第三不思議【持ち物検査】_3
先生の言った通り、それから三日経っても、一週間経っても、半月経っても、A君は学校へ来ませんでした。席は残してあるんです。だから机はそのままだし、彼が教室に置いていった教科書や体育館シューズ、下駄箱の上履きもそのままで。フラッと「おはよ」って教室に入ってきても、おかしくないと思っていました。……というか、みんなそれを望んでました。望んでいたんです、戻ってくるのを。だって別に、不良でもなんでもなかったし。普通の子だったから、悪い付き合いも想像できなくて。そういうトラブルに巻き込まれていないなら、きて欲しいと思っていました。……元気な姿を見て、安心したかった。
でも、その話にこれ以上の進展はありませんでした。A君は行方不明のまま。時間だけが過ぎていって、気が付いたら次の持ち物検査の日が来たんです。生徒手帳を持っているかどうかの。
「……これ、名前はどうしたんだ?」
「洗濯して消えちゃったんです」
「おいおい、洗濯する前に何も入れてないかチェックしないとだな」
「お母さんがそのまま洗っちゃったんだもん」
「母親のせいにするんじゃない。自分で確認しなさい、自分で」
「……はーい」
「はぁ。乾いたときにちゃんと書いておけよ」
「ごめんなさい、今書きまーす」
この子もBちゃんとします。今度はBちゃんが生徒手帳を洗濯していました。ポケットティッシュよりはマシですよね。幼稚園の時、小石を園の制服に入れっぱなしで洗濯しちゃったこともあります。その辺よりはね。まだカバーもついてますし、水に溶けにくいですし、ウッカリ選択しても壊れなさそう……くらいのレベルですけど。
やっぱりあるあるなんだな、って思うと同時に『そういえばA君も生徒手帳を洗濯してたな』って思ったんです。この持ち物検査のときに。だからどうしたってこともないですけど、妙に引っかかっちゃって。
何か言われたのは彼女だけで、そのまま授業へと入っていきました。私はずーっと、こう、魚の小骨が喉の奥に引っかかったような感じで、上手く言えないですけど納得……? できていなくて。帰り際、声をかけてみました。
「私もこの前、うっかり洗濯しちゃったんだよね。二回目だから、正直買い換えたい」
って。これは本当の話で、私、生徒手帳の存在忘れて、制服洗っちゃって。二回目は、もうこれは自分でもアホだなって思うんですけど、サブバッグとして使っていた綿のトートバッグを洗濯に出したんですよ。中身全部出したつもりだったのに、底にこれだけ残っていて。
「あー」って言いながら、Bちゃんは笑っていました。その笑顔にホッとしたりして。
「あの生徒手帳、私のじゃないんだよね」
そう言って私を見たBちゃんの目は、なんだか見たことのないくらいおっかなくて、ただの黒目なのにヒヤッとする冷たさを感じました。
「そうだったんだ! じゃあ、Bちゃんのは綺麗なまんまだ」
何て言って良いかわからなくて、当たり障りなく返して。で、ちょっと待てよ? って。Bちゃん、躊躇うことなく名前を書いていたんですよね。その、自分のモノじゃない生徒手帳に。Bちゃんにその空気が伝わったのか、聞いていないけれど教えてくれました。
「今日生徒手帳忘れちゃって。廊下に落ちてたんだよね。名前も読めなかったし、職員室へ届けるつもりだったんだけど、持ち物検査始まっちゃったからさ。ちょっとだけ拝借したの」
「……名前、書いちゃって大丈夫だった?」
「あれ、消えるボールペンだし。あとで消して明日にでも職員室へ持って行くよ」
「そっか」
消えるなら良いのかな……? でも、落とした人は困ったんじゃないのかな……? ばっかり、頭の片隅に残りました。少なくとも、その日は全学年一律持ち物検査をしていたので。誰かが落としたなら、その人は学校へ持ってきたはずなのに手元になくて、怒られたはずですよね。可哀想だなって。ちゃんと持ってきたのに。
それからは特に会話もなくて、すぐに別れました。私はバスに乗ってまっすぐ家に帰ったんですけど。
――次の日、Bちゃんはきませんでした。A君と同じように。
気味が悪くないですか? 立て続けにこんなことが起こるなんて。でも、たったまだ一日だったから。風邪かもしれないし、何か用事があったのかもしれないし。私が気にし過ぎなのかな、って。
結果、やっぱりBちゃんがこのあと登校することはありませんでした。
クラスで二人もいなくなったら、空席も目立ちますよね。でも、先生もこれ以上のことは教えてくれないし、私たちも調べられないし。まさか、ご家族に声をかけるわけにもいかないし。なんだかな……って思ったまま、時間だけ過ぎていきました。
持ち物検査は、それ以降もありました。普通の持ち物検査と、生徒手帳の持ち物検査。生徒手帳に関しては、私のクラスはみんな持ってきてたから引っかかることもなく。チラホラと、たまに他の学年やクラスで忘れた人がいたという話は聞きました。人数は多いから、毎回一人くらいいてもおかしくないですよね。
……そしてやっぱり、持ち物検査が終わってから、誰かがいなくなるんです。一人、また一人……と。クラスも学年もバラバラで、共通点はありませんでした。先生たちも必死になりますよね。生徒たちが行方不明になって、それが増えていくんだから。周囲に説明なくて済む話じゃないですもん。子どもの私が不安になるんだから、大人はもっとですよね。
中には子どもの送迎をするお母さんもいたし、普段は違うグループだけど、電車やバスが同じだったり、家の近い子は示し合わせて一緒に帰ってました。ウチですか? ウチは兄と連絡を取り合って、自宅の最寄り駅で待ち合わせして帰りました。こまめに連絡を入れて。