体を離れ、いまは高速で移動を始めている。
しかし、この動きは俺の意志では無い。
見た目には、生前の身体がうっすら見えるが、輝いた魂が剥き出しのまま。
そのまま雲を突き抜けて、一瞬のうちに光だけの眩しい空間に来る。
そこは、まるでギリシャの古き神殿が新しく再現されたかのような輝きを放つ異質の場所である。
僕の魂は神殿の中央に祭られている祭壇上の七色に光る不思議な円球の中に吸い込まれるように固定された。まるで磁石のS極とN極の関係の様に吸い付くような感じがする。
ここで霊体の状態で身体の輪郭は透けた形が消え失せる
「はぁ〜っ、またダメだったのですか?」
「シルフィン様、仕方ないと思いますわ」
「どうして? ダイアナ?」
シルフィンと呼ばれた少女は『訳が分からない』といった顔でもう1人の少女の顔を見ている。
「それはいくら訓練といえども、いきなり野生の魔物には素手で勝てません。
しかも騎士でも魔法使いでも無く、元はただの人間だったのですから。
まあ、この結果は当然です」
『なんで分からないのか』といった面持ちで問いかけられたダイアナと呼ばれた少女は丁寧かつ多少不遜な言葉で説明するが、シルフィンという名の少女は意に介さない。
「うううっ……ダイアナは意地悪ね。
一生懸命戦ってくれた光君に悪いわ」
シルフィンという名の少女は、ムキになって言い返すが相手が一枚上手のようだ。
「そんなジト目をしてもダメです。
人間界に行ってから、変な事ばかり覚えておいでになって……。
それにシルフィン様はもっと勝ちにこだわらないと。
そろそろ、追試ですから、このままでは神様に怒られますよ。
次は、点数次第で落第なのでしょう?」
「はいはい。ダイアナ。
その話題は耳が痛いから話はここまでね。
じゃあ、そろそろ生き返えってもらいましょう」
少女が僕の魂を抱き込んで両手をかざすと、七色の光が僕の魂を包み込んだ。
そして、そのまま地面というか、白っぽい雲の上に僕の魂を載せる。
この雲はふかふかしていて、布団のようで気持ちが良い。
影のようになっていた輪郭がハッキリとし始めて、眩しい程の光を放ちながら僕の身体は復元した。
少女の使う魔法のお陰ではあるが、その少女のために何回も死んでいる身になれば、当然の事としか思えない。
そもそも、なんで僕が勇者なんて職業をしなければいけないのか?
普通の平凡な高校生を召還して勇者に仕立て上げるなんて外道もいいところだ。
◇◇◇
「坂本殿 答えなさい」
銀髪の美少女から剣を首に押しつけられながら脅される構図は、今までプレイした乙女ゲーの中には無い新たな分野だ。
それに楽しいゲームをするのは趣味だが、無理ゲーは好みじゃない。
「おい、坂本殿。これはゲームではない」
銀髪の美少女……、ダイアナが僕の考えを読んで激昂している。
そんなに怒ると眉間に皺が寄ってるし、嫁に行けないぞ。
「だから、嫁ってなんなの?」
いかんいかん。
心を読まれているから、変な事は考えるなよ。
無心、無心、無心……。
んっ、ダイアナとシルフィンってどちらが胸が大きいんだろう?
