最後_2
――この貼り出しが最後なのかと思うと、感慨深い。……いや、七不思議自体終わっていないのはわかっているが、ここまでよくやったと思う。誰にもバレないようコッソリ掲示して、これまたコッソリ回収された紙を回収し直す。
今までの紙を回収していたのは、私の担任だった人だ。珍しく貴重な、私のことを心配してくれた人。行動もとってくれたが、残念なことに結果へは至らなかった。それでも、その行為が嬉しかった。もしかしたら、私が貼っているのわかっていて、彼は取り返しやすいように置いておいてくれたのかもしれない。最近顔色が良くないと思うのは、気のせいだろうか。先生は大変だ、疲れているのかもしれない。
「……あ。六個目の不思議だ」
「水とか怖くな?」
「怖い、鏡よりも身近だよね」
「使わないって無理じゃない?」
「無理無理‼︎ え、今日から手洗い場使うの怖いんだけど」
「わかる、私もこれ読んで怖くなっちゃった……」
今までの話の中で、自分たちにとって身近なものを扱ったからか、生徒たちの反応が今までで一番良かった。一通りクラスへ向かう生徒の後を追ってみたが、心なしかみんな教室寄りに歩いていて、手洗い場は避けて歩いている気がする。水が出てきたら……と考えるのだろう。ハンドルを捻っても、出てこない話なのに。
「「「せーの‼︎」」」
授業の合間に、男子生徒たちが一斉に手洗い場の蛇口のハンドルを捻っている。
キュッキュッキュッ。
――ジャー――――――――。
「……なんだ、水出るじゃん」
「ちょっと期待したよなぁ、捻っても出ないの」
「最近色変わった水も見ないし? 飲むのも抵抗ないよなぁ」
「よし、全部出してみようぜ」
「おっけ、俺こっち」
「俺向こうの手洗い場行ってくる」
バラバラになった男子たちは、手洗い場の蛇口から次々に水を出していった。
キュッキュッキュッ。
――ジャー――――――。
キュッキュッキュッ。
――ジャー――――――。
キュッキュッキュッ。
――ジャー――――――。
「……あー……全然出る、出るわ」
「別の階行こうぜ?」
「――オイ! 何してる‼︎」
「やべっ!」
「水を出しっぱなしにするな! 紙に書いてあったことを鵜呑みにするんじゃない!」
「はーい」
「ちゃんと全部止める! 今すぐにだ!」
「ごめんなさーい‼︎」
男子生徒たちは先生に怒られて、渋々水を止めにいった。私が作った話だから、本物の七不思議じゃない。それを知らない人が試したくなる気持ちはわかる。私だって、こんなものが貼り出されていたら、一度くらいこっそりと試したと思う。
「今度あれ見に行かね? 鏡」
「主人公女の子だっただろ? 女子トイレ?」
「入るかよ。男子トイレでも鏡の撤去あったって書いてあったし」
「お前が急におかしくなったのかと思った」
「勝手に勘違いしたのはお前だろ」
「取り敢えずお前ら水止めろよ! 俺にばっかやらせんな!」
行動力が素晴らしい。……が、残念ながら見に行っても何も起こらないだろう。それこそ、不思議な力でも動かないかぎり。もしくは、カゲみたいな幽霊が悪戯しないかぎり。
「みてみて、水出しまくってる。んで怒られてる」
「ウケる。気持ちはわかるけど? 動画でも撮っとく?」
「七不思議お試し記念的な?」
「そんな感じ」
「良いじゃん撮ろ撮ろ」
「後で撮ったの送ったげればいいんじゃない?」
「冷静になりなよ、っつって」
今回の不思議は、後を引いている。いつもより盛り上がっているのか、朝だけでなくお昼を挟んだ今も話題にあがっていた。こんなに盛り上がるとは思わなかったから物凄く嬉しい反面、最後の第七不思議を考えるカゲのプレッシャーにならないか不安になった。
作る人が違っていても、完成したらみんなへ教えることに変わりはない。今回これだけ盛り上がったのなら、次回は意図しなくとも期待してしまう可能性がある。まして、この学校にまつわる七不思議となれば、自然と最後の話に興味が持たれるだろう。
「ねぇ、七不思議もついに最後じゃん? どんな話が来るんだろうね?」
「えー、全然わかんない。でも、多分校内だよね? 関係する場所って」
「図書室とか、実験室とかまだ出てなくない?」
「体育館に格技場、それからプールもまだだし、調理室とか保健室とか、その辺の踊り場とかも出てないよね」
「いっぱいあるじゃん」
「怖い話がありそうかどうかだよね」
「察するの難し」
「ホントそれ」
バラけて水を止めている男子たちを撮影しながら、二人の女子はそんな話をしていた。確かに、七不思議にできそうな場所はいっぱいある。きっと人体模型や美術室の胸像、飾られた音楽家の自画像に、人気のなくなって汚れたプールは格好のネタだと思う。開いているのを見たことのない資料室に、屋上へと続く階段、かの有名な雨風に晒されて錆びた銅像も、ありきたりとはいえ面白い話が多分作れる。
「そういやさ、あの子、学校こなくなったね」
「あー、あの存在感の全然なかった子?」
「うん。喋ったことないけど、友達いたのかな」
「さぁ? アンタが心配するなんて意外」
「心配っていうか。ちょっと気になっただけ。明らかにきてないのに、先生たち何にも言わないじゃん? なんか裏がありそうで」
「それはそうかも。異質っちゃあ異質だったし」
「家庭で問題抱えてそう」
「それね。……気になるって気持ち、ほんのちょっとわかるかも」
「あ、ねぇ、なんかあったら私に言ってよ? 話聞くからさ」
「何急に。……でもありがと。そっちもだよ?」
「わかってる、ありがと」
少しだけそのやりとりに羨ましさを感じながら、私はその場を去った。