進化_3
「――ちょっとお邪魔してもいーい?」
「どうしたの?」
今日も今日とて、私はカゲに会うべく文化棟へやってきた。昨日会ったが、少しだけ話したいことがあったからだ。
「あのさ、どう思う?」
「……何が?」
「女の子の、自殺」
以前カゲが握っていた新聞の、女の子の自殺記事が私は気になっていた。私だって同じ道を辿っていたかもしれないから、そういう内容にはつい強く反応してしまう。……今だって、辿るかもしれない。
どんなに頑張って目を凝らしても、どんなに表情を読み取ろうとしても、私にカゲの顔は見えなかった。やっぱり、見えなかった。仲良くなれば見られるようになるんじゃないか……なんて淡い期待も抱いたが、そんな期待は打ち砕かれている。ただいま絶賛、打ち砕かれ中だ。
「一依が気になるんだろ? だから、俺に聞いてる」
「それはそうなんだけど……」
「じゃあ、一依はどう思うの?」
逆にカゲに聞かれて、私は黙ってしまった。ここで私が『まるで自分の未来のようだ』と答えたら、なんと思うのだろうか。驚くだろうか。それとも、嫌悪感を抱くだろうか。
「私? ……んー……私は、そうだな……。こういうニュース、よくあるじゃん? だから、他に道はなかったのかな……って思うよ」
半分本当で半分嘘だ。他に道はないのかなとは思う。……思うが、なかったからこの道を選んだんだろうことは私なりに理解しているつもりだ。良い悪いは置いておいて。――わかっている。道がなかった、死ぬ以外に。自分が楽になれる道が見つからなかった。
上手くボタンがはまった結果死を選んだというのなら、ボタンをかけ違えていたら、生きていたかもしれないのにとは思う。最後のボタンをはめる前は、物凄く悩んで立ち止まって振り返って、思い留まっていたんじゃないか。私のように。たまたま、ボタンがはまってしまった。それまで、わざとはまらないように、かけ違えて見なかったフリをして、やり過ごしていたのに。
ボタンがはまったら、もうかけ違えることはない。綺麗にはまったものを、わざわざグチャグチャにするなんて、モノ好きのすることだ。この場合のボタンは、一度かけ違えたら元に戻せなくなるのだから。
「助けてくれる人が……助けるまでいかなくても、もし一人でも意識する人がいたら。死ななかったかもしれないよね。そんなのさ、本人にしかわからないんだけど。……うん? もしかして、本人にもわからないのかな? まぁ、どっちでも良いや。でも、きっと、寂しかったんだろうなぁ。自分が死んだって、誰かが悲しんでくれる保障なんてどこにもないのに。期待しちゃうんだよね。死――って、そういうものじゃない?」
「……一依の言いたいことはわかるよ」
悲しそうな声だった。カゲはそこから動かずに、私のことをジッと見つめているように思えた。
「私、友達になれたかもしれないな、その亡くなっちゃった女の子と」
「どうしてそう思うの?」
「カゲ、言ってたでしょ? 『彼女の辿ってきた人生が、壮絶だった』って」
「……あぁ、そんなことも言ったね」
「だから、私と似てる気がするから。同じ境遇なら、仲良くできると思わない? 例え上手くいかなくたって、意識する人の一人にはなれたのかもしれない。ボタンを正しくはめたから死んじゃったんだよ。その時の彼女にとって、気持ちが楽になる正解の道を選んでしまった。かけ違えていたら、死ななかった。間違ってるんだから。不正解のドアは開かない。……もっと他人に、期待したら違ったんじゃないかな」
「そうだね……」
「それにさ、気持ちはよくわかるんだ。だから……あれ、言葉にしようとすると難しいね」
その女の子が生きている内に『大丈夫だよ』と言ってあげたかった。それで少しでも気持ちが楽になるのならば。『私も同じなの』と、固い握手の一つでも交わして、安心させたかった。私が同じ立場なら気休めにしかならないけれど、一瞬だって自分を気にかけてくれた人がいたことを思い出せれば、ボタンだってもうちょっとかけ違えたままにしておいたと思う。
新聞の女の子のことを思うと、胸が苦しくなった。頭にモヤがかかって、上手く言葉も出ない。そんなに思いを強く持っているとは考えていないが、引き摺られているのだろうか。
「カゲは? それで、どう思うの?」
「俺は……俺は……」
言葉に詰まっているようだった。でも、私も答えたのだから、カゲにもちゃんと答えて欲しい。
「友達になれたんじゃないかな、って思うよ」
「……なにそれ、ちょっと回答ズレてない?」
「でもそうなんだ。俺はそう思う。きっと友達になれた。……俺は意識する人の一人になれたんだ。亡くなる前に出会っていたら」
「すごい自信」
「でもなれなかった。ボタンは正しくはめられて、彼女は死んだんだ。絶対に俺はそのボタンの、かけ違えになり得たのに」
「なんか、知り合いみたいな言い方。ってか、自意識過剰じゃない? 絶対なんて言いきれるわけないのにさ」
「知り合いって言ったら信じる?」
「……信じない。だって、カゲは話に嘘と本当を混ぜ込むんだもん。もう騙されないよ」
「はははっ。なんだ、つまらないな」
「ホラ! やっぱり!」
こんな話の時にまで、カゲは嘘を入れてきた。私を悲しませないようにの配慮だろうか。それとも、新聞の女の子を悼んでのことだろうか。私にはわからなかった。