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魔女は逆ハーを望まない

作者: 三原煉

 誰か説明してくれ。

なんで私の目の前に一番会いたくない人間筆頭のイケメンがいるんだ。

「……この危機的状況をどうにか打破したい」

「どこが危機的状況なんだ?」

 イケメンの低い美声が私の耳元で囁かれる。

その囁きに体が反射的にビクッと反応を示す。

その反応を見たイケメンの口元がクスッと笑みがこぼれる。

 まじでやばい。状況的にくわれる。

そんな覚悟は私にはない。どうやったら、こいつから逃げれる?

私の背中には壁。目の前はイケメン。左右にイケメンの腕がある。

私はそれほど運動神経がいい訳ではない。そして、イケメンは頭の回転が速く、運動神経もいい。

文武両道という言葉が似合う奴だ。

日尾野(ひびの)、何を考えているんだ?」

「……」

 力を使えば、分かるでしょうが! と言いたいが、私には効かないのであったと思い出した。

母から受け継いだ力であるが、それがこの危機的状況を打破することなど出来ない。

「お前の存在は不思議だな。

 他の女達とは違う。どちらかといえば、俺と同じ……魔法を使える匂いがする」

 イケメンはそう言いながら、右手で私の頬に触ろうとする。

こいつが人の肌に触ろうとする時は力を使う時だ。私は触らせないようにイケメンの右手から距離をとるように頭を動かす。

と言うか、そこまで分かるのなら、放置しろ。

私の様に魔法が使える女がばれた後に辿る道を知っているなら、尚更だ。

「逃げるな」

 イケメンの左目が青く光り輝く。

 普段、白銀の髪に隠されている左目は魔眼であると言う噂は聞いていた。

力を使わない限りは右目と同じ群青の瞳であるが、力を使うと、今の様に空色の瞳となり、光を放つ。

イケメンの魔眼の能力は相手を言葉で支配するというもの。

今の状況であれば、私がイケメンの右手を避けるのを止めさせるものだろう。

生憎、私には魔眼は効かない。

私はイケメンの右目を見た。その瞳には光を宿していない。

 魔眼を使用する際、もう片方の瞳はほぼ見えない状態になると言うのは母から聞いていた。

それは魔眼に意識を集中させる為、魔眼保持者の体が自動的にそうさせると言うのも聞いている。

つまり、今、イケメンは隙だらけということだ。私はすぐさま行動した。

イケメンの見えなくなっている右、私でいえば、左に体を向け、イケメンの束縛から逃れた。

魔眼が効いていると思っていたイケメンは私が逃げ出すことに驚き、反応が少し遅れた。

 私が少しイケメンと距離をとった時に背後から爆発音が聞こえた。

私はすぐ背後に振り返ったが、土煙が立ちこんでおり、何が起こったのか、分からなかった。

誰かがこんな所に爆発物を置くなんてありえないし、自然現象でこんな事になることはない。

後考えられるのは誰かが攻撃魔法を行ったことだけだ――。

史織(しおり)!」

 叫び声にも思えるような大声で私の名前を呼ぶ男が誰だか分かった私は溜息をついた。

これはあいつの仕業か……軌道がずれたら、私もあの攻撃に巻き込まれていたな……。

「史織、無事でよかった」

 私が土煙からちょっと離れた所にいる事に気付いたあいつが私に近寄り、なぜか抱きしめてきた。

なぜ、抱きしめるんだ? と思ったが、あのイケメンに連れ出された事を知っていれば、これだけ心配し、抱きしめるかもしれないと思考が動いた。

和希(かずき)、苦しい」

「俺を心配させた罰だ」

 いつ、どこであんたを心配させたんだ。

てか、早く離せ。あんたも学園内で一、二を争うイケメンでファンクラブもあり、いくら義姉弟であっても、くっつきすぎは彼女達の怒りを買う。

そんな事を思っていると、ビュッと突風が巻き起こる。

不自然な突風が鎌鼬を伴ってこちらに向かってくるのを見た私はすぐに逃げ出したい気持ちになり、和希の拘束から逃れようともがく。

しかし、和希は拘束を緩めない。先程よりも私をきつく抱きしめ、左手を向かってくる突風に突き出す。

突き出した左手から光が溢れ出て、盾の形に形成されていく。

盾は私と和希を覆うほどの大きいもので向かってきた突風と鎌鼬は盾に阻まれ、そのまま力をなくし、消滅した。

「……これぐらいは普通に防げるか。

 伊達に学園二位を保持しているだけあるな、坂城(さかき)

