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一様_3


 なぜ突然涙が溢れてきたのか、自分でもわからなかった。泣くポイントなんて、どこにもなかったのに。


「泣きながら言わないでよ。すごく悪いことした気分になる」

「好きで泣いてるんじゃないの! 私だって、何で泣いてるのかわかってないんだもん……」


 そう話している間も、私の目からはポロポロと涙が零れていた。カゲだったら泣いていても声以外はわからないが、私はそのまま人間の姿で見えている。今泣いている表情も全部丸わかりなのは恥ずかしい。


「落ち着くまで、そのソファに横になってたら? 撤去される前に使ったらいいよ」


 古びたソファ。文芸部の部長が、家で使わなくなったソファを買い替える際、寄付という形で持ってきたらしい。ちょっとこの部屋には不釣り合いなソファ。取り外しのできるカバーは何度も洗われているようだったが、最後いつ洗ったかまではわからない。流石に、座ることはできてもこれに寝転がることは憚られる。


「やめとく。綺麗なのか汚いのかもわかんないんだもん」

「じゃあ座ってる?」

「……うん」


 私は促されるままソファへ座った。硬いわけではないのに凹まないソファは、私の体重の軽さを現わしているようだった。細いのは自覚している。それが、病的なことも。でも、他人から見たら羨ましい体型になり得るということも。


「一依でも泣くんだ」

「何よその言い方!」

「いや、あー……ごめん。俺今日、失言ばっかりだな」

「本当だよ!」


 調子でも悪いのかと心配になるくらいに、カゲは今日普段と比べて様子がおかしい。様子のおかしい幽霊は、何かあるのではと勘繰ってしまう。悪い方向に。カゲに限ってそんなことないと思うが、不安に思うのは仕方がないだろう。


「今日は天気も悪いから。気持ちが不安定になっているのかもね。……お互いに」


 そう言われて窓の外を見てみると、確かに窓の外の空には分厚い雲が広がっていた。幸い雨は降ってきていないようだったが、時々風が窓ガラスを木の葉を使って叩いている。こんな日は頭も痛くなるし、外の暗さに引き摺られて気分も優れない。なんとなくどんよりとしてしまうのだ。酷い時は頭痛もするし何もやる気が起きなくなる。上手く頭も回らなくなって、勉強なんかとてもじゃないが身に入らなかった。

 あの口ぶりだとカゲもそのタイプで、天候によって自分の状態が左右されるのだろう。こればかりは、頑張って気を張っていてもどうにもならない。ある程度頑張れても、すぐにダメになってしまうのだ。なんだか、自分が自分じゃない気もするし、心が引っ張られているような気もする。


「室内にいるぶんには、悪天候も嫌いじゃないんだけどな……」

「部屋の中にいて聞く雨音と、流れるような勢いで地面に落ちる雨粒は好きだよ?」

「わかる気がする。ねぇ、カゲは雨の降る前のニオイ……ってわかる人?」

「あぁ、わかるよ。土の湿ったニオイ。あとはコンクリート。独特の匂いだよね。他にどう言い表したらいいのかわからないけど。それがジワッと鼻腔に広がるから。『あ、もう雨が降るな』って思うと、ほぼ百パーセント降ってくるよ。雨上がりとはまた違うんだよね。雨が降っている最中とも違うし」

「カゲわかる人なんだ! 私もわかるんだけど、今まであんまり共感を得られなかったからさ。私だけなのかと思って」

「あのニオイ、俺は好きだよ? 良い匂いなのかは知らないけど。ちょっと落ち着くんだよね」

「わかる、わかるなぁ。私もあのニオイが好きで落ち着くの。……良かった、同じ感覚の人に出会えて」


 昔はできなかった、意見の交換と感覚の共有。どの時からだったかはもう忘れてしまったが、私には必要ないとすら思っていたのに。誰かと共有して、肯定されることがこんなに嬉しいなんて。


「……もっと早く出会いたかったな、カゲに」

「俺もそう思うよ」

「ありがとう。それが嘘だったとしても、私は嬉しいよ」

「嘘じゃないよ」

「友達になれて良かったなって。それも含めてるんだけどね、私は」

「俺だって同じだよ。そう言ってるじゃないか」

「だって、本当の話に嘘を混ぜるから」

「今回は全部本当の話」


 多分カゲは焦っている。普段揶揄われるのは私だから、今日は意趣返しだ。


「雨が降る前に、帰らないといけないな」

「そうだね。あ、私、傘持ってないや……」


 今日の天気予報は見ていない。というか、天気予報はいつも見ていない。カゲがそう言うから、気になっただけだ。しばらく外を見る。あの分厚くて淀んだ雲は私を妙に不安にさせた。


「……? 何してるの?」


 ふと視線を感じて振り返る。


「え? あっ」

「写真撮った?」

「いや、あの……」


 カゲの手の辺りにはスマホが握られていた。多分写真を撮っている。


「見せてよ! って、何これ、あははっ!」

「何だよ……」

「カゲばっかり写ってる、面白い」

「笑うなよ」


 スマホの画面には、半分以上カゲの写る写真が出されていた。自分なんて撮って、どうするんだろう。


「……なんていうか、みんなに第五不思議も楽しんでもらえたら良いね」

「今回は……じゃなくて、今回も自信作だから! 絶対みんな気に入ってくれるよ! うん、絶対!」

「はははっ。気持ちがこもってるから、きっと一依の言う通り気に入ってくれると俺も思うよ」

「カゲのお墨付きだ! 何よりそれが嬉しいよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 掲示当日の朝、私はいつも通りあの掲示板へと向かった。かなり早い時間で、人なんかいないと思ったのに、今日に限って先生がいた。どうにか退いてくれないかと思っていたら、トイレへ行くためにいなくなったのでその隙をついて過去最速で作った紙を貼り出した。


 戻ってきた先生は驚いていたが、職員室へ行くも生徒たちが登校してくるまでやっぱりその紙はそのままになっていて、今回も中々みんなに気に入られたようだった。

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