第四不思議【サッカーボール】_2
その日から、サッカー部で不可解なことが起こるようになったんだとか。……いや、不可解なんだけど、別に悪いことじゃなくて。ボールがピカピカに磨かれている日があれば、アイロンをかけたようにユニフォームがピシッと綺麗になっている日がある。急に暑くなった日は、部室にタオルと飲み物が用意してあって、大雨や強風の日はすぐに練習できるよう、地面が丁寧にならされていた。
とにかく良いことばっかりなんだ! 最初は意味がわからなくて怖がっていたけど、段々と「これはGがやったんじゃないか?」って、サッカー部の中で囁かれ始めた。Gさんはレギュラーだったけど、いつも雑務なんかも率先してやっていたんだって。それに、ずっとみんなのことを気にしていた。優しい人だった。
だから、みんなありがたくその恩恵ともいえる不可解なことを、受け入れていました。Gさんは死んじゃったけど、サッカー部のみんなと心はともにある。……そんな感じでしょうね。部員もそういう時は「ありがとう!」ってお礼を言うんですって。誰もいなくても。これは僕もあんまり怖くなくて、良い話だな……くらいの気持ちで聞いていました。じいちゃんもニコニコしながら話をしていましたし。
でも、その話が終わって、じいちゃんの顔が曇り始めたんですよね。その瞬間『あ、ここからは良い話じゃないな』って思いました。僕でもわかるレベルの、露骨な表情でした。
「こちら側はね、良いことばかりだったんだけど。……お相手さんは、そういうわけでもなくてなぁ……」
淡々と、無機質な声でじいちゃんは話した。怖かったよ、ちょっと。僕の知っているじいちゃんじゃないみたいで。
「そうだな……。お相手さん……つまりは、Gに嫌がらせをしておったヤツらだな。練習試合をしたサッカー部。何であんなに……あんなに、Gに対してムキになっとるか、私にもわからんかった」
「Gさんは優秀だったんじゃない? ライバルが嫌がらせをするくらい、サッカーが上手かった? エースだったんだよね?」
「それはあったなぁ。素人の私から見ても、Gは格別上手かった。ひょいっと仲間にパスをして、ものすごい勢いで人を抜いてゴールへ向かって行った。身軽で運動神経の良い、明るいヤツで、みんなアイツが好きだったよ」
「そっか」
「だから余計に、Gの気落ちした顔は見たくなかったなぁ。それくらい、気にかけていたんだ」
「……うん」
「話が逸れたな。それで、お相手さんは、ちょっとずつ闇に飲まれていった」
「え、どういうこと?」
「『罰が当たる』『しっぺ返しを喰う』と言うやろて。一人は事故に遭って歩けなくなった。一人は別の学校の生徒へも嫌がらせをして、その報復に遭った。一人は怖いもんでも見たのか、家から一歩も出て来んくなった。一人は気がふれたのか、近所から白い目で見られて親に幽閉されとった」
「たまたま、じゃない? だって、悪いことをしてるんだから。自分がそういう目に遭ってもおかしくないよ」
「それがなぁ。みんな口を揃えてこう言ったもんだから、無碍にできなくてなぁ。……『今そこに、Gがいた』『こっちを見て笑っていた』だと」
幽霊を見るってこと、あり得ますか? 見たことありますか? 幽霊。感じたことは? 僕は今まで生きてきて、そういう経験はないんですよ。だから、鵜呑みにできなくて。気のせいだったんじゃないか、見間違えたんじゃないか。そう思いました。
……本音を言うと、幽霊だったら怖いから、偶然であってくれと思いましたね。偶然に偶然が重なって、そんなことが起こった。そっちのほうが怖くないですもん。わかってますよ、そんなに偶然が重なるものでもないってことは。
「そいつらが部活に来なくなって、パタリとよくない話はなくなって。……落ち着いたんだろ、Gの気持ちも……お疲れ様でしたって、みんな手を合わせて」
「じゃあ、話はそれで終わり?」
「――いや。まだ続きはある」
「あるの? え? 本当に?」
「あれは、霧雨の降る日じゃった。これくらい大したことはないと、練習試合をしたんだ。例の学校と」
「お相手さんは、部活にみんな来なくなったんでしょ?」
「練習にはなぁ。でも、練習試合が組まれたことで、自棄になったのか仕返しでもしようと思ったのか、全員ではないが来たんじゃ。信じられんかった」
「そりゃそうだよ……だって、人によってはすごい怪我負ったんだよね?」
「勿論」
「治っていても、怖くないのかな、試合するの」
「そのうえ雨なのになぁ。アイツらなりの意地があったやもしれん。雨天決行で、試合は始まった。こちらがホームだから、相手はアウェイ。気まずかったと思うが、こう、攻撃的な試合だったよ。ありゃ忘れんわ。もうGはいないから行くつもりはなかったが、むしろ、Gがいないからこそ、私が行くべきかもしれんと思ってな」
「友達のためだ」
「そうだ。……それで、どれくらい時間が経ったかなぁ……。ボールを蹴っていたお相手さんが、大きな音を立てて転んでな。最初は、霧雨とはいえ雨も降っていたから、滑ったんだろうくらいの気持ちだった」
「……違うの?」
「あの顔は、ただ転んだだけじゃあならん。……恐怖に引き攣った顔。何か、見てはいけないものを見てしまったような、知ってはいけないものを知ってしまったような」
「……」
「一人が転んだのを皮切りに、どんどんお相手さんが倒れていった。立ち上がるものの、みんな心ここに在らずでなぁ。コート外の私がそう思ったんだから、目の前で試合をしていたメンバーは、もっと感じはずだ、違和感を」
「……」
「お相手さんは動きも鈍くなって、周りはざわつき始めて、こりゃいよいよおかしいぞ……って全員がなった時、お相手さんの一人が叫んだんだ。大きな声で」
「……それで?」
「コートの外へ走っていって、ベンチに座って震えておった。みんながどうしたのか聞いても、要領を得なくてなぁ。ようやくの一言で、場が固まったんだ」
「俺たちはGの頭を蹴ってる」