その刹那『ヒュン』と音がして僕の前髪が1.5センチの幅で2カ所が一瞬にして見事に切り落とされた。
ちなみに僕の前髪は伸ばしていて、簾のようになっている。
まあ、全体的に長めにしているんだ。って訳ではなくて、この場にやって来てからというもの、どうしてか成長が早まっているから髪の毛は結果的に全体が長くなっている。
前髪を切れば、まんま女の子にも見えるだろう。
ええ、僕は女顔で色白ですから、今まで間違われる事は大変多かったとカミングアウトしておきますね。
しかし、ちょうど目の所だけを2カ所切りやがったダイアナのナイフ裁きには脱帽だ。
しかもジト目で見ているし、ナイフもまだ握っている。
冷や汗と脂汗がどっと滲んでくる。
『ごめんなさい。ダイアナさん、済みませんでした』と口には出さずに心から謝る。
『カチンっ』と音がしてナイフはダイアナのベルトに収まった。
「えっと、シルフィンとは確かにキスをした。でもそれ以上は何もしていない」
ダイアナの質問に答えながら、僕の横にいるシルフィンの反応を見ると明らかにおかしい。
まあ、キスしたって公言して欲しくない気持ちは分からないでもないが。
「それでは、坂本殿は自覚はあるのでしょうね?」
えっ、自覚って……、確かに彼氏にはなってる…と思うよ。
じっとシルフィンの顔を見つめると何故かポっと頬を赤く染める。
「いま、自覚はあると考えましたね。それでは、シルフィン様はどうですか?」
「ええ、この方以外にはおりません」
こんな時だけ、キッパリと言い放つ。
はい、この女神はかなりズレてらっしゃいますね。
僕は迷惑なんですけど。
「じゃあ、契約は成立しましたね。坂本殿、明日から遠征ですから今日は寝てください」
ええっ、契約ってなに?
遠征って、何するの?
僕を家に帰してくれるのではないのか?
矢継ぎ早に思考だけが回転を速める。
咄嗟にダイアナが反応した。
「ま、まさか……、シルフィン様。坂本殿に説明せずに契約をしたということですか?」
狼狽えるシルフィンはダイアナの鋭い視線から逃げようとして僕の後に回り込む。
何か可哀想。
そして、可愛い。
「……分かりました。
でも、はああぁぁぁぁっーーーーーー!」
それはそれは長い溜息を吐くダイアナを見るとかなり落胆している様子で、少し心配になる。
「大丈夫ですよ。坂本殿。その代わり、明日からの遠征は中止してまずは訓練をしてください」
んっ、何の訓練なんだろう?
またも心を読まれたのか、ダイアナが落胆する。
「し、シルフィン様ぁ~っ。ほんっとうに何もお話されていないんですね??」
シルフィンは僕の後から済まなさそうな声で言った。
「ダイアナ、ごめんなさい」
それを聞いた途端、ダイアナは僕に向けた剣を鞘に戻すとヨロヨロと扉の外に出て行った。
「光君、怖かったでしょう。ゴメンね」
シルフィンから何やら無色透明で光を放つ液体が入ったグラスが差し出される。
「これ何?」
ちょうど喉もカラカラだったから嬉しいが、変に光っている事が気に掛かる。
一応、飲む前に確認だけはしておこう。
「ここでは水と同じ」
とろける様なスマイルと同時に差し出されたグラスを手に持つと、僕は一気にそれを飲み込んだ。
うっ!
……こっ、これは。
「うっ、げほっ、げほっ」
いきなり口と胃が焼けただれる感じがしてむせ返る。
これって、酒じゃないですか!?
シルフィン。お前、水って言ったよな?
涙目でシルフィンを睨むと申し訳なさそうにしているが、可愛いけどもう見飽きた。
「えっと、あのね。ここでは、お酒が地上のお水と同じなの」
あっそうですか。つまり、お酒が水のような飲み物なんですね。
でも、ここって……どこなん?
「あっ、肝心な事を言い忘れてました。ここは天界で私は女神、ダイアナは準一級天使なの」
「へっ?」
じゃあ、僕は死んだのか?
それにシルフィンが女神って、確かに可愛いし、プロポーションも良いし。
でも、さっき契約って言っていたよな。
へっぽこな神でも神との契約なら、その代償は計り知れないはず。
どうやら詰んでしまったみたい……、じゃねー!
ううううーーーーーっっ、やっぱり貧乏クジを引いちゃった。
このシルフィンの貧乏神めっ!
おとぼけ女神とお目付役の天使が主人公を無視して物語を進めて行きます。
果たして、主人公の意思はいつ反映されるのでしょうか?(笑)