邂逅_3
重たい空気が僕たちを包む。なんと言って良いかわからず、目をキョロキョロさせて口をパクパクさせながら、僕は必死に考えていた。
「そうだ。忘れてたね。感想言わなきゃ。カゲの作った第七不思議の」
「あぁ、うん……」
間の抜けた返事をする。僕が七不思議目を作った理由を、すっかり忘れていた。僕は元々、この不思議を話すことで一依に自分の存在を理解してもらい、成仏してもらおうと思っていた。……今でもその気持ちは変わらない。――変わらないが、揺らいでいる。
「面白かった。人の口から自分の話を聞くなんて思ってなかったけど。ありがとう、私に救いをくれて」
「別に、それくらい」
「ありがとう、私のことを、残そうとしてくれて」
『成仏できるように』なんて口では言いながら、僕の作った話では一依は成仏していない。一依がこの世に存在したことを、ただ記録に残すための七不思議。彼女のしたかったことを、僕は手伝っただけ。
「ねぇ、私透けてない?」
「……透けてる」
「カゲに会った時はさ、自分が死んでるだなんて思ってなかったし、こんな風に身体が透けてるなんて考えてなかった。当然だけど、生きてる人間が半透明だなんてあり得ないわけじゃん?」
「うん」
「だからこれって、私が『自分は既に死んでる』って理解したから、あの世へ近づいていってるから透けてる――ってことだよね?」
「……僕も初めてなんだ、幽霊を見るのは。だから正直わからない……けれど、そういうことだと思う」
「あはは、やっぱりそうだよね……。カゲから見ても、薄くなってる?」
「なってる。最初は、よく目を凝らさないとわからなかった。透けてるなんて。気が付かなかったんだ。初めて会った時は、一依は生きていると思った」
今はよく想像している。もし、一依が生きていたら。僕らは友達になれた。これまでみたいに文化棟でちょっと笑い話や怖い話をしながら、帰りはなんとなく一緒に帰ってコンビニで買い食いして、朝はどっちかが『急いで!』って言いながら遅刻を免れるために全速力で校門を抜けて、ただ普段は一緒にいる場面を見られると恥ずかしいからお互い何でもないフリをして。部活に入るなら、きっと文芸部が良い。一緒に部誌を作って文化祭でお披露目して、雨の降る日や日差しの強い日はギリギリまで図書館で本を読む。
――『送れたかもしれない』生活を思い描いて、僕は涙をのんだ。
「まだ、消えたくないなぁ」
ポツリと一依が呟いた。
「今生まれて初めて『もっと生きたい』と思ったよ。死んでから気が付くこともあるんだね」
「……」
「覚えてる? 私がカゲに『死んだ人から見た生きてる人がどうなってるのか知りたい』って聞いたの」
「覚えてるよ」
「『幽霊から見た人間が、どうなってるか知る機会ない』って言ったけど……私さ、ずーっと幽霊から見た人間は得体の知れない感じで、人間から見た人間は割と人間だって認知でき思ってたの」
「どうして?」
「だって、そういう話多いでしょ? 人の姿をしているほうが怖いから、そういう描写をしている……って言われたらそれまでなんだけど。なんだかんだ怨念とか地縛霊とか背後霊とか、人だ! ってわかるじゃん? ……私、自分でカゲに言ってたよね。カゲがどう見えるか。そのものが幽霊から見た人間だったんだ」
「……うん。図らずとも、僕は幽霊から見た人間の姿を知ることができたよ」
「そんな見え方だからさ? 幽霊も『自分は生きてる!』って思うのかもね? 周りが異形だからって、自分も異形だなんて思わないじゃん。元々人間で生きてるんだと思い込んでいたら」
僕は一依が死んでいると知っていたから特に疑問に思わなかったことも、実は生きている人間の挙動や発言としてはおかしなものがあったのかもしれない。今更そう思う。前提が違えば、見えるものも違う。
「今でも有効?」
「何が?」
「友達になれたって話。私と」
そんなの決まっている。お互いに言ったじゃないか。
「勿論、今でも思ってるよ。……一依だって、そう言ってくれたじゃないか」
「良かった! ……生きてる時に出会いたかったな。ない物ねだり」
「僕がもっと早く、一位の存在に気が付いていたら……」
「無理だよ。私は生きている時も、そこにいるだけの少女だった。幽霊みたいに。これ以上辛いことが起こらないように、普通以上のことは何もしたくなかったの。……いいなぁ、気に入った。カゲの付けた七不思議目のタイトル。本当に、私にピッタリ」
「一依……」
「話したいことがいっぱいあるの! ――多分私は、もう長くない。ここにいられなくなってきてる気がする。元々未練もなくて、生きてるって思い込んでたことに縛られてた。自殺したのにね。死にたくなかったのかな、実は」
「僕は明日も明後日もここにくるから! 一依に会いにくるから!」
「ありがとう。もうちょっとだけ、私の話に付き合ってくれる? 明日は、この七不思議目を掲示しなきゃいけないでしょ? コツを教えてあげる」
悪戯っぽく笑った一依の顔は、今までで一番輝いてみえた。涙の跡も潤んだ瞳も、今にも消えそうな身体も、全部彼女なんだ。
「ねぇ、聞いても良い?」
「何を?」
「カゲの名前。……やっぱり嫌だよね、私死んでるし」
「……刹那」
「……え?」
「【持永刹那-もちながせつな-】が、僕の名前」
「セツナ……セツナ……。うぅっ……あのさ、刹那、って呼んでも良い?」
「うん」
確かな別れを感じながら、僕は頷いて彼女とソファへ座った。