「は、俺の攻撃を素で受けながら、無傷な奴が言う言葉か、グレイス」

 イケメン二人の間で火花が散る光景を見た私は今まで想定していた最悪な状況に顔が青ざめる。


 イリス・グレイス――背中が隠れるほど長い白銀の髪に群青の瞳は人とは思えない色である。

女性的な顔つきであるが、身長は185と高く、適度についている筋肉が彼を男性としている。

その容姿から様々な女子生徒から熱い視線が送られる。それに加え、膨大な魔力を持っている彼は転校してすぐに学園一位となった。

 坂城和希――肩にかかりそうな母親譲りの漆黒に近い黒髪に父親譲りの灰色の瞳。

少し角ばっているが、幼さが残っているからか、ごつさが薄れている顔つきは女子生徒内ではかっこいいと持て囃される。

身長は170と少し低めであるが、成長期の為、まだ伸びるであろう。

魔力は偉大な『魔法使い』であった祖父の力と父親の優れたコントロール能力を受け継いでおり、入学してすぐに学園二位となった実力の持ち主。

 和希と戸籍上、義姉弟となっている私、日尾野史織は普通の女子高生である。

ショートカットが少し伸びた焦げ茶の髪に黒い瞳。顔も一般的な丸顔でこれといって綺麗や可愛いと思える場所がない。

そんな私は普通の女子高生として、平穏な日々を過ごしたいと思っている。

それを許さないのは義弟の存在もあるが、魔女であった亡き母から受け継いだ力のせいでもあった。


 この世界には『魔法使い』は存在するが、『魔女』は存在しないとされている。

男性しか魔力を持てないとされているからだ。

しかし、現実には女性も魔力を持つ者がいる。

その女性達は古くからある『魔女狩り』と言う集団によって、秘密裏に殺されるのが常であった。

その為、『魔女』は自分達の力を隠し、普通の人間として、生活することを選んだ。

私の母もその一人である。


 元々、母の力は普通の『魔女』とは違った為、隠すことが簡単であった。

同じ力を受け継いだ私も力を隠すことは簡単であった。

だが、周囲にいる『魔法使い』は私に関わろうとしてくる。

彼らに関わりたくない私は逃走の日々を過ごしている。

力の強い『魔法使い』は私が『魔女』と気付くからだ。

だからこそ、関わらないようにしていたが、そうするほど、彼らは私に関わろうとしてくる。

 本当に関わらないで下さい。まじで。まだ死にたくない。

そんな事を考えていたら、イリスに捕まり、今現在の最悪の状況となった。

イリスと和希の力は膨大すぎて、教師としている『魔法使い』では抑えきれないのが分かっている。

最悪の場合、学園に張られている防御結界も壊す勢いである。

「日比野を渡せ」

「史織は俺のだ」

「日比野は誰のモノでもないだろ」

「だからと言って、脅すようなことをする奴に妹を渡すか」

 いや、私は姉ですよ? あんたの方が3日ほど遅くに生まれたのを忘れたのか?

