第五不思議【鏡の向こうの向こう側】_4
――私があの昔の話を思い出したのは、この学校で割られた鏡の話を、姉にした時です。姉はもう家を出ていて、休みの日にたまに顔を出すくらいでした。忙しいんですよね、社会人になると色々と。そんな姉が帰ってきた時に、そういえば……くらいの気持ちで話したんです。ちょっとしたネタになって、面白いかなって。
「……なんかその鏡のなかの女の子って、昔のアナタみたいだね」
そう言われたんです。それで、思い出しました。昔、ミラーハウスで迷子になったこと。誰も助けに来てくれなくて、鏡の向こうに見えた女性に助けを求めたこと。その女性が私を引っ張ってくれて、そのお陰でおそらく家族の元へ帰れたこと。
……あの時私が見た女性の制服、私の通う高校の制服だったんですよ、今思えば。初めて袖を通した時「なんか見たことのある制服だな」とは思いましたけど、近所に通ってる子がいたのかも……レベルの認識でした。
それに、あの顔。あれは私でした。今の私と同じ顔。ミラーハウスで私を助けてくれたのは、私自身だったんです! 絶対にそうなんです‼︎ 私は子どものころの自分の声を覚えていないけど、鏡越しに見た子どもの顔はわかります。写真もあるし。
昔のアルバムを引っ張り出してきて、当時の写真を探しました。……やっぱり、あの鏡に映った女の子は、私……でした。
ってことは、当時の私を助けてくれたのは、今の私……ってことなんですよね? 不思議な力が働いたんでしょうか。なんとなく、鏡って通り道に思えちゃって。だって、その向こうに続いているじゃないですか。合わせ鏡繋げたヤツ、見たことあります? 私、あれ本当に嫌なんですよね。髪の毛のセットがちゃんとできてるかどうか見る時にやるのですらもう。即確認即終わり! あとは、割れている鏡もダメですね。鏡が割れると、屈折率? が変わるんですか? 破片の位置も変わるから、映るものがズレるでしょ? あの崩れたバランスが、どうしても苦手で。人間の顔だってわかっていても、怖いんですよね。うーん、人間の顔だから怖いのかな。
私はそのまま、姉に自分の考えを話しました。バカにすることも、茶化すこともなく、姉は話を聞いてくれましたよ。……姉も、あの時私がいなくなって、すごく自分を責めたみたいなんです。自分がちゃんと見ていたら、すぐに追いかけたら、そもそも振り払えないくらいギュッと手を握っていたら……って。子どもなのに。……子どもなのに、そんなに自分を責めるなんて、申し訳ないことをしたと思ってます。手を離さなければよかった。それか、姉に話して一緒に追いかけてもらえばよかった。
私たちは相談して、この話は両親へはしないことに決めました。ホラ、子どものころの話じゃないですか。今まで忘れてたくらいだし、記憶って曖昧だし。変に蒸し返すのもな、って。親は親で、当時思い悩んだかもしれないし、自分を責めたかもしれないじゃないですか。それをこんな時間軸越えたファンタジーみたいな話にしちゃいけないのかもって。私は結構スッキリしましたけどね。姉も、自分が悪かった訳じゃないって。遅ればせながら、一生懸命探してくれたことに感謝しました。
そんなことは確かにあったけど、どうして鏡が割れたのかはわかりません。不思議だな……って私も思います。可能性として『役目を終えた』っていうのは考え着きました。その鏡は、しなければならない役目を終えたから割れた。もしくは『タイムリミットを迎えたから割れた』とか。こっちは考えて、なんかダメだなって。バッドエンドみたいで、自分で考えておきながら怖くなりましたもん。……割れた鏡は正確にモノが映らないから、その中の物をきちんと把握できないじゃないですか? そうやって捉えられないものは、この世に実在できない気がして。鏡が割れたということは、そのに映っていたモノがこの世に存在できるリミットを越えてしまったのかな……って。
……なんていうか! これは私の妄想なので! ついこういうこと、考えちゃうんですよね。悪いほうに、怖いほうに。
それからは、ふと考える時があるんです。
もし、私があの時トイレに行かなかったら、子どものころの私は、一体どうなっていたんだろう?
って。それだけじゃないです。鏡に手を伸ばさなかったら。そもそも鏡を見なかったら。すでに、鏡が割れていたら。鏡が置かれていなかったら。あの場にいたのが、私じゃなかったら。
きっと私は、運が良かった。運が良かったから、今ここにいられるんです。遊園地のミラーハウスで鏡に閉じ込められた私にとって、この学校の別棟の女子トイレの鏡は、出口だったんです。迷子から抜け出すための、出口。入口は、ミラーハウスの鏡。割れたりなくなったりしたら、入れないし出られない。
逆だった可能性? あるかもしれないですね。もしかしたら、誰かが学校のトイレの鏡に閉じ込められて、遊園地のミラーハウスの鏡の奥で、助けを求めているかもしれない。
……出口があるってことは、入口も存在する……ってことですから。つまりは、私のようにその中へ紛れ込む可能性があるということで。……いえ、入口だけあって、出口のないほうが嫌ですよね。確定で出られないなんて。逆だったらまぁ、抜け出せばいいだけですもん、出口から。
だからやっぱり、この学校のトイレの鏡は、片付けたり割ったりしちゃダメなんですよ。……誰かが戻ってこられなくなるかもしれないから。そう、思いませんか?