反応_1
「どう?」
私は目を輝かせてカゲにそう聞いた。できあがった話を聞いてもらう時、私は極力声のトーンを落として、抑揚も少なく落ち着いてゆっくりと、でも発声はハッキリするように心がけている。選択した言葉だけじゃなくて、話す時の間の取りかたも、話すスピードも、物語の部分以外も『怖い』『けど気になる』と思わせるには重大な要素だと知っているからだ。掲示板へ貼り出す時には不要なもの。でも、人へ話す時には必要なもの。
「うーん……。まぁまぁ、かな」
「それしか感想ないの!?」
再びの厳しい判定に、私はガックリと肩を落とした。欲を言えば、もうちょっと多彩な感想が欲しい。それも、できるだけポジティブな。
「幽霊や人が怖いって話じゃなくて、今回は物が怖い、だったね」
「メインは謎の生徒手帳ですから」
「いなくなった生徒は? 帰ってこなかったみたいだけど、その後はどうなったの?」
「……そこまで考えたほうが良かった?」
「難しいところではあるかな。これくらいの長さの話なら、わからないまま終わらせて良いと思うけど」
「もっと長かったら?」
「ぼかすよりも、ハッキリさせたほうが深みもより出るかな、なんて。……よし、こんなのはどうだろう? ……あー、明るい話が良い? それとも、暗い話?」
「怖い話なのに?」
「言い方を変えよう。ハッピーエンドかバットエンド。怖い話だって結末が明るいものもあるだろ?」
「それもそっか……。じゃあ、両方」
「欲張りだね」
「可能性を知りたいだけだもん」
カゲは私の先生みたいだ。怖い話の。教師か作家にでもなれば良いのに。
「じゃあまずは、ハッピーエンドから。最後に女の子が手帳を拾って、職員室に持って行く。名前を見つけて、先生がみんなの名前なんじゃないか……って思ったところまでは同じだよ。そこから……」
***
担任は、そこに書かれていた名前がいなくなった生徒のものだと気が付いたみたいなんです。正直、私のクラスで二人いなくなっただけで多いと思ったのに、それ以上の名前が書かれていたから、私も泣きそうになっちゃって。『自分の名前を書いて、持ち物検査に提出しなくて本当に良かった』っていう安堵感と、絶対に良くないとは思いますけど『もし表紙に名前を書いていたら一体私はどうなっていたんだろう』っていう好奇心が、頭の中でぶつかり合って喧嘩していました。前者が勝ってよかったと思ってますよ。そうじゃなきゃ、試してたかもしれないですもん。自分の名前を書いて、どうなるのか。
「これは消えるのだろうか?」
ボソッと、横から覗いていた別の先生が言いました。私も気になっていたんです。だって、これがいなくなった人一覧なら、名前を消したらどうなるのか気になりませんか? 少なくとも今いなくなってるんだから、もうこれ以上悪いことは起こらないはずで。ただ、パッと見た感じ名前はボールペンとか油性ペンとか、簡単には消せないヤツで書かれているように見えて。修正液がよぎったけど、あれって白い液で見えなくして、上から書けるようにしてるだけだから、私の思う『消す』とは違ったんです。
その時思い出したんです。Bちゃんの言葉。今の状態なら、試してもらえる可能性がある。だから、私もつい口に出しちゃったんですよね。
「Bちゃん、生徒手帳の名前は『消えるボールペンで書いた』って言ってましたよ」
と。
シリコンみたいなところで擦ったら、熱で消えるアレですよ。私も持ってます。
「物は試しです」
ひとりの先生が、自分のその消えるボールペンを持ってきて、担任から生徒手帳をもらって、机に置きました。Bちゃんの名前……フルネームを、苗字から消していったんですよね。ゆっくりと、丁寧に。名前は消えました。筆跡が残ったけど、それはもう仕方ないですよね。とにかく、ボールペンで書かれた文字自体は消え去りました。
……まぁ、その場では何も起こりませんでしたよ。目に見えた即効性はなかった。けれど、次の日。
「おはよう」
って、Bちゃんが登校してきたんです! みんなもうそれはそれは驚いたり喜んだり、感情が忙しかったですよ。とにかく、学校にこられて良かった、多分その場にいた全員が思ったんじゃないでしょうか。
その日までBちゃんがどうしていたのか気になって気になって、聞いてみたんです。
「どうして休んでたの?」
って。「どうしていなくなったの?」とは、とても聞けませんでした。Bちゃんはあっけらかんと答えました。
「なんか、気が付いたら知らない所にいて、また気が付いたら家にいたんだけど。私もよくわかんない。でも、気が付いた時には何日も経ってるから、私倒れてたのかなって」
Bちゃん自身、何が起こったのかわかっていないみたいでした。ただ、気になることはあったみたいです。
「なんかね、拾った生徒手帳の持ち主に、怒られてる夢見たの。一生懸命謝ったんだけど、許してもらえなくて。『人のものを奪うなら、その仕返しをする』って言われた気がする。……あ。それから……。A君に会ったよ? それ以外にも沢山いたかな? 何かさ、違う制服の子とか……何て言っていのかわからないけど、私とは時代の違う感じで。わかる? この感覚。他のクラスの子と、違う学年の子もいた気がする。でも、私より後なの、後」
Bちゃんが帰ってきたから、先生たちは全員の名前を消しました。同じインクだった子は同じように、そうじゃない子は砂消しゴムと修正液を使って。
誰の名前も載っていない生徒手帳になった時、いなくなったと言われていた子はみんな帰ってきました。……本当に、良かったと思います。
***