1の裏‐『魔法少女の日常』
――目の前の『魔法少女』を極力平常心を保って観察してみる。
ライムイエローのヒラヒラした衣装をまとって、長い黒髪をポニーテールにした少女。
愛敬のある顔はそのままだから正体バレバレ。……後で『不思議生物』に注意しておこう。
「魔法少女、ライムライト、ばばんと参上だよん!」
――『だよん』ですか?
なんだか精神に大ダメージな気分だ。
「ふ……ば、バカな小娘だ! 貴様ごときが我が組織〝アーク〟の、この世界の未来の支配者たる俺様――〝キングダーク〟の野望を阻止できると本気で思っているのか?」
いろいろな痛みを誤魔化すように、黒いマントを翻して格好をつける。
ちなみに俺の現在の姿は、一言で言うなら『黒尽くめ』である。
俺なりにカッコイイ悪役をイメージして、マント、バイザー、コスチューム、全部黒一色に統一した。ちなみに声は変声機で某アニメ声優っぽく変えてある。
爺さんの趣味だと昭和の戦隊ヒーローの悪の幹部になってしまうので、俺が学生の頃見たラブコメでロボットなアニメの主人公が劇場版で黒くなった時のコスチュームを参考にさせてもらって……気分は『ライム……君の知っている松戸王天は死んだ……』って感じである。
「思ってるよ! 世界に愛と希望を願う心がある限り、私は無敵なんだよん!」
――ああ、そうなんですか。
始まって早々に無我の極地に到達しそうである。
現在地は道路の真ん中。交通を思いっきり邪魔してるので、周囲にはたくさんの車と人垣。
その人達からのライムへの応援と俺に対する罵倒が聞こえる。警察の姿も見えるが、近づいてはこず、遠巻きに一般人の避難活動等をしている――『裏取引』の結果の見て見ぬ振り。
何も知らない哀れな主人公と観客達。
――でも、本当に哀れなのは全部解かってて道化を演じる俺達だろう?
深く考えると虚しくなるので、速やかに事態を収束させる事を決意した。
民家の屋根にひとっ飛びして距離を取り、懐から握り拳大の真っ黒な水晶球、商標名『シード』を取り出す――外気に触れ、空気中から『何か』を吸収し始めて熱を帯びる黒玉を空に放り投げ、恥ずかしいのを我慢してキーワードを大声で絶叫。
「いでよ、我が使い魔――――――――――――っ!!」
瞬間――周囲を包む眩い閃光。
「……相変わらずシュールな造形だな」
光が治まった後、そこには『全長約五メートルの、デフォルメされた、三頭身の、猫のヌイグルミ』の姿――俺達が『魔獣』と呼ぶ存在がイた。
――デザインは可愛いのに、ただ『大きい』ってだけで怖く感じるんだよな。
そんな些細な現実逃避をしている間にも、事態は進行していた。
そう、物語は坂道に転がる玉のようなもの。始めた人間に関わりなく転がり続ける……ぶっちゃけると、俺が呼び出した『使い魔』は、俺の言う事を聞かないのです。
「――解析開始」
呟くような声はライムの戦闘開始合図。
彼女には敵味方問わず、最初に相手を『解析』しようとする悪癖がある。
相手を解析して、威力は低いが応用力のある『想像魔法』で解析した弱点を突く。それが彼女の戦い方。世にも稀な『解析特化型魔法少女』――残念ながら最弱の部類。
戦闘開始/勝手に適当にライムに攻撃を仕掛ける巨大猫――伸縮自在らしい腕が弾丸のように標的めがけて撃ち出される/その攻撃を『魔法障壁』でいなしつつ――地面をはうような前傾姿勢のジグザグ走行で巨大猫に接近。
「それでいいんだよ。標準を固定させないように、左右に細かく動きながら接近するんだ!」
「クリンちゃん耳元で大きな声出さないで、気が散る!」
三回に一回くらいの割合で標的を大きく外れて地面を打つ腕――刳れるコンクリート。
その光景を見ていると冷や汗が止まらない。
彼女の衣装の防御力は知っているし、彼女の現在の状態も『魔法衣装』に搭載されたセンサーから自宅にあるコンピューターにリアルタイムで送信・分析・処理されて俺の携帯端末に表示される仕組にもなっている――現在、心拍数は少々高めだが許容範囲内。数値化されたスタミナ、筋力値、魔力容量も十分。落ち着いて対処すれば勝てる数値。
それでも現実はロジックではないから、心配になるのはしょうがないだろう。
――全部計算通りに上手くいくなら『机上の空論』なんて言葉は生まれないんだよな……。
だからこそ、俺がこうして手の届く場所で見守っているのだから。
だからこそ、少女の戦いを他の観客と同じように見守るだけの自分が歯がゆい。
敵だから応援もできない。その戦いを安全地帯から観戦するだけの拷問のような時間。
「………………最悪だよホント」
あの日からまだ一週間も経っていないのに、後悔の連続だった。
あの日を――『始まりの日』を思い出す。
爺さんがボケた発言をした後、数名の部外者を招きつつ『家族会議』が開催された。
――選挙ポスターとかテレビで見た事ある顔……だと……!?
