放出_1
「――どう?」
「どう……って」
「カゲであるキミをモデルに、お話を作るって言ったでしょ?」
「あ、あぁ、そういうこと。……んー、少し悲しい話なのかと思ったら、解決してない怖い話?」
「そういう感じ。謎は残しておかないと、不思議にならないでしょ? だから」
「なるほどね」
表情が読めないから、カゲがどう思っているのか私にはわからなかった。声色からすると、可もなく不可もなく……というところか。最初の話だから気合を入れて作ったので、反応の薄さに少しだけガッカリしたのが正直な気持ちだ。
「これを七不思議の第一不思議として、みんなに浸透させたいんだよね」
「どうやって知らせるの?」
「うーん……またボソッと伝えてみるとか?」
「一人一人にやってたら時間かからない? 怪しい一依のほうが七不思議入りするよ」
そう言ってカゲはクククッっと笑った。少しムッとしたが、確かに私はカゲ以外友達もいないし、言われてみればそのかたちで広げることは難しいだろう。
「失礼だし! あ、でも、自分が七不思議入りするって面白くない?」
「そうかな? って、今まさに俺を主人公に七不思議を作ったよね」
「危ない話じゃないから、モデルになってもそんなに不快感ないでしょう?」
「まぁ、それは。……あぁ、じゃあ、最後の第七不思議は俺が一依をモデルに作ってあげるよ」
「え、カゲ、そんなことできる?」
「バカにするなよ? 真面目に作るから、面白かったら受け入れろよ?」
「はーい。楽しみにしてる」
カゲが話を作ると言い出すなんて思わなかった。でも、同じ趣味を共有できるようで少し嬉しい。自分で学校の七不思議を作るなんて、クラスメイトへ話したら鼻で笑われそうだと思っていた。本気にしないか、馬鹿にするか。どっちでも良いが、邪魔だけはしないで欲しい。今のところ、カゲに会う以外で、この学校へ通っていて楽しいと思える数少ない理由なのだから。
「ねぇ一依」
「なに?」
「またここへ来てくれる?」
「もちろん。私、残りの不思議考えてくるね! 最後は譲るけど、今度は怖い話にしなくっちゃ!」
「七不思議って、やっぱり怖くないといけない?」
「怖いほうが、みんな好きなんじゃない? 夜の校舎へ忍び込む輩が出てきたりして。……この文化棟はどうかなぁ。夜の文化棟って、雰囲気出まくってて既に怖いよね」
「そう思うなら、早く行きな?」
「うーん、もう少し話したかったんだけど」
「俺も見回りしたら消えるよ」
「消えるとかあるの?」
「いつまでも残ってることはないよ」
「ふーん。必ず私のほうが先に帰るから、ちょっとカゲの消える瞬間見てみたい」
「なんにも面白くないと思うけど?」
「そんなことないでしょ! 幽霊が消える瞬間! 面白そう!」
「あー……多分、スッと見えなくなるだけだよ」
「そこに興味があるの! ……私も一緒に見回りやっても良い?」
「……あんまり遅くなると、先生が見回りに来るかもしれないだろ? 用務員さんでも。俺は会いたくないね」
「見えるのかな?」
「さぁ?」
早く帰らせたそうなカゲには少し不満もあるが、他ならぬ友人のためだ。仕方なく適当に資料を積んでから、私は帰ることにした。
「じゃあ、またね、カゲ」
私の挨拶へ返事することなく、カゲはただ手をヒラヒラと振って応えた。いつものことだ。仕草だけでも、返事をくれるなんてカゲは優しい。クラスメイトも先生も、近所の人も家族でさえも、そんな優しいことをしてくれる人はいないのだ。死にたがりの私がこの世へ留まっていられるのも、全てはカゲのおかげだった。
そんなカゲを驚かせるため、私は早速七不思議の二つ目を考えることにした。もう文化棟は使ってしまったから、使えるとしたらその他の施設だ。自分に馴染み深いのはやっぱり文化棟で、ここの話を作るのはカゲもいるから簡単だったと思う。ただ先生の話を聞いているだけの教室も、誰とも遊ばない校庭も、一緒に帰らない帰り道も、私には一つも面白くなかった。……でも、面白くないからこそ、私は非情になれるのかもしれない。
カゲの話を作ったが、怖い話にはしたくなかった。優しいカゲが、その闇に引き摺られてほしくなかったからだ。……『学校七不思議の一つにしておいてどの口が言う』と思われるかもしれないが、カゲには私以外に理解してくれる友達が他にいても良いのでは。なんて考えてしまったのだ。賑やかさは似合わないかもしれないが、興味と思いやりはカゲに似合う。そしてあわよくば、カゲを受け入れてくれる人間なら、私のことも受け入れてくれるかもしれない。……という邪な、縋るような私の希望もちょっとだけ含まれている。
カゲを主役にしなければ、どんな怖い話も作れそうだった。残酷で、救いがなくて、真っ暗で。――ただ、自分がちょっとそちらへ引き摺られそうで怖いから、そこまでの話を作り込める自信はない。
けれど、折角七不思議を作るなら、沢山の人に聞いてほしかった。校内に広めるためには、ある程度の怖さやインパクトがなければ廃れてしまう。他所の学校の七不思議に出てくる怪異や、都市伝説に出てくる怪異だって、有機物だろうが無機物だろうが『誰かに知ってもらいたい』『忘れないでほしい』が根底にあるはずだ。きっと。多分。寂しがり屋だと思っている。