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第一不思議【誰のものでもない原稿】_3


 何となく、この日から部誌の話……正確には、あのよくわからないページの話はタブーになりました。怖いじゃないですか、だから何もみんな言わなくなって。


 今更、部誌も回収できないし。誰が持っているのかわかりませんからね。校外の人も多かったですし。教えてくれた生徒のように、今年の部誌はホラーテイスト……ってポジティブに捉えてくれることを祈りつつ、私たち部員の持っていた部誌は、希望者は処分しました。

 私? 希望者ですよ。たまに見る影も相まって、もう怖くて怖くて。


 ……それでも、たまに見かけるあのよくわからない影は、なくなりませんでした。雨の降る日は、必ず誰か一人は部員が見かけていたと思います。私もその一人です。


 流石に気味が悪すぎたのか、部誌の件で部活存続の危機だと思ったのか、このことに動いた人がいました。文芸部の顧問です。彼は元々この高校の卒業生で、同じく文芸部だったと聞きました。私たちはみんな後輩で、それも踏まえて放っておけなかったんだと思います。

 ちなみに、今回みたいなことは文芸部の顧問をしてから初めてで、自分が在籍していたころもなかったし、噂にも聞いたことはなかったそうです。嘘を吐くような先生じゃないと思っていますし、そこは素直に信じましたよ。……だって、先生もすごく泣きそうな顔してたんですもん。あんな顔する人が、嘘吐く訳ありません。


 不思議と、私たち文芸部、そして、文芸部について文化棟へ入ってきたその友人たちしか、あの影は見ませんでした。音楽部も美術部も他の部活も活動しているのに、私たちだけだったんです。なので、文芸部に何か原因があるのかと、顧問は文芸部の卒業生と、今まで発行した部誌を調べ始めました。


 そこで浮かんだのが、一人の男子生徒でした。


 その子は、顧問より後に入学していました、私たちよりは当然前です。


 ……でも、その子は、卒業することが叶いませんでした。病気で文化祭を目前に亡くなっていたのです。

 顧問はそれを見て、こう結論づけました。


「きっと、この生徒が文芸部の部誌に自分の作品を載せたかったんだ。最期に」


 なるほど、と思いました。当時から部誌は文化祭に配っていて、その子が亡くなるまでの過去二年は、寄稿していたのです。でも、三年生になる年は寄稿できなかった。その子は、自分の名前をそのままペンネームとして使っていました。だから、すぐにわかったみたいです。


 無念だったんでしょう。だから、今回私たちの部誌に自分の原稿を載せてきたんじゃないかって。別に、没何年目でキリが良いとか、特別何かその年にあるとかじゃなかったと思います。今回私たちの年に出てきたのは、偶然だったと思うって、顧問は言っていました。もっと深い意味があれば、出てくる年にも気を遣いますよね、きっと。そういう拘りや意志みたいなのは、特になかったみたいです。でも、部誌に原稿はどうしても載せたかった、ということですかね。


 そんな話を聞いたものだから、なんだか可哀想になってしまって。私たちは勿論、誰もその生徒に面と面向かって会ったことはないんですよ、故人ですから。文化棟に現れて、文芸部員とその周りの友人が見かける影の正体も、ハッキリ彼とわかったわけではありません。顔がありませんですから。なんせ、影、なので。でも、理には適っていますよね? あの影イコールその生徒なら、原稿が気になって出てきたんだねって。だから、文芸部に関する人たちしか見かけなかったし、校舎じゃなくてこの文化棟をウロついてたんだなって。

 納得って感じです。その場で先生の話を聞いていた私たちは、ちょっとホッとしたのもあって、なんとなく無難な空気が流れました。ずっとピリピリしてたから、久し振りに安心できた気がしました。


 ……ただ、そうだとしたら、どうしてまだこの文化棟をウロウロしているの? って話も話題になりましてね。だって、私たちは最初に挟まれた紙を処分しちゃったけれど、彼の意志なのか不思議な力が働いて、思惑通り部誌に載った状態で人々の手元へ渡っていったわけですよね? 当初の希望通り、無事に部誌に寄稿して、発刊までこぎつけてるんですよ。それなのに、願いは叶ったはずなのに、彼はまだこの文化棟にいる。


 こういうのって、願いが達成されたら無事成仏するって大体話の相場が決まってるじゃないですか? え? そんなことはない? でも、ハッピーエンドっぽくないですか? ハッピーエンドなら成就して成仏ですよ、やっぱり。


 あー……いるじゃないですか、一人くらい。人が多いグループに、思わずポロッと本音を言っちゃう子。それが誰だったか忘れちゃいましたけど、誰かがそんなようなことを言ったんですよね。私も思ってましたけど、口に出すのが怖くて、その時はなにも言いませんでした。正直『え、それ言っちゃう?』って思ったけど、私以外にもそう考えていた人がいたことに、安心したのも確かです。

 ……もうね、みんなその子の話を聞いて、シーンってなっちゃって。あの空気感、忘れもしません。ジメっとした冷たい空気に、外から聞こえる雨音。『何であの影はまだいるの?』ってなった瞬間の、一瞬の沈黙と今にも止まりそうな時間。たまに聞こえる、その場にいる人たちの息遣い。今まで聞いたどんな怖い話よりも、あの瞬間が一番怖かったです。

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