第一不思議【誰のものでもない原稿】_2
何というか、その日から部員が増えているような感覚に陥りました。違和感……って言うんですかね? 確かにその日いる人はみんないて、でも何だか実際にいる人数よりも多いような気がして……。部活は毎日ありましたけど、強制じゃないんですよ。好きな日に、好きな時間だけ参加すればいいって。だから、気軽で。名は文芸部だけど、好き勝手に小説や漫画を読んだり、原稿用紙に物語を書いたり、趣味の話をしたり。とにかく自由でしたね。誰も咎めないし、文句も言わないし。
そんな部活だから、確かに部員以外の出入りもあったんですよ。友達と来た……みたいなのが。でも、そういう人って大体決まっているから、すぐに顔見知りになって名前も学年もわかるんです。校舎で会っても挨拶するし、一人で部活に来たとしても、知ってるからどうぞどうぞ、って。
――違うんですよね。違うんです。ソレはそんなんじゃないんです。少なくとも、私はそう感じました。いるんですけど、いないんですよ。……意味がわからない? いやいや、そのままです、そのままの意味なんです。
秋だからか、文化祭まで雨の日が続いていて。……というか、正直異常気象だったんじゃないかな? って思います。毎日、程度の違いはあれと、雨が降ってたんですよ。毎日……ですよ? おかしいですよね? で、決まってそんな日は……って毎日ですけど。その違和感も強い気がして。
誰かが必ず言うんですよ。
「あれ、もう一人いなかった?」
って。部室に。今いる人たち以外に。それで、ぶわぁぁぁっと、鳥肌が立って。誰もいないんです。でもいるんです。間違いなく。誰かが、そこに。
薄々、みんな気が付いていたというか。多分そうなんじゃないかな? って思ってたと思うんですよね。
『あの原稿の主が、ここにこっそり紛れ込んでいるんじゃないか』
……って。
でもね……これ、口にするのは憚られるんですけど。言いますね。人じゃない、んですよ。だから、誰も姿を見ていない。知らない。いる気がするけどいない。いないのにいる。なんて、訳のわからないことになっている。
けれど、この時理解しました。私が印刷日当日に感じた人の多さは、本当に増えてたからなんだって。
みんな、一人になるのを嫌がりました。部室でも、例えば文化棟のトイレでも。廊下でも出入口でも。不思議なことに、誰も一人にはならなかった。気持ちはよくわかります。みんなだから、私もその中の一人なので。だって、一人になったら、独りじゃなくなるんですよ? 見えない誰かがいるから、独りなのに、自分だけじゃないなんて、絶対に嫌でしょう?
――あっ。正確には、見えない、んじゃないかもしれないです。誰もが、人影らしきものを見ていました。階段の踊り場で、トイレで、扉の向こうで、廊下の角で。
何度も見かけるなと思ったころには、もう文化祭を迎えていました。そうです。例の部誌を配る日がやってきたんです。
一応その、ダンボールを開封してから、部誌の中身は再確認しました。その場にいた全員投入ですよ、部員。配る前に、そのよく来る部員の友だちも、何人か手伝ってくれた記憶があります。とにかく、大人数で。だって、怖いじゃないですか。
その時は何もなかったから、そのまま配ったんですよね。みんな趣味で書いてるけど、ありがたいことにお客さんは結構もらって行ってくれるんです。私が在籍した三年間、全ての部誌が誰かの手に渡りましたね。……やっぱり、自分の作品が人の手に渡って、読んでもらえるって考えたら、すごく嬉しいですね。
うん、うん。その時は、何もなかった。でも次の日、友達に声をかけられたんです。
「今年の部誌は、ホラーなんだね」
って。
え? ホラー? って思いました。私ホラーなんか書いてませんし。みんなジャンルはバラバラで、確かにホラーを書いた人もいたかもしれないけど、恋愛とかファンタジーとかミステリーに冒険譚と、それぞれ短編だけどバラエティに富んでいたはずなんですよ。私も部誌を作る前に、何本か読ませてもらってたから、それは間違いないんです。
気になってどの話か聞いてみたんです。そしたら……。
「え? どの話って……部誌自体? あんな変なページが挟まれてるんだから、部誌自体のテーマがホラーなんだと思ったんだけど……」
何て言うんですよ。そこで浮かんだのは、あのシュレッダーにかけたはずのページですよね。誰のものかわからない。見せてもらいました、実際の部誌。そうしたら、やっぱり……で。あの抜いたはずの、処分したはずのページが、また挟まっていたんです。しかも、初めに見た時は三枚一セットだったのに、各人の話が終わるごとに、中表紙みたいに一枚ずつあの順番で挟まれていて。枚数が増えていたんです。
慌てて、私は部活のみんなに知らせたんですけど、その日の部活は部活にならなかったですね。他の部員も、部誌を持って行った友達に、同じようなことを言われていたみたいで。
みんなで一斉に持っていた部誌を確認したら、誰もが同じように処分したはずのページが挟まれていたんです。あんなにチェックしたのに。絶対にないページが増えて挟まってるなんて、信じられませんでしたよ。この目で見たのに。