部外者は市長や国関係の偉いさん。つまり政府の人間らしい。
とりあえずドッキリを疑ったが、爺さんが冗談で呼び出せる人達ではない……と、思いたいので現実として受け入れる事にする。
ホワイトボードの前に立つ爺さんが「ゴホン」と咳払いを一つして――第一声。
「斉藤家は〝魔法少女〟の家系だったんじゃよ!」
「「「なんだって――――っ!?」」」
「…………………………何この茶番?」
俺以外の皆様が大真面目な顔で声を揃えて驚く光景に……頭痛がしてきた。
「この赤月市が『パワースポット』と呼ばれる場所だという事は、それなりの地位にいるものなら誰でも知っている事実じゃ」
「知らないさ。何だよ、そのファンタジー設定!?」
科学万能のこの現代で科学者の祖父を持って生まれた。全てのモノに法則があり、その法則を学ぶ事に喜びを覚えて、それを伝える事が楽しかったから教師を目指した俺の人生。
そんな『俺の始まり』をくれた人は『俺の常識』を揺るがしながら説明を続ける。
「その為、この街は『幻想』に襲われやすい。ワシの調べた限りでは、明治維新の末期に天使が降臨した記録から始まり、二次大戦末期には悪魔が現れ、昭和の終わりに日本神話の神々が召喚され争った記録がある。もちろんそれは大きなモノで、小さな『怪異』は今でも日常的に起こっているようじゃ」
「……爺さん、そんな天使や悪魔なファンタジーを俺に信じろって言うのか? もし本当にそんなのがいるなら、なんで俺は今まで知らなかったんだ? おかしいじゃないか、物心ついて二〇年以上、俺はそんなモノを一度も見た事無いぞ!」
「王天、『今いない』から『存在しなかった』と考えるほどお前は愚かではないじゃろ? 普通に生きる者を守る為に『幻想』を処理してきた者達がいた。それだけの事じゃよ……」
……祖母の葬式の時以来のシリアスモードで悔しそうに語る祖父の姿が怖い。
「……それが魔法少女?」
「正確には違う。王天、昔の人は『法則』を学問として知らなくても、『経験則』で最も効率的な方法を導き出した。……いや、その経験則から学問を生み出したが正解じゃな」
実験して、答えを出して、記録する。その集大成が学問だと俺に教えてくれた人。
「そんな『経験則』を積み重ねて『幻想』に対処してきたモノ達。悪魔祓い、陰陽師、仙道、古今東西そんな話は山ほどある。それが真実だったと言うお話じゃよ」
否定する事で始まるモノなんて一つも無いから、とりあえず納得はできなくても受け入れる。
「ちなみに記録によると、明治の天使は『刀隠家』の刀鍛冶が『魔女』から知識をもらい『七本の妖刀』を造りだして対処。戦時の悪魔は『魔女』の一族がほぼ壊滅状態にになる痛手を負いながらも倒し、昭和の神々は……」
言葉を止め間を置く。周囲が静まった分だけ高まる緊張感。
――今現在『神サマ』なんていない以上、既に解決した事件じゃないのか?
「四十九人の『巫女』さんによる『第三次・スーパー巫女巫女大戦』の結果、再びあの世に送り返されたのじゃ!」
「俺の心には第三次じゃなくて大惨事だ――――っ!!」
「まて王天! 事実を否定して得られるものなんぞ、何もないぞ!!」
「俺の心の平穏が得られる! 爺さんの犠牲は無駄じゃない! 無駄じゃないんだよ!!」
「なんで二回言うのじゃ――――っ!?」
その直後、俺の『本気の怒り』を察した家族に力尽くで拘束されました。
「全部本当の話じゃよ」
数分後、衣服の乱れを直した爺さんが続きを話しはじめた。
俺はパイプイスに縛り付けられて固定された上、『さるぐつわ』を付けられて……両腕の自由も奪われているので耳をふさぐ事も出来ない拷問状態さ!
