一様_2
私はずっと聞きたかったことを聞いた。カゲとは多少なりとも過去の話をしてきたが、なぜ死んだのかはまだ聞いていなかった。どうして、この文化棟にいるのかも。勝手に未練があって文化棟に留まっていると思っていたし、成仏できない理由がそれなりにあると思っていた。そのうち話してくれる、なんて悠長に構えていたが、遂に第六不思議まであと少しとなった今日まで、彼は何も話してくれない。
「死んだ理由? そんなの必要?」
「ひ、必要か聞かれたら別に必要じゃないけど。それって要不要で考える内容じゃないよね? 好奇心と興味と信頼の問題」
「信頼……? 関係あるの?」
「カゲはさ、言ったじゃんこの間。ええっと、第四不思議を掲示した後くらいに。新聞に載った、自殺した女の子と『きっと友達になれた』『ボタンの掛け違いになり得た』って」
「……あぁ、言ったよ? 今でもそう思ってる」
「カゲは掛け違えていたボタンを、正しくはめたの? だから死んだ? それとも、全然関係ないの?」
「……」
「思ったんだよね。カゲがその女の子と生前友達になり得たのだとしたら、私もきっとカゲの生きてる時に出会ってたら良い友達になれたのに、って」
初めて会って、幾らか言葉を交わしてから、私はずっとそう思っていた。カゲがカゲたる以前に出会っていたら、絶対に友達になれたのに――と。そうしたら、カゲは死ななかったかもしれないし、この文化棟に縛られなかったかもしれない。
笑いながら話して、ちょっとコンビニに寄り道して帰って、朝は『遅刻しちゃう!』なんて言いながら学校を目指して走って。でも、異性だから何でもない時は揶揄われないよう距離をほんの少し置いたりして。同じ部活に入って、別に同じ部活じゃなくても、図書室で会ったりなんかして。
友達のいなかった私には言われたくないかもしれないが、絶対に良い友達になれたと。三年間の学校生活を乗り越えることができて、卒業後は疎遠になったとしても、ともにこの多感な時期を乗り越えられたと。私は確信していた。
「……そうだね。俺も、友達になれたと思うよ」
「でしょ? 今こうして話ができるんだから。きっかけさえあれば三年間の学校も無事通えたんじゃない? って思ってる」
「うん」
「だから、カゲが私の世界に存在しないことを考えると、無性に悲しくなるの」
――なんて口に出したら、本当に悲しくなってしまった。お互い立場が違うから、いついなくなるかわからない。こんなに近くにいるのに。私たち以外誰もいないのに。
「顔、見たかったな。カゲの」
「ぼんやりとしてて、見えないんだっけ?」
「うん。私から見たカゲって、その名前通り真っ黒でモヤッとしてて、全然表情が読めないの。凹凸があるようにも見えないし、のっぺらぼうみたいな」
「怖いな」
「本人がそれ言う? 私の台詞だと思うんだけど……」
「ごめん、つい」
「ま、いっか。挙動はわかるし、ホラ、手足に頭の位置もわかるんだけどね? 顔のパーツは全然わかんないし、大体の大きさと体格くらいなんだよね、見た目の情報って。後ちょっと、ノイズっぽいのが走ってるっていうか。まぁ、そんな感じなのよね。前にも言ったかもしれないけど。人っぽいことはわかるし、喋ってるから『あぁ、やっぱり人なんだな』って落ち着いてるの」
「……うん。それ聞いてると、俺たちよく会話できたなって思ってるよ」
「後は雰囲気。怖くなくて、こう、嫌な空気じゃないっていうの? ネガティブ? 負のオーラではない。……カゲから見た私ってどんな感じ? 同じように見える?」
「それって、黒い人影みたいで身体の形はわかるけど、顔はわからないかどうかってこと? ノイズが走ってるけど、悪い者ではないって?」
「うん、そういうこと。カゲから見た私、すっごく興味ある。幽霊から見た人間、どうなってるか知る機会ないでしょ? 教えてくれる幽霊と知り合いにならない限り」
「じゃあ今がその知る機会だ。運が良いね」
「で? どんな感じ?」
カゲは私の言葉を考えているようだった。手が顎の辺りに移動し、考える人みたいになっている。これで変顔でもしていたらぶん殴りたいが、あいにくどんな表情でこれをやっているのかはわからない。
「……そうだな。ちゃんと人に見えてるよ」
「え、影っぽいナニカじゃなくて?」
「うん。ちゃんと人間に見える」
「ウソ、やった!」
「前髪、切り過ぎたでしょ」
「うっ、バレてる」
「一依は細いよね。髪の毛は結んでいて、長めだと俺は思う。服装は、この学校の制服」
「すごい、本当にちゃんと見えてるんだ」
「眼鏡、かけてないの?」
「え、眼鏡?」
「そう、眼鏡。……あぁ、いや。前かけていたような気がして」
「あれ? 眼鏡かけて文化棟へきたことあったっけ? 壊れちゃったんだよね。元々、もうかなり度数もあわなくなっちゃってたし、見えにくかったから裸眼でも同じだった……けど、そういえば昔より視力上がったかも。今普通に見えてるもん」
「ブルーベリーでも山ほど食べた?」
「食べてない! え、山ほど食べたらもっと良くなるかな?」
「やってみる?」
「……あんまり好きじゃないからやらない」
言われるまで忘れていたが、私は眉間に指を這わせた。何も当たる物はないから、今は眼鏡をかけていない。コンタクトレンズなんてものは、母も父も許してくれなかった。だから、学校から通達を受けて大量の文句を言いながら渋々母が買ってくれた眼鏡を、度が合わなくなっても私はかけたままにしていた。それが良くないことは勿論わかっている。でも、今の私にはもう関係なさそうだった。壊れた物は戻らないし、どのみちもう必要ない。
「……なんで泣いてるの?」
「なっ……別に、泣いてなんか……!」
「今はいなくなることを考えるんじゃなくて、第六不思議を考えるんだろ? 俺は大七不思議」
「……話の腰を折られた気分」
「そんなことないと思うけど?」
「じゃあ、せめて、カゲがどんな子どもだったのか教えてよ」