表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼は、私がいなくても輝けると思っていた。 私は、照らす役をやめただけ。  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

第8話|支えなくなった人の未来

「雨宮主任、おめでとうございます」


 春の陽射しが差し込むオフィスで、私は昇進の辞令を受け取った。


『新商品マーケティング戦略プロジェクト 主任:雨宮 雨音』


 かつて、レオの名前があった場所に、今度は私の名前がある。


「雨宮さんの分析力と、チームをまとめる力を高く評価しています。今後も期待していますよ」


 部長の言葉が、心地よく響いた。


 ——私は、ようやく自分の実力で評価された。


 誰かの影でも、誰かの補助でもなく。一人の人間として。



 ◇ 同じ頃、別の場所では ◇


「神崎、このデータまた間違ってるぞ」


 上司の怒鳴り声が、薄暗いオフィスに響いた。


「す、すみません!すぐ直します!」


 レオは、小さくなって謝った。


 かつての「太陽」の面影は、もうどこにもない。


 髪は少し伸びたままで、スーツもヨレている。

目の下には深い隈があり、以前のように周囲を盛り上げる余裕もない。


 昇格は見送られ、重要なプロジェクトからも外され、今は補助的な業務ばかりを任されている。


「神崎さん、最近ミス多いよね」

「昔はあんなにデキる人だったのに」

「あの頃は雨宮さんがフォローしてたからかな」


 同僚たちの噂話が、彼の耳にも届いている。


 ——彼は、全てを失った。


 仕事の愚痴を聞いてくれる人もいない。資料を代わりに作ってくれる人もいない。

彼を「すごい!」と無条件に褒めてくれる人もいない。


 彼は、孤独だった。



 ◇ 夏の夕暮れ・新しい関係 ◇


「雨宮さん、今日もお疲れ様でした」


 定時後のオフィスで、同じチームの佐藤さんが声をかけてきた。


「佐藤さんもお疲れ様。今日のプレゼン、とても良かったです」


「ありがとうございます。雨宮さんのアドバイスのおかげです」


 彼は、私の意見をちゃんと聞いてくれる。私の時間を尊重してくれる。

そして何より、私を「人間」として大切にしてくれる。


「今度の週末、よろしければお食事でも」


「はい、ぜひ」


 ——これが、対等な関係。


 お互いを高め合いながら、でも相手に依存しすぎない。健全で、温かい関係。


 こんなにも人は軽やかに愛し合えるんだと、私は初めて知った。



 ◇ ある夜の偶然 ◇


 駅前のカフェで、佐藤さんと楽しい時間を過ごしていた。


「このパスタ、本当に美味しいですね」


「雨宮さんがイタリアンがお好きだと聞いて、探してきました」


 ——私の好みを、覚えていてくれた。


 私が「イタリアンが好き」と言ったことを、ちゃんと覚えていてくれた。


 ふと、窓の外に視線を向けた時——


 見覚えのある背中が通り過ぎた。


 レオだった。


 コンビニの袋を下げて、一人で歩いている。疲れた足取りで、どこか小さく見えた。


 彼は店内に気づいているようだったが、立ち止まることはしなかった。

ガラス越しに一瞬だけ私たちを見て、そして静かに去っていった。


 ——ああ、そうか。


 私は理解した。


 彼は、ようやく気づいたのかもしれない。


 自分がいない方が、私は輝いているということに。


「どうかしましたか?」


 佐藤さんが、心配そうに声をかけてきた。


「ううん、なんでもない」


 私は微笑んで首を振った。


 外には、もう誰もいなかった。


 過去の幻影は、夜の向こうに消えていった。


「このワイン、とても美味しいですね」


「ええ。雨宮さんに喜んでもらえて嬉しいです」


 ——喜んでもらえて、嬉しい。


 私の笑顔が、誰かの喜びになる。私の存在が、誰かの幸せになる。


 それが、こんなにも温かいなんて。


 ◇ 深夜、一人の時間 ◇


 家に帰り、鏡の前に立つ。


 映っているのは、半年前よりもずっと顔色の良い私だった。


 目の下の隈も消え、肌にはツヤがある。何より、表情が柔らかくなった。


 ——私は、レオを恨んでいない。


 あの頃の経験があったからこそ、今の幸せの価値が分かる。


「自分の時間を大切にすること」 「対等な関係を築くこと」

「SOSを無視しないこと」


 その大切さを、痛いほど学んだ。


 だから、あの時間は無駄じゃなかった。


 ただ、もう二度と戻らないだけ。


 ベランダに出ると、満月が空に輝いていた。


 かつて私は、レオという「太陽」の周りを回るだけの存在だと思っていた。

太陽がないと輝けない、小さな星だと。


 でも違った。


 私は、私自身の足で立ち、私自身の光で輝ける。


 月は、太陽がなくても美しく光る。自分の光で、夜を照らしている。


 私も、そうだった。


 誰かを照らすための「照明係」は、もう卒業した。


 スマホを見る。


 着信履歴に、彼の名前はない。


 あの日、着信拒否をしてから、一度も連絡はない。彼も、もう連絡してこないだろう。


 それが、私たちの結末。


 静かで、確実な、永遠の別れ。


 風が吹く。


 新しい季節の匂いがした。


 明日も仕事がある。新しいプロジェクトが待っている。佐藤さんとのデートもある。


 私の未来は、明るい。


 誰かに照らしてもらう必要なんてない。


 私が、私の人生を照らしていくのだから。


 夜空を見上げながら、私は静かに呟いた。


「私は、彼を壊したわけじゃない」


 満月が、優しく私を照らしている。


「ただ、照らす役をやめただけだ」


 そう。ただ、それだけのこと。


 そしてそれが——


 最も完璧な、勝利だった。


 これは、復讐の物語じゃない。


 誰かを陥れる物語でもない。


 ただ、一人の人間が自分の人生を取り戻した物語。


 誰かの『便利なAI』でいることをやめて、誰かの『照明係』を降りて、

自分の人生の『主役』になった物語。


 そして、それが何よりも美しい結末だった。


【完】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

物語を楽しんでいただけたなら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