最後_3
――珍しく、私は緊張していた。今日は、ついにカゲの考えた第七不思議を聞く日だからだ。カゲの作った話は、明日全生徒へお披露目となる。ひと足先に、私はその話を聞けるのだ。
ガチャッ。
「あっ、遅いカゲ! どこにいたの? この部屋にいると思ったのに、いないんだもん」
「ごめん」
「もう……あ、ちゃんと考えてきたんだよね?」
「勿論」
「あれだけ焦らしたんだから、ちゃーんと完結してるんだよね?」
「当たり前だよ」
「人に聞かせられる話なんだよね?」
「そこ? そんなところ心配してるの?」
「……だ、だって、カゲの作った話、丸々一話聞くの初めてだから……」
「前に少し追加したりしてただろ? あれでまぁ、ある程度は話作れるってわかると思うんだけど」
「うっ……。それはそう、なんだけどさ……」
「……なんで一依が緊張してるの?」
「えっ⁉︎」
今の状態を当てられて驚いた。そんなに緊張を表に出したつもりはなかったが、しつこく聞き過ぎてしまっただろうか。
「俺の話は……大丈夫だと思うよ? 今まで一依の作る話も聞いてきたし、文芸部の発行してる部誌も読んできたしね。本を読むのも好きだから、それなりに話の構造については、理解してるつもり」
「そっか、そっか。……なんかゴメン」
「いや、気にしないで。気持ちはわからなくもないから」
「……ありがとう」
カゲが笑っているような気がした。その姿を想像して、少しだけ頬を膨らます。
「怒るところ?」
「カゲがちょっと、大人にみえて」
「俺は一依より年下だよ」
「え? そうなの?」
「うん。一依は俺の先輩」
「おんなじくらいかなとぼんやり思ってたけど、ちゃんとした姿が見えないからさ、細かい年齢まではわからなかったの」
「学年色が違うんだよ。その色は先輩」
「先輩って、なんかいい響き……」
「そう? とにかく、俺の作った話聞く?」
「聞く!」
私は目を輝かせた。やっと、待ちに待った話が聞けるのだ。
「あー……その」
「ん? 何?」
「一依は、今自分がやりたいことは全部終わってる?」
「え? どういう意味?」
「なんていうか……俺が一依に会ってから、後ろの方はずーっとこうやって、七不思議の話ばっかりしてたでしょ? やりたいことをやってる認識はあるけど、他にもやりたいことあったのかなって」
「うーん……。なんだか難しい質問」
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだけれど、それが少し、気になって」
「……んんんー……ない、かな、うん、ない。特に頭に浮かばないから、ないんだと思う」
「そっか……」
「カゲは何か未練でもあるの?」
「どうして?」
「自分に未練があるから、そういうこと聞くのかな、って思って」
自分の気になることは、人に質問しがちだ。だから、カゲにも何か思うところがあるのかと考えた。こんなところに留まっているから、未練の一つや二つ、普通はあるんだろうに。
「聞かれると思わなかった」
「えっ? そりゃあ聞くでしょう」
「未練、か。……今は少しだけ。前は……なかったんだけど」
「え、ないのにこの世に留まってたの?」
「じっ、自分では気が付かない未練だって、探せばあるかもしれないだろ?」
「それもそうか……」
妙に納得してしまった。言いたいことはわかる。私がカゲと同じ立場だったら、今の未練は『七不思議がきちんと完結して、みんなに見せられるかどうか』と『カゲがきちんと成仏できるかどうか』の二つだ。
卒業してしまえば、私たちは会えなくなる。おそらく、二度と。それに、この文化棟は建て替え工事が決まっているから、取り壊されれば会えないだろう。……建物に依存した幽霊が、新しい建物にも顔を出すのかはわからない。地縛霊なら可能性はあるかもしれない。
……後もう一つあるとするならば『カゲに認められたかどうか』だ。私たちはこうやって交流してきたが、上辺だけの存在なのかどうか知りたい。私は彼がいたから、ぼんやりとした日々を今日まで何とかクリアしてきた。彼がいたから辛くなかった。だから、彼にとっても、私がそうありたかった。
どんな姿なのかも知らないし、どんな人生を送ってきたのかも知らない。普通に段階を踏んでできた友達とは言えなくて、断片的にしか私たちはお互いを知らないのだ。それでも、それでも私は、彼のことが好きだった。優しくていつも私の相手をしてくれて、たまに棘があって思いもよらないことを知っていて。生前出会っていたら……と、何度思ったことか。
それが叶わないことはわかっている。
――どうして、叶わないと思う?
カゲが死んでいるから?
だから、だっけ――?
「……い? 一依? どうしたの?」
「……あっ、あ、えっ? ご、ごめん! ちょっと、ボーッとしてたや」
「大丈夫? 気分が悪いの?」
「そんなことない! ……そんなことない……ちょっと、考え事し始めたら、グルグルしちゃって」
「大丈夫なら良いけど」
「うん、ありがと」
「じゃあ、そこのソファに座って。話を始めるよ」
「わかった。あぁ、楽しみ!」
「お手柔らかに」
「問題ないよ。私はただのその辺にいる聞き手だもん」
彼に促されるままソファに座る。すると、彼は隣に座った。
「それじゃ、始めるね……」