第三不思議【持ち物検査】_4
私も他のクラスの友人から聞くくらいしか情報がないんですけど。もう、学校の中が常時お通夜みたいになっちゃって。静かなものですよ。はしゃぐほうが悪みたいな空気で。居心地は悪かったですね。
それで、またやってきたんですよ。持ち物検査の日が。そんな状態でまだあるの? って感じですけど。ホラ、誰が何を持ち込んでるかわからないから。信用されてないって怒る子もいましたよ。私も、その子に賛成だったかな。それどころじゃないでしょって。探すのは私たちの余分な持ち物でも忘れた物でもなくて、いなくなった生徒なんじゃないのって。
いつもは朝一で検査があるんですけど、この日は元々決めていた日じゃなかったのか「今日帰る前に持ち物検査あるみたいだよ」って、他のクラスの子が話しているのを聞いて。それで気が付いたんですよ。その日に限ってバッグを新しくしてて、制服にもバッグにも生徒手帳が入っていないことに。
血の気が引きました。大したことじゃないのはわかってます。でも、今まで忘れないように頑張ってたのに、この一回で全部台無しになっちゃう気がして。
物が物だけに、ひとりひとつしか持ってないじゃないですか。だから当然借りられないし。どうしようって考えながら廊下を歩いていたら、何か足に当たったんです。蹴っ飛ばしちゃったみたいで。汚れてたけど、生徒手帳でした。
自然と手に取っていました。私の物じゃないのに。一瞬、考えちゃいましたよ。『これを出せば、怒られずに済むかもしれない』って。でも、思い留まりました。A君とBちゃんの顔が浮かんだんです。だから、職員室へ届けなきゃ……って思い直すことができました。
生徒手帳を手に持って、私は担任へ会いに職員室へ行きました。
「これ、落ちてました」
渡したあと、先生は確認しようとしてました、誰の物なのか。表紙に学年もクラスも名前もなくて、私はカバーが汚れているのかな? って思っていたけど、カバー以外も汚れていそうで。
そのまま表紙を開いて、カサカサした紙をパラパラと先生がめくっていきました。
「⁉︎ ――っ、ひぃっ‼︎」
男の先生だったんですけど、そんな声を出して手帳を落としました。わざとじゃないと思うんですけど。驚いてうっかり落としちゃったのかな。
他の先生たちは担任を見ていて、どうしたの? って近付いてきて。私はその生徒手帳を拾い上げました。この手帳を見ていて声を上げたけど、私も気になってパラパラめくったんですよ。
「……うわぁ……」
割と慣れてました、ホラーな話は。どっちかっていうと興味もあったし、怖がりだけどものによっては全然平気というか、怖くないというか……。考察とか大好きですし。
なんか、名前がびっしり書かれていたんです、メモの部分に。字体がバラバラで、ペンもバラバラだったのかな? 名前は名前だけど、なんとなく『同じ人が書いたんじゃないんだな』って思いました。罫線の幅に比べて大きい文字で、余裕で上下の線からはみ出していました。
で、気が付いたんです。三個目か四個目くらいに、A君の名前があったんですよ。その下には、Bちゃんの名前も。その後は、聞いたことがあるような名前と、知らない名前がずらっと。
「Cさん……と、Dさん。E君と、F……って読むのかな……?」
名前を読んでいったら、先生たちの視線に気がつきました。みんな、こっちをジッと見てるんです。それが怖くて気味悪くて。何かしちゃいけないことをしちゃったみたいな、それが見つかっちゃった感覚です。いたたまれなくて、でもなんでかわからないからどうしようもなくて。
「貸しなさい」
我に返った担任が、私の手から生徒手帳を持っていきました。
「……アイツらの名前じゃあないか……」
ボソッと呟いて、私はそのまま教室へ帰されました。なぜか残っていた授業は自習になって、部活も委員会もなくなって、みんな授業が終わってすぐに帰れよって言われたのを覚えています。
持ち物検査? そのままなくなりましたよ。その日のだけじゃなくて、その日以降予定していただろうすべてが。
帰って、生徒手帳に書いてあった名前を必死に思い出して、友だちにそれとなく聞いてみたら、どうやらみんな、いなくなった人たちの名前だったようなんです。字体が違ったのは多分、本人がそれぞれ書いていたから。
考えたんですよ。みんなが同じ生徒手帳を拾って、持ち物検査で自分の名前を書いて。そしていなくなった。名前はなかに移動して、表からは消える。名前を書いた人も消える。何でかはわからないですけど。
次の日、担任にこそっと「あの生徒手帳持っていったか?」って聞かれたけど、私は知らないから、正直に「知りません」って答えました。それで、逆に聞いてみたんです。「なくなったんですか?」って。そしたらバツの悪そうな感じで「引き出しにしまっておいたのに、いつの間にかなくなっていた」と。
――ところで。『鶏が先か卵が先か』って言葉がありますよね? あれって、どっちが先なんでしょう? ……なんだかちょっと、この話に似てませんか?
生徒手帳が落ちていなければ、誰も拾うことはなかった。でも、持ち物検査がなかったら、その生徒手帳は見向きもされなかった。
って。
持ち物検査で生徒手帳を調べることはもうなくなったけど、いつから始まったのか、そこまでやる必要があったのか、誰も知らないんですよね。
これがもしかして「知らぬが仏」の例なんでしょうか。……どう思います?
私は今日までその生徒手帳を、二度見ることはありませんでした。……でもまだ、どこかに落ちているかもしれませんね。誰かに拾ってもらうために。