「昭和の終わり、つまり聖上がお隠れになる時に、この国が霊的に乱れる事は予測されておったのじゃ。その結果起こる『幻想』に対抗する為に、当時この国最大の『特異点』であるこの地に、魔法とは違う魔法技術――『神威』を伝承していた日本全国の神社から巫女を集めて対抗しようとしたのが『巫女巫女大戦』じゃ」
「ふがががっふががっ!!」
「結果、現れた日ノ本の民を呪う女神『イザナミ』を、『カグツチ』の巫女、巫女ランク49位にして『最弱不敗』と呼ばれた日ノ乱空ちゃんと、後にその夫となった宅配業者の配達員『最強下っ端』不知火和人が倒し、日本は救われた…………ははは、こうして言葉にするとラノベやマンガみたいじゃのう」
「ふがふがががふっ!」
――この性悪クソ爺……間違いなく俺の反応を見て楽しんでやがる!
しかし直後、一転して深刻な表情に戻る。
「本来なら巫女なんぞ集めなくても、この地の魔女達が対処するはずだったのじゃがな――そもそも『魔女』が魔法を使えるのは完全に体質なのじゃ。生来魔力を扱える特異体質の者達を集めて世代を繰り返し、血を純化させ、その体質を遺伝・特化させた者達……濃くなった血の弊害で基本的に女しか生まれないから『魔女』と呼ばれるようになったのじゃよ」
つまり、魔女だから魔法が使えるのではなく、魔法を使える人間を集めて、魔法を使える一族を作ったと言う事か……納得できる話だ。
「しかし先程述べたとおり、大戦時に現れた悪魔との決戦で魔女の一族はほぼ壊滅。数を維持できなくなった魔女は一般人と交わるしか無くなった。その結果、血が薄くなり……」
「……『魔法』が使えなくなった? もしくは、能力の低下……か?」
叫び続けたおかげで、緩くなった『さるぐつわ』を外すことに成功。
爺さんはそんな俺を見て「ニヤリ」と笑みを浮かべつつ話を続ける。
「いいや。魔法は使える。能力も戦闘力と言う意味では低下していない。だが、外の血と交わった結果、男も生まれるようになったのに魔法を使えるのは女だけ。しかも『二次性徴完了前の十代の女子』に限定される。つまり――」
「「魔法少女」」
理解した証明に『結論』に声を重ねてやる。
そんな俺に向けて満面の笑みを浮かべる爺さん。
この人は、自分の言った事を理解される事が最高に嬉しいらしい。『若い頃、頭が良すぎて理解者がいなかった事がトラウマになってるのじゃよん』と、残念な態度で孫に語るぐらい理解者を求めている……孤独で寂しい老人なのである。
「二次性徴完了までと言うのにも理由はある。二次成長が始まると、次代に能力を継がせる方に対応していくのが原因じゃろう。出産を経験すると自力ではまったく使えなくなるようじゃしな。けっこうシャレにならんじゃろう? もしも戦況が悪くなったら、彼女達には恋をする権利すら与えられないかもしれないのじゃから」
口に人差し指を当ててウィンク――そのふざけたポーズとは逆に内容は確かにシャレにならない。『魔法少女』の数を確保するために、彼女達に対して非人道的な行為をとられる危険性がある事は容易に想像が付く。
「ワシが国に協力するのは、この街の魔法少女達の人権保護が条件でもあるのじゃ」
そう言って意味ありげな視線を市長達お偉いさんに向ける。
――カッコいいと思ってしまったのは秘密にしておこう。
「まあ、予備知識はこの程度でいいじゃろう。後は状況に応じて説明していくとして……さて、王天――覚悟はいいか?」
「なんだ爺さん?」
改まった態度に警戒しつつ、緊張感を高める。
「おぬしは『改造人間』じゃ!」
殴ったさ!!
老人である事お構い無しに、顔面ぶん殴ってやったサ!
……俺の身体を拘束していたロープを引きちぎって。