いや、今はそんなツッコミをいれている場合ではない。

なんとかこの状況を打破しなきゃいけない。

「なら、力ずくで奪うまでだ」

「は、やれるならやってみろよ」

 やばい。やばずぎる。

二人とも目がイっちゃっている。この状態だと、誰の話も聞かない。

和希が私を解放し、自分の背中へと私を移動させる。

この位置、一番危ないんですけど。隅の方が絶対危なくない。

そう思っているのが伝わったのか、和希が私の周囲に結界魔法をかけた。

ありがとうと言うべきか、困る。危機的状況には変わりがないのだから。

てか、この結界魔法の形はなんだ。

鳥籠の様な檻の形である結界を見たイリスの表情が歪んだ。

こういう所で喧嘩を売るなよ。まじで怖い。

 イリスと和希は距離を縮めないように移動し、口を動かす。

その口から出てくる言葉からして、詠唱していることが分かった。

学年トップである二人は普通の魔法であれば、詠唱なしで発動できる。

詠唱すると言う事は二人ともそれなりの上級魔法を繰り出そうとしていると言う事だ。


 ……母さん、ごめん。私、母さんの年まで生きていけないかもしれない。

私は心の中で天国にいる母に言う。

今の状況を打破できる手段が一つだけある。

私が母から受け継いだ力を使うということだ。

それは私が『魔女』だと言う事を知らしめてしまい、『魔女狩り』に追われるという事だ。

そうなる覚悟で彼らを止める。ここで止めないと、この国がなくなってしまうかもしれない。

 私は深呼吸をし、気持ちを静める。

彼らの詠唱はまだ続いているが、そろそろ終わりに近付いていた。



 史織は和希が作った檻の結界魔法に触る。

パリンッと言う小さな音がしたが、彼らの耳には入らなかった。

「これで終わりだ」

「消えろ」

 和希とイリスの言葉はほぼ同時であった。

和希が放った炎の竜巻はイリスに向かい、イリスが放った雷を纏った氷の大剣は和希に向かう。

その二つがちょうど遭遇する場所に史織が割り込んできた。

「史織!」

「日尾野!」

 二人が史織に気付いた時には竜巻と大剣がぶつかり合い、閃光とぶつかった事による突風で周囲に土煙が立ち込める。

周囲から土煙がなくなり、和希とイリスの目が回復した時、史織がいるであろう場所にいたのは黒髪の少女であった。

 肩にかかりそうな長さの漆黒のような黒髪、左目は黒いが、右目は深紅の瞳。

その少女はイリスと正反対の色の持ち主であった。

「君はもしかして……桐咲黄泉(きりさき よみ)の直系なのか?」

 イリスが口にした言葉に少女は何の反応も示さない。

「史織は、史織はどこに行ったんだ!?」

 黒髪の少女の登場に驚いていた和希が正気に戻り、行方が分からない史織を探すように周囲を見渡す。

「……あんた達……」

 先程まで一言も喋らない黒髪の少女が口を開く。

イリスと和希は少女に視線を戻す。

「最上級魔法なんか使わないでよ!

 力加減間違えて、学園の結界魔法まで消しちゃったじゃないの!

 あぁ、もう退学確定だよぉー……」

 神秘的な容姿に似合わない言葉にイリスと和希は言葉をなくす。

少女から発せられた声に聞き覚えがあった。

「もしかして、史織なのか?」

「? そうだけど……嘘、髪の色変わっているの?

 それなら、私だと、ばれずにやれたんじゃない。

 あぁ、もう返事するんじゃなかったよぉ~……」

 黒髪の少女もとい史織はその場に膝を土につけ、頭を抱える。

普段と違う容姿でありながら、その落胆する姿に心動かされた和希は史織に近付く。

史織に触ろうとした時に視界に自分とは別人の手が目に入り、顔を上げると、そこにはイリスがいた。

イリスも同じことを考えていたようだ。

再び火花が散りそうになった時、第三者の出現により、意識が逸らされた。

「お待ちしておりました、マスター」

 その声に聞き覚えのあった史織は顔を上げ、目の前にいる人物が何者なのか分かった時、今までの中で一番の青白さとなった。

「が、学園長……」

 オールバックになっている黒髪に深緑の瞳。黒いスーツをきちっと着ている男性は学園内で最強と謳われる学園長本人である。

長年この学園の学園長をしているが、その容姿はいつまでも20代後半で不老ではないかと噂されている。

「貴女に学園長と言われるなんて、恐れ多い。

 私は無の族に創られた人形。

 貴女を」

「その先は言わなくてもいいです」

 学園長の言葉を遮った史織はまた頭を抱え「ひいおばーちゃん、こんなのを創らないでよ……」と呟く。

「どうやら、貴女は長の力も引き継いでいるようですね。

 貴女こそ、この学園の学園長にふさわしい」

「なんでそんな思考にいくの!?

 学園長のおかげでひいおばーちゃんがこの学園の創立者ってことは分かったけど、私には無関係!

 この先、『魔女狩り』から身を隠さなきゃいけないのに……」

「なぜ、そんな事をするのですか?

 『魔女狩り』は貴女の曾々祖母が創った『魔女』を保護する団体ですよ」

「は?」

「どちらかと言えば、この世界に広まっている常識が『魔女』を迫害しているのですよ。

 その迫害から彼女達を守る為に保護するのが『魔女狩り』です」

 学園長から聞かされた『魔女狩り』の真実に言葉をなくす史織。

母さんはその事を知っていたのだろうか? 知っていただろう。知っていた上で史織には話さなかった。

多分、世話になりたくなかったのだろう。

「私はここの学園長をしながら、『魔女狩り』の団長もしております。

 ただ、私は代理であり、本来就くべきなのは貴女なのです。

 だから、私についてきてくれますよね?」

 学園長は史織に左手を差し出す。

史織は差し出された左手を見る。この手をとれば、安泰な生活を送れる。

しかし、母と同じく他人の世話になりたくない史織は手をとることを躊躇う。

 ふと、史織の体が誰かに引っ張られ、バランスが崩れる。

地面に尻餅をつきそうだったが、その前に引っ張った相手が史織を抱きしめた。

見当がついていたが、史織は引っ張った相手の顔を見た。やはり、相手は和希であった。

「史織は俺のだ。

 あんたみたいな奴にやれるか」

 イリスとのやりとりと同じような言葉を和希は吐く。

「いや、日比野は俺と一緒にいた方がいい」

 そう言いながら、イリスは史織に近付く。

「君達がマスターを幸せにするような方に私は思えません。

 やはりマスターは私といるべきです」

 学園長もイリスと同じように史織に近付く。


 史織の力は全ての魔法を無とする事と深紅の右目に映った人物の過去を見る事。

人の心を読むことが出来ない彼女は今の状況を理解できない。

だからこそ、心の中でこう呟いてしまう。


 ……まじでこの逆ハー展開、どうにかなりませんか